完全に猫なのさ

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ミュージカル「二都物語」感想〜人生は美しい(2025年5月7日夜,10日夜,11日昼・明治座)

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明治座の幟、テンション上がるね!昨日今日は神田祭のお囃子も賑やかでした。

 

ミュージカル「二都物語」開幕おめでとうございます!

井上芳雄さんのミュージカル出演作としては、なんと2024年9月28日の「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」の大千穐楽以来となります。待ちかねたもので、手が滑ってたくさんチケットを取ってしまいました(ははは)。

さて、初日(5/7)から5/10夜、5/11昼と3回ダダダッと観劇して頭のなかが感想でいっぱいなので、ひとまず粗々でアウトプットしようと思います。

あと、今回は作品の内容について考えていきたいので、いったん先に書いておきます。井上芳雄、歌が上手い、脚が長い!!!

 

そしてここから先はものすごくネタバレです!

 

2025/6/1 東京公演千秋楽を経て、セリフの誤りなどを修正しました(※でもまだ自信がない)

 

 

カートンの選択をつきつけられて

私は原作未読ですが*1、カートンが最後どうなるかは知っていました。芳雄さんがコンサートのMCで、この役について「命を投げ出す」と説明していたからです*2。この表現の質感が好きで印象に残っていたので、初日は「それって、どうしても避けられないの⋯?」という気持ちで成り行きを見つめていました。だから、2幕は本当につらかった⋯。

個人的には「1789」を同じ明治座で観たばかりだったので、2幕冒頭の「何も変わらない」で国王夫妻が殺される寸劇がキツかったです(凪七瑠海さんのマリー・アントワネットが好きだったから⋯)。でも観客にそういう揺さぶりをかけることは本作のテーマとしては意味のあることなんだと思います。

革命の象徴ともいえるギロチン。「1789」では模型だけ提示してセットには置かないことでラストの演劇的効果を高めていたのですが、「二都物語」では、高度に抽象化されていたものの、セットの中央に登場しました⋯。ドラムロールとシンバルによる効果音も斬首を抽象化したものでしたが*3、それだけで十分に具合が悪くなりそうでした。

「♪自由・平等・博愛、さもなくば死を!」と叫ぶ民衆たちがやっていることは、殺戮と何が違うのだろうと思わずにはいられませんでした。「1789」でシトワイヤンの気持ちでロナンたちを応援していた自分は、果たして正しかったのだろうかと自問自答する瞬間でした。でも、「正しい」って本当は何なんだろう。私たちが行き着くのは結局そこなのだと思います。この曲には「♪ご覧ください」という歌詞があり、カテコ風の演出があります。「あんたも自分の目で見て、自分で考えてみなよ」というメッセージを感じます。「人間って⋯」と考えさせられることになるのですが、そういう感想に至る作品は、よいミュージカルなのではないでしょうか。

 

お針子の存在は、なぜこんなにも重要なのか

監獄に入り込んだカートンは、ダーニーを薬で眠らせてバーサッドに託し、毛布をかぶって独房に居残ります。カートンは周囲の人々に決心を直接的に語ることなく計画を進めてきたのですが、いよいよここで、あの結末に向かうのだと思い知らされることになります。でも私は、これに続くシーンは全く想像していませんでした。お針子(クローダン)との時間です。

ダーニーの直前に死刑判決を受けていたお針子。恐怖と悲しみに震える彼女をカートンが優しく包み込むこのシーンは、観客の涙腺を強く刺激しました。

カートンとお針子によるこの短いシーンは、なぜこんなにも涙と感動を誘うのでしょうか。初日は芳雄カートンの示す慈愛ゆえだと思っていたのですが、2回目に観たときに、それだけではない、脚本上の仕掛けがあるからだと気づきました。お針子は、カートンの行為とその美質を、劇中で初めて言語化する存在だったのです。

エヴレモンド侯爵(ダーニー)だと思っていた相手が弁護士のカートンだと気づいたお針子は、「あなたはあの人の身代わりに」と、はっきりと言葉にします*4。前述のとおりカートンは劇中で自分の計画を語らず(ソロで心のうちを明かしたりすることはしない)、ロリーやクランチャーという仲間たちに“匂わせる”だけったので、観客はこのとき初めて「身代わり」という言葉を突きつけられることになります。さらにお針子は「そんなにお若いのに」「あなたはとても勇気のある方」とその美質をたたえ、このやり取りのきっかけとして「私が死ぬことで共和国にどんな良いことがあるのでしょうか」と悲痛な問いを投げかけます。ないんです、そんなもの。無実の罪でお針子の首をはねたって、良いことなんてあるわけない。もちろんそれはカートンだって同じです。お針子のセリフは、暴走する革命の不条理を提示し、囚人番号22番、23番として2人が処刑される顛末の悲劇性を高める役割があるのだと思います。

そしてこれを名シーンたらしめているのは、もちろん、芳雄さんとお針子の北川理恵さんとが丁寧に紡ぐ、芝居と歌の力です。特に芳雄カートンの“受け”の芝居が巧みで、両手を握り「♪君こそが(神に)遣わされた」と歌うとき、お針子の魂は確かに慰められたのだと伝わります。

 

「この星空」の主題に込められたもの

お針子を送り出し、カートンが「23番」として呼ばれると、満を持して「この星空」のリプライズがやってきます。「♪人生は美しい」と歌い上げ、「今までしてきたことよりも、ずっとずっと良いことなんだ」という語りを残し、ギロチンの下に佇むカートンを捉えて、物語は幕を下ろします。

間違いなく、この作品の最重要ナンバーは1幕でカートンが歌う「この星空」のはずです。コンサートで聴くよりアップテンポで、高揚感と疾走感のある歌唱に、初日はとてもびっくりしました*5愛を知らず、自分を大切にしてこなかった人が、人の愛に触れて人生の喜びを見つけ出す。その感情の爆発を歌わせたら井上芳雄は宇宙一だと思いました*6

この曲の主題は、歌い出しの「♪こんなに 綺麗な」の「♪ドレミソ(上)〜、ドレミソ(下)〜」なのですが(伝われ⋯)、これはその後、形を変えて他の曲にも出てきているようです。次の次のナンバーにあたる「もし夢が叶うなら」で、身を引いたカートンがダーニーとルーシーの幸せを見守るなか、ダーニーが「♪幸せ ありがとう」と、このメロディで歌っているんですよね⋯。カートンは、「この星空」で見つけた愛を、このまま2人に注いでいるのだとわかります。

そう捉えると、2幕でこの主題が使われている場所に胸がギュッとなります。バスティーユラフォルス監獄の独房でカートンがバーサッドに計画を聞かせるシーン、2人の緊迫した会話劇の背景で、マイナーに転調させたこの主題が、ティンパニとトランペットでず〜っと繰り返されているんですよね。カートンの信念がかかっているから、この主題を使っているのかなと思います。これを経てのリプライズなので、ラストシーンがものすごいカタルシスになるわけです。

 

愛を知り、人生の喜びを見つけたカートンは、最後に知り合ったお針子に無償の愛を与えてこの世を去りました。物語を振り返ってみると、ルーシーがカートンにクリスマスの贈り物をしたり、ダーニーがルーシーと父に船室を譲ったり、みんなが少しずつ優しさを他人に分け与えてきたことが、この結末を導いたのだと思います。一方、マダム・ドファルジュが募らせた復讐心は、今も世界でなくならない争いを連想させました。単純な自己犠牲のドラマではなく、社会の理想と現実を示すことが、この作品の本質なのかな、と今のところ思っています。

音楽については、これから観劇を重ねるなかで、もっと掘り下げて考えてみたいです。特に好きなのは、物語を牽引するスネアドラムと、歌に準じる扱いで活躍するトランペットです。楽曲としては「裁判」で古典派を参照していることに興味を惹かれています(この時期にロンドンにいたハイドンを感じる)。

 

その他メモ

全員、歌が上手い件

観客にこの感動が手渡されたのは、もちろんキャストの力あってこそです。浦井ダーニーの凛々しさ(ハイトーンもいいけど低音もいい!)、潤花ルーシーのあったかい存在感(歌も素敵だけど地のセリフの声が好き!)、これらがなければ芳雄カートンの選択に説得力は生まれないはずです(じゃないと謎の自己犠牲になっちゃう)。全員すごいしソロやデュエットが豊富なので、ミュージカルを観たという満足感がすごいです。今回は作品について書いたので、個々のキャストについては触れませんでしたが、またの機会に書けたらと思います。

 

コメディ・リリーフとの付き合い方

あと、個人的には今演出上のコメディ・リリーフとの付き合い方を探っていきたいです。ところどころで笑いの場面があるんだけど、結末をわかって観ていると厳粛な気持ちになってしまって、なんか笑っていいのかなってなっちゃうのです(普通にちゃんと面白く作ってあるんだけど)。本作には絶対必要だと思うんですよね、コメディ・リリーフ。もうちょっと考えてみたいです*7

 

以上、この作品について私の感想をワーッとまとめると、とにかく音楽が好き!キャストの歌がうますぎる!人間について考えさせられる!つまりド名作ですね。みんな観ようぜ!!

 

 

*1:読んだことなかった場合、観劇の後に読んで照らし合わせるのが私は好きなのです

*2:たぶん昨年のFCイベントでもそう説明していたと思う。

*3:オケのスネアドラムとは別

*4:セリフうろ覚え。あとで直すかも

*5:C→D♭→Dで2回転調するのも高揚感に関連する。

*6:Cf. ベートーヴェンの「運命はこの手に」

*7:「この星空」の前に笑いが起こることについては、ある程度、そういう意図で演出されているのではと思います。ウィンドチャイムの音もちょっと記号的に入るでしょ。酒浸りで皮肉屋だった彼が、愛を見つけた感動を歌うのに、演出的には「つなぎ」として必要と判断されたのではないかしら。受け手としての感じ方って、人それぞれでいいと思うんだけどなぁ⋯(ぼやき)。