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ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」考察 Part2〜ミュージカルと夏目漱石をめぐる史実の比較

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だいぶ時間が経ってしまいましたが、続きです!

小説「坊っちゃん」との関係を比較したPart1に続き、Part2では大千秋楽の時に作成したタイムライン(年表)をベースに、夏目漱石にまつわる史実や『吾輩は猫である』との比較をしてみたいと思います。

本記事は、これまでにアップした手書きメモや画像なども交えつつPart1よりはなるべくライトな感じでまとめていきますので、「ミュージカルに出てきたアレって何だったんだろう?」「史実とどれくらい違うのかな?」と思ったことがある方に、少しでも楽しんでいただければ幸いです。ちょっと長いケド…!

 

はじめに〜漱石と坊っちゃんのタイムライン

二都物語のときに作った「タイムライン」と同様の形式です。

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(ブログでは画質が劣化してしまうため、高解像度のものはXの投稿をご覧ください)

字がちっちゃいですが、とりあえず黄色いところを見てください。坊っちゃんの生きる時間と漱石の生きる時間が重なってることだけとりあえず把握してもらえると嬉しいです。劇中に流れる時間は、漱石が坊っちゃんを書き始めてから書き終えるまでの、明治39年3月15日頃〜27日頃。実はほんの半月ほどに起こった出来事でした。

 

『吾輩は猫である』との比較〜千駄木パラレルワールドへようこそ

『吾輩は猫である』は劇中の時点も連載中で、ホトトギスの「坊っちゃん」掲載号には『猫』の続きが載っています。猫の主人である珍野苦沙弥(ちんの・くしゃみ)は漱石自身がモデルであり、この作品には現実のパロディという性格があります。そのため、「アイ・ラブ・坊っちゃん」の現実パートと『猫』の関係は、切っても切れないものとなっています。以下、具体的に見ていきましょう。

 

「猫の家」はどこにある?

当時の夏目家が暮らしていたのは、「本郷駒込千駄木五十七番地」にあった借家。そこへどこからともなく子猫が入り込んできて、追い出されようとしていたところ漱石のとりなしで飼われるようになりました。これが『吾輩は猫である』の着想につながり、この家は今でも、「猫の家」と呼ばれています。

それから猫は大威張りで相変わらずおはちの上にのぼつたり、腹這ひになつて夏目が朝新聞をよんでゐると、のそのそ歩ひて行つては丁度背中の真中に乗つてすまして居ります。

夏目鏡子述、松岡譲筆録『漱石の思ひ出』P.142

か、かわいい…。

ちなみに、私たちはこの家のことをよく知っています。なぜなら、「アイ・ラブ・坊っちゃん」のセットは、実在の「猫の家」をほぼそのまま再現したものだったからです。上記に引用した『漱石の思ひ出』に、見取り図が載っていたんですよね。声出たわ。

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森鴎外と夏目漱石が仮寓したこの家は、現在は愛知県犬山市の明治村に移築されています。ホームページで詳細な写真を観ることができます。

www.meijimura.com

7月に調べ物をしていて写真を見た感想→この家、知ってる…。

 

 

少年はどこからやってきた?

現在、この跡地(東京都文京区向丘)は日本医科大学の敷地となっており、「夏目漱石旧居跡(猫の家)」として整備されています。劇中ではボールが飛び込んでくるくだりで「郁文館中学」が裏手にあることが描かれますが、Part1でも触れた通り、今も同名の中高一貫校が現存しています。

現実のパロディである『猫』には、この学校をもじった「落雲館中学」の生徒たちがボールを投げ込んだり敷地に侵入したりして苦沙弥先生を悩ませる話が出てきます(第8章)。このあたりは劇中と同じようなやり取りですね。

「いえ泥棒ではありません。落雲館の生徒です」

(中略)

「にせものだろう。落雲館の生徒なら何故むやみに侵入した」

「ボールが飛び込んだものですから」

「なぜボールを飛び込ました」

「つい飛び込んだんです」

「怪(け)しからん奴だ」

夏目漱石『吾輩は猫である』(新潮文庫/1961[改版2003])P.325

『猫』では、ボールが飛び込んでくる理由についてはちょっと陰謀論っぽい雰囲気をまとっていますが*1、ミュージカルでは、「少年」は漱石の心を映す存在として印象的に登場しています。彼の名前については重要なポイントなので後述します。

 

雪江は実在した人物なの?

結論からいうと、雪江という名前の姪は史実には存在しません*2。しかし、『猫』には苦沙弥先生の姪としてちゃんと出てきます。ミュージカルの雪江はしとやかな女学生でしたが、『猫』の雪江は口が達者でだいぶキャラが違います。容姿についても、猫の語りによれば「学校の生徒だそうだが、折々日曜にやって来て、よく叔父さんと喧嘩をして帰って行くという雪江とか云う奇麗な名の御嬢さんである。最も顔は名前程でもない、一寸表へ出て一二町あるけば必ず逢える人相である」と雑に紹介されています。おい猫。

ミュージカルとの関連を考えるならば、「坊っちゃん」と同時掲載された第10章に登場することがポイントでしょうか。雪江とマドンナは同じキャストが演じています(演:彩みちる)。劇中では久しぶりに会った雪江の姿を見て漱石が「マドンナ!?」と驚くシーンがあるので、「坊っちゃん」の登場人物である「マドンナ」のインスピレーションにつながったように設計されているのだと思います。

 

『♪アイ・アム・ア・坊っちゃん』はなぜそんなタイトルなの?

さて、本作の冒頭にはこの家の縁側で、漱石が虚子に「坊っちゃん」の冒頭を語って聞かせるシーンがあります。「♪アイ・アム・ア・坊っちゃん」は、ここでお目見えする坊っちゃん(演:三浦宏規)の魅力が炸裂する、明るくパワフルなナンバーです。ところで、このナンバーはどうしてこのような変わった名前なのでしょうか。実はここにも『猫』が関係しています。漱石のデビュー作である『吾輩は猫である』は、国内の好評を反映し、単行本化から1年足らずで英語に翻訳されたそうです。そのタイトルが“I am a cat”なんですよね*3。これは上演期間中には気づけなくて…漱石山房記念館に行って展示物のキャプションで気づいたときはこれまた声が出そうになりました。気づきたかった!!

このナンバーが「名前は…!」「まだ、ないッ😤」の掛け合いという、明らかに『猫』を踏まえた終わり方をしているのは、そういう理由からだったんですね。しかし当然ながら、坊っちゃんに、本当は名前がないわけがない。一人称小説のレトリックの一貫で意図的に明かされなかっただけであり、本当に名前を名付けられなかった猫とは事情が異なります。なので、M1である「アイ・アム・ア・坊っちゃん」では、タイトルや最後のかけあいなどから、ミュージカルと『猫』とのリンクを明確に示唆しようとしていたのだと思います。

ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」と小説『吾輩は猫である』の関係は、一言でいえば、めっちゃハイコンテクスト。この“通”な仕掛けは、史実や小説について真剣に考えようとすると、劇中には『猫』を通過した出来事とそうでないことが混ざるため、簡単に混乱します。「アイ・ラブ・坊っちゃん」の世界とは、明治39年のリアルな史実とも『猫』の世界線とも微妙に違う、千駄木パラレルワールドとして受容するのが一番いいかなと思います。

 

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同業者目線で見る「ホトトギス」4月号の進行

「坊っちゃん」は「ホトトギス」第9巻7号の巻末付録として一挙掲載されました。私は初日に見たとき、高浜虚子(演:大音智海)の「4月号」締め切りについての「3月末です」というセリフにちょっとびっくりしました。号によって日付は後ろに遅れることもあったようですが、当該の第9巻7号は明治39年4月1日発行でした。そんなにすぐ出るか???

しかし、後世の研究によればこれは本当に史実通りだったことがわかります(以後、江藤淳『漱石とその時代 第三部』をおもに参照しています)。

 

何月何日に書き上げて何月何日に出たか

漱石が坊っちゃんを書いていたのは、江藤淳の研究によれば明治39年3月15日頃〜27日頃とされています(手紙などの記録や執筆ペースから同定されたもの)。前述の「アイ・アム・ア・坊っちゃん」の導入にあたるシーンは、虚子がホトトギスの3月号の刷り上がりを持ってきていることから、発行日からみて3月10日頃だと考えられます(ただし虚子が漱石を訪ねた記録は史実からは確認できず)。その後、スピーディーに書き進め、3月23日付の虚子の手紙には「もう二つ三つ書けば千秋楽になります」と進捗を報告しており、江藤によればこれはうらなり君の送別会の場面とのこと。その後、27日に完成していたと推定されています。つまり、漱石はおよそ12日間というなかなかのハイスピードで、ワーッと書いていたんですね。

漱石は脱稿後、虚子宛の4月1日付の手紙で「雑誌がおくれるのはどう考えへても気になる三十一日の晩位に四方へ廻して一日から売りたかつたですな」「校正は御骨が折れましたらう多謝々々其上傑作なら申し分はない位の多謝に候」と書いています。つまり、多少は発行が遅れたけれども、当時の雑誌は印刷所に入れてワーッと校正して印刷したらすぐ出来る感じだったのだな、と思いました*4。

 

原稿料はいくらだったの?

前述の漱石と虚子のやり取りでもう1つ気になったのが「稿料なら上げさせていただきます」でした。実際、「ホトトギス」の原稿料はいくらくらいだったのでしょうか?

小説家デビューする前の夏目家は、実は貧乏でとても苦労していました。それが原稿料や印税が入るようになったことで少しずつ安定するようになり、鏡子も「それからといふものは、以前のやうな家計の不如意にはまづ会はなかつたといつてもいいでありませう。」と述懐しています。具体的な原稿料について、鏡子は「『ホトトギス』が始めは多くて一枚五十銭位だつたのが、後では一円に上がりました」と記憶していました。一方、漱石は4月30日付の虚子宛の手紙に「ホトトギス」4月号の原稿料の領収証を記しており、そこでは『猫』10章と「坊っちゃん」で合計186円50銭とされています。これについては江藤が1頁1円と換算しているため*5鏡子の記憶と一致しますが、「『ホトゝギス』は、このとき依然として一頁一円の割で原稿料を支払っていたことが明らかである」と述べているので、劇中にあったように「坊っちゃん」のタイミングで値上がりしたというわけではなさそうです。ちなみに漱石の好物であった牛肉は、翌年の明治40年の時点で9.5銭/100gだったそうです(文献4)。明治42年にはちょうど10銭/gで、だいたい原稿料1頁分で牛肉1キロを買えるような計算ですね。♪大きな〜お鍋いっぱい〜坊っちゃんの〜大好きな〜すき焼きつく〜る〜

 

「ホトトギス」は猫の評判で部数をのばし、漱石も「ホトトギス」での活躍を足がかりに、職業作家への思いを募らせていきます。その思いは、「坊っちゃん」執筆の半年ほど前に虚子へ宛てた手紙にも、このような形で現れていました。

考へると己はこんな事をして死ぬ筈ではないと思ひ出し候。(中略)小生は生涯のうちに自分で満足の出来る作品が二三篇でも出来ればあとはどうでもよいと云ふ寡慾な男に候処。(中略)とにかくやめたきは教師、やりたきは創作。創作さへ出来れば夫丈で天に対しても人に対しても義理は立つと存候。自己に対しては無論の事に候。

漱石がすべての教職を辞して作家になったのは明治40年の春でした。「坊っちゃん」はおよそ1年前に、その流れを加速させた作品だったと言えるでしょう。

 

悩み事の“天ぷらそば”、『♪水底の歌』について

覚えていますか? 漱石がさまざまな悩みにうなされているナンバー、『♪水底の歌』ってありましたよね。謎めいた文語調の歌詞にコンテンポラリーな振り付けもあいまって、幻想的かつ抽象度の高いナンバーでした。

実はこのナンバーには超・元ネタが存在します。それは、夏目漱石本人が書いた新体詩でした。寺田寅彦へ宛てたハガキの端書きとして記されていたものです。X投稿用に画像化したものがあるのでこちらをご覧ください👇️

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ミュージカルナンバー『♪水底の歌』は、明治37年に漱石が書いたこの新体詩をベースに、当時の悩み事を全部のせにして作られたものでした。天ぷらそばに例えるなら、「水底の感」=そば、他の悩み事=天ぷら🍤です。以下、その要素を1つずつみていきましょう。

 

教え子・藤村操の「巌頭之感」

まず、この新体詩は「藤村操」を思う女性の目線で作られたとされています。藤村操(ふじむら・みさお)は、明治36年5月に「巌頭之感(がんとうのかん)」という遺書を残して華厳の滝に身を投げた一高の生徒でした。この事件は「哲学的自殺」として大きなセンセーションを巻き起こしましたが、漱石は背景に恋愛があると見ていました。この新体詩が女性の目線*6で詠まれているのはそのためです。意味を読み解くと、清らかな水の中で永遠にふたりきりで暮らすという、ロマンティックで耽美的な趣があります。

漱石は時間の少し前に、英語の授業で訳読をあてて答えられなかった藤村を叱り、その数日後も同様の理由で叱責しています。

何日かあとに、また夏目が藤村にあてた。その時も藤村は下読みをして来なかった。夏目は「勉強をする気がないなら、もうこの教室に出なくてもよい」と言って叱った。

伊藤整『日本文壇史 7 硯友社の時代終る』P.145

藤村の死が知らされたのはその数日後のことでした。漱石は英語の時間に教壇に登るなり、最前列の生徒に小さな声で訪ねたといいます。

「君、藤村はどうして死んだのだい?」

「先生、心配ありません、大丈夫です」とその生徒が答えた。

「心配ないことがあるものか。死んだんぢやないか」と夏目が言った。夏目は数日前に教室で叱ったことが藤村の死の原因になっているような気がしたのである。

伊藤整『日本文壇史 7 硯友社の時代終る』P.148

ミュージカルを見ていた人ならピンときますよね。このように、新体詩「水底の感」がミュージカルナンバー『♪水底の歌』の下敷きとなったのは、夏目が責任を感じて苦悩していたという説に由来しているのです。そしてこれは、前述の「郁文館中学の生徒」の名前が「藤村みちお」という名前だったことにも関係します。同じ年の頃でよく似た名前をもつこの少年は、亡くなった教え子のことを嫌でも思い出させる存在でした。劇中で、彼に関連して鏡子が藤村操を話題に出したとき、漱石が癇癪を起こしたのもうなずけます。鏡子は、ナチュラルに地雷を踏んでしまったというわけです。

 

ロンドン留学からの帰朝命令

では、盛り付けられていた具(天ぷら)を見ていきます。

まず1つ目は、ロンドン留学の話です🍤。夏目漱石は、文部省の命を受け、明治33年からロンドンに留学していました。しかし任期中に神経衰弱を起こし、その様子は他の留学生たちの間で“夏目狂セリ”と噂になってしまいます。そのうち1人が文部省に一報を入れたところ、「夏目ヲ保護シテ帰京セラルベシ」という命令が発せられてしまいました(明治35年10月)。この言葉は「水底の歌」に登場しています。上手付近で官僚と思しき人物(演:今村洋一)が言っていましたよね。首がカクッ!ってなるところ怖かったですね!

結局、漱石は明治35年12月5日にロンドンから船に乗り、翌年1月23日に神戸港を経て東京に帰ってきました。劇中の時期は帰国から約3年後にあたりますが、貧乏もあいまって漱石はこの「病気」に悩まされていた時期でした。

 

人気教師の後任としての苦悩

天ぷら2つ目🍤「ハーン先生が亡くなられました」

漱石は、帰国後は一高(第一高等学校)と文科大学(東京帝国大学英文学科)に職を得ることになりました。この文科大学における英語講師のポストは、あのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の後任でした。高名な外国人講師であったハーンは学生たちに人気があり、最終講義の際は「留任運動」も起こったほど。ハーンは大学の方針で去ることになったため、決して漱石が“追い出した”わけではなかったのですが、ハーンのものとは全く異なる講義を行う漱石は、帝大生たちの強い反発を受けてしまいます。

ダブルカラーの襟をつけて髭を固めた、いかにも「留学帰りのハイカラ*7教師」な漱石の風貌も反感を買いやすく、同じく英語の講義をもった一高ではこんな出来事がありました。

其頃(そのころ)或る日学校からかへつて来て、

「今日教室へ入ると、黒板に高いダブル・カラーをつけて、頭をぐつと高くそらしたおれの顔が描ひてあつたよ。」

と笑ひながら申しますから、

「貴方どうなさいました。」

と訪ねますと、

「仕方がないからだまつて消しておいたよ。」

と言って居りました。其頃の夏目は所謂ハイカラで、尖(さき)の細い沓(くつ)をはいて、爪先ですつすつと廊下を気取つて歩いてゐたものだとかいふことです。

夏目鏡子述、松岡譲筆録『漱石の思ひ出』P.114

このくだりもミュージカルに出てきましたね。

ラフカディオ・ハーンの話に戻ると、『♪水底の歌』の中には「ハーン先生が亡くなられました」というセリフがあり、これはハーンが辞職してから1年半後のことですが(狭心症の発作による)、もちろん漱石にはなんの責任もありません。しかしこの曲では、漱石の「自分が追い出したせいだ」という罪悪感を示唆しているのだと思います。

 

鏡子の自殺未遂

天ぷら3つ目、最後です🍤

これは少し時代が遡って、明治31年5月下旬*8、ロンドン留学前に熊本五高に赴任していたときの話です。当時22歳で妊娠中だった鏡子がつわりから「ヒステリー」を起こして白川に投身自殺をはかるという事件が起きています。大事には至らなかったものの、実生活をモデルにしているといわれる小説『道草』には、その後しばらく、主人公が自分の帯と妻の帯を細い紐で繋いで寝ていたというエピソードが出てきます。

『♪水底の歌』では、「今度はあなたの奥さんかも」というセリフが漱石を苦しめます。藤村操の自死は、熊本時代の事件を思い出させるには十分でした。鏡子が“また”そんなことをしてしまったら…という恐怖が描かれているのだと思います。

 

整理すると、ミュージカルナンバー『♪水底の歌』は、

新体詩「水底の感」=そば

に、

明治31年〜37年頃に漱石が抱えていた悩み事=天ぷら

をたくさんトッピングして作られた天ぷらそばということです🍤

…Yes, ハイコンテクスト!!

 

漱石→子規のクソデカ感情は本当にあった?

大事なポイントなので頑張って調べてみたのですが、結論としては、そこまではないのかも?という感じになりました。クライマックスで漱石が吐露したような、崇拝と嫉妬が入り混じったようなコンプレックスのような感情については、今のところそれらしい根拠を見つけられませんでした。それでも、彼らが固い友情で結ばれていたのは本当です。具体的な作品や書簡について、ここで少しだけ紹介したいと思います。

 

劇中に登場した子規の俳句

正岡子規の俳句は、記憶違いでなければ以下の3句が劇中に使用されていたと思います。

①卯の花の散るまで泣くか子規

明治22年5月9日、子規が初めて喀血したときのもので、この翌日に喀血(肺病)を暗示する「ほととぎす(子規・時鳥など)」を読み込んだ句を多数作り、以降「子規」と号するようになります。この数日後、漱石は友人といっしょに病床を見舞い、帰宅後に手紙を投函しました(これが子規宛の最初の手紙)。その手紙に漱石は「帰ろふと泣かずに笑へ時鳥(ほととぎす)」という俳句を記し、子規を励ましています。このとき彼らは22歳。第一高等中学校の同級生でした。

②行く我にとゞまる汝に秋二つ

ミュージカルの終盤、坊っちゃんと共に張り込みをしていた山嵐は、明らかに“子規として”坊っちゃんに来歴を語ります。このときの「小説も書いた」「従軍記者になった」「肺も病んだ」はタイムライン(表)のとおり明治25〜28年の出来事に由来します。明治28年夏、子規は従軍帰りの船上で喀血し、その後松山の漱石の下宿でしばらく療養していました。この俳句は、10月になって病状が落ち着いた子規が帰京することになり、漱石との別れを惜しんで詠んだものです。意味は「出かけて行く僕と、とどまる君は、それぞれに違う秋を過ごすのだね」というような感じ(私訳です)。

「秋」が「二つ」になる、つまりそれは「一つの夏」を一緒に過ごしたよね、ということでもあります。エモいですよね…。

③柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

誰もが知るこの俳句は、子規がその道中に奈良に立ち寄った際に詠まれたと言われています。当初から「大傑作だ!!」とは扱われなかったようで、評価が定着したのは後世のようです。だから、漱石がこの句に嫉妬するほど感動したのかは不明。しかも、発表の2か月前に、漱石は同じ新聞に「鐘つけば銀杏散るなり建長寺」というよく似た句を発表しているのです(芋くへば、ではない。笑)。俳人の坪内稔典は著書の中で、「私見だが」と前置きした上で「漱石のこの句が子規の頭のどこかにあり、この句が媒介になって『柿くへば』が出来たと思われる」と述べています(文献10,P.122)。真偽を確かめることはできませんが、本当にそうだとしたら興味深いことですよね。ちなみに漱石は、出発するときに子規にお金を貸したものの、奈良から「(意訳)借りたお金はここ(奈良)で使い果たしてしまったよ」と書いた手紙が届いたことを後に書いています。坪内はこのエピソードに触れ、「『柿くへば』の句の誕生はいろいろと漱石の友情に支えられていたようだ」とまとめています。

たぶんこの句は日本一有名な俳句のひとつであり、もちろん子規の代表作でもあります。ミュージカルでは、脚本上、生前の人物像を描きにくかった子規について、漱石が嫉妬したくなるほどすごいクリエーターであったと印象づける意図でこのように使用されたのではないかと思っています。

 

子規の死に目に会えなかった漱石

明治33年夏、留学準備のために上京した漱石は、再び大喀血をして伏せっていた子規を見舞いました*9。彼らが直接会えたのは、このときが最後でした。

その後、漱石はロンドンから子規・虚子宛ての手紙でロンドンの様子をくわしく描写し、病床の子規を慰めました(「倫敦消息」として「ホトトギス」に掲載)。しかし、子規の病状はどんどん悪くなっていきます。明治34年11月、子規は漱石宛てに「僕ハモー駄目ニナツテシマツタ(僕はもう駄目になってしまった)」という書き出しの手紙で、「僕ハトテモ君に再会スルコトハ出来ヌト思ウ(僕はとても君に再会することはできないだろう)」という悲しみを吐露しました*10。そしてこれが本当に、子規からの最後の手紙になりました。

明治35年9月18日、子規は根岸庵で亡くなりました。2か月以上たってから訃報に接した漱石は、12月1日に虚子宛ての手紙に「小生出発の当時より、生きて面会致すことは到底叶ひ申すまじくと存候(僕は出発したときから、生きて会うことは到底叶わないだろうと思っていました)」と記したうえで、子規が楽しみにしていた「倫敦通信」をもっとマメに書けばよかったという後悔を述べています。「手向くべき線香もなくて暮の秋」等、追悼の俳句を添えてロンドンから投函。その数日後に自身も帰国の途につきました。

 

書きかけのまま残された追悼文

1か月以上の船旅のあと、漱石は帰京した3日後に子規の墓参りに行き、それを題材に子規の追悼文を書いています(文献9,P.423 「付録2」として掲載)。「水の泡に消えぬものありて逝ける汝と留まる我とを繋ぐ」という書き出しは、偶然かもしれませんが、子規が漱石との別れを惜しんだ俳句《行く我にとゞまる汝に秋二つ》と逆の構造を持っています。

実は、この追悼文は書き終えることのないまま後世に残されたものです*11。

当時の埋葬は火葬ではなく土葬が一般的で、子規は自らの希望もあり土葬されました。「死の影は静なれども土臭し。今汝の影定かならず亦土臭し」の「土」は、そのことを表しています。「土臭し」のリフレインは、その死を実感できない漱石の困惑を表しているようです。そして、墓の周りを「花をも捧げず水をも手向けず」3周ぐるぐると回ってそのまま去ったという記述ののち、唐突に終わっています。まるで放り出されるように終わるこの文章は、湿った土の匂いとともに、漱石の生々しい悲しみの中に取り残されるような読後感があります。

 

以上より、彼らの間にあった友情やリスペクト、そして別れの悲しみは、劇中に引用された俳句のほか、書簡や文章などの資料などから感じ取ることができると言えます。ミュージカルにおけるクソデカ感情は、ただ単に、“唯一無二の友人を失い、しかも死に目に会えなかった悲しみ”が転じたものなのかもしれません。

 

『♪アイ・ラブ・坊っちゃん』〜登世と鏡子の音楽的な統合

最後に、表題歌である『♪アイ・ラブ・坊っちゃん』とそのリプライズについて簡単に触れておきます。

まず、このミュージカルでは兄嫁の登世が漱石の想い人であったという説を採用しています*12。2幕の『♪アイ・ラブ・坊っちゃん』は、彼女が「坊っちゃん」の登場人物たちといっしょに歌い、漱石を励ますナンバーです。セットの中央の高いところからの呼びかけは、まさに天啓のように機能します。

この美しいナンバーは、終盤で、漱石と鏡子のデュエットとしてリプライズされます。初出よりもキーが半音上がって響きが明るくなり(D dur→Es dur)、オーケストレーションもより壮大になります。これが、完全5度が印象的に使用された旋律もあいまって*13、音楽座ミュージカルの特徴といわれる「宇宙につながるような」スケールを生み、深い感動を呼び起こします。

ちなみに、登世が歌ったメロディが、漱石と鏡子によって歌い継がれることには、明確な意図があると思います。それは、百合の花を生けるミザンスの繰り返しにより、登世と鏡子の間で「漱石を支える女性」のイメージが重ねられているからです。『♪アイ・ラブ・坊っちゃん』リプライズは、漱石にとって大切な女性である登世と鏡子を、音楽的に統合するナンバーでもあるのです。

こうしてミュージカルにおける漱石は、さまざまな悩みを抱えながらも、鏡子に支えられて「坊っちゃん」を書きることができました。そして「なぜ生きるかじゃない、いかに生きるかだ*14」という納得に至り、未来を見据え*15、「作家として生きる」という自己実現へと踏み出すことになるのです。

 

終わりに〜 そして駆け抜けた10年間

「坊っちゃん」を書き上げてから3か月後。漱石は、明治39年7月2日付けの虚子宛ての手紙で「小生は生涯に文章がいくつかけるかそれが楽しみに候」と述べています。このとき漱石、39歳。翌年春に朝日新聞に入社し、念願の職業作家として歩み始めます。

しかしそれからの人生は、わずか10年ほどしかありませんでした。その頃から胃を患っていた漱石は、大正4年12月9日、鏡子と子どもたち、虚子や門下生たちに見守られるなか、重い胃潰瘍によって生涯に幕を下ろします。49歳でした。

それでも、その10年ほどの間に生み出された『夢十夜』『こころ』『道草』などの作品は、教師時代に書かれた『吾輩は猫である』『坊っちゃん』などとともに、令和を迎えた今も読み継がれています(各社で絶版にならずに版を重ねているのって本当にすごいこと)。

ラストシーンで愛する家族とともに“坊っちゃん列車”に乗り込んだ漱石は、「やりたきは創作」という願いを叶え、確かに充実した10年間を駆け抜けたのではないでしょうか。

「この電車は、大正池、昭和橋、平成中学校前経由、令和行きでございます! 発車!!👉️」

なお、正岡子規は34歳で亡くなったため、漱石の文壇での大活躍を知ることはありませんでした。一方で、23歳の頃に座興で漱石の運勢を占った記録が残っており、その内容は「具体的に漱石氏の将来を予言したもの」であったそうです*16。

このとき子規は、自分が占った漱石の将来について「上々大吉なり」と言い、こんな言葉で結んでいます。

 

「天、君に命ず、君躊躇するなかれ」

 

子規は、天命をまっとうした漱石を、笑顔で出迎えたのかもしれません。

 

*

 

長文におつきあいくださり、ありがとうございました。

これにてミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」の考察、完結です!楽しかった〜!(私が)

以下、文献を記しておきます。漱石ミリしらから勉強したので、誤りがあったらご容赦ください。

 

Part1はこちら↓

purplekuina246.hatenablog.com

 

引用・参考文献

引用文献

  1. 夏目鏡子 述,松岡譲 筆録:漱石の思ひ出(岩波書店,1929/復刻版2003)
  2. 夏目漱石 著:吾輩は猫である(新潮文庫1961,/改版2003)
  3. 江藤淳 著:漱石とその時代 第3部(新潮社,1993)
  4. 週間朝日 編:値段の明治大正昭和風俗史・上(朝日新聞社,1987)
  5. 三好行雄 編:漱石書簡集(岩波文庫,1990)
  6. 夏目金之助(夏目漱石)著:定本 漱石全集 第17巻(岩波書店,2019)
  7. 伊藤整 著:日本文壇史 7 硯友社の時代終る(講談社,1995[底本1978])
  8. 高浜虚子 選:子規句集(岩波文庫,1941/改版1993)
  9. 和田茂樹 編:漱石・子規往復書簡集(岩波文庫,2002)
  10. 坪内稔典 著:正岡子規 言葉と生きる(岩波新書,2010)
  11. 柴田宵曲 著:子規居士の周囲(岩波文庫,2018[底本1943])

 

参考文献(Part1・2共通)

長期にわたっているのでわけわからなくなりました。一部は省いています

  1. 江藤淳 著:漱石とその時代 第2部(新潮社,1970)
  2. 正岡子規 著,正岡忠三郎 編集代表:子規全集 第6巻 短歌 歌会稿(講談社,1977)
  3. 正岡子規 著,土屋文明 編:子規歌集(岩波文庫,1959/改版1986)
  4. 関川夏央 著:子規、最後の八年(講談社,2011/文庫2015)
  5. 伊藤整 著:日本文壇史 3〜8(講談社1995〜1996)※まとめてます
  6. 関川夏央, 谷口ジロー 著:『坊っちゃん』の時代 谷口ジローコレクション6(双葉社,2021[単行本1987]*17)
  7. 水川隆夫 著:夏目漱石と戦争(平凡社,2010)
  8. 蓮實重彦 著:夏目漱石論(福武書店,1988[底本1978])
  9. 日置俊次:正岡子規論―「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ」の歌について―

    https://opac.agulin.aoyama.ac.jp/iwjs0011opc/bdyview.do?bodyid=TF01320092&elmid=Body&fname=47848.pdf&loginflg=on&once=true

  10. 新宿区立漱石山房記念館 編:《通常展》漱石と高浜虚子―「吾輩は猫である」が生まれるまで―図録(2019)
  11. 新宿区立漱石山房記念館 編:令和7年度《特別展》発表120年記念『吾輩ハ猫デアル』図録(2025)
  12. #3 「死」について突き詰めて書いた作品——姜尚中さんが読む、夏目漱石『こころ』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】 | NHK出版デジタルマガジン - 4ページ

  13. 俳誌「ホトトギス」ホームページ 過去の俳誌より(←ホトトギスのリアルな目次を写真で見られます)

  14. 根岸「子規庵」ホームページ 正岡子規について | 子規庵
  15. 漱石の生涯 学生時代|東北大学附属図書館

  16. 生誕150周年に寄せて 子規と漱石の友情|iyomemo(いよめも)

  17. 熊本市西区ホームページ:区の見どころ〈16〉井川淵の家

    https://www.city.kumamoto.jp/nishi/kiji00317067/index.html

 

 

*1:自分を監視している金田家の差し金と思っていた

*2:モデルとされる歌人はいます。

*3:翻訳:安藤貫一、校閲:夏目金之助。※金之助は漱石の本名

*4:ただし同じ手紙で遅れたのは自分の原稿が遅かったからだよねごめん、的なことも書いています

*5:もっと細かい計算もあって、「1回あたり15円」のときには計算があわないとしています。

*6:藤村操の“後追い自殺”をした女性の目線としている説も見かけたのですが、私があたった文献ではそこまでは確認できませんでした

*7:まさに、襟(カラー)が高い(ハイ)という意味

*8:長年6月とされていたけれど、漱石の出勤簿から5月だと特定し直されたそうです。すごい!

*9:寺田寅彦とともに

*10:写真を見ると「モーーー」くらい伸ばしてあって、苦しい息がそのまま乗っかっているようです

*11:2ページに満たない短いもの

*12:江藤淳が最初に唱えた説に基づく

*13:メロディの特徴については、Xに書いた「完全5度ツリー」をご参照ください

*14:これはニーチェの言葉が元ネタと思われるのだけれどちょっと不完全、ロンドンに留学中に読んでいた本の内容とは一致しない

*15:夜空を見上げる芝居による

*16:子規研究の第一人者であった柴田宵曲、文献11

*17:虚構も交えたフィクションですが、縁側で構想を語るところなどはミュージカルに影響を与えたのでは?と思っています

ミュージカル「ファニー・ガール」感想〜望海風斗と《鏡》について(2026年9月19日夜・日生劇場)

*いつもと違って、全体じゃなくて、心に残った1シーンについて短く書いてみる試み。今回はラストシーンについてです。坂本さんのキスシーンにメロメロになった話などはXにじかに書いております(何の話)。望海さんメイン、ところどころ敬称略。

 

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「ファニー・ガール」の舞台上には、あまりセットらしいセットがない。舞台を縁取る電飾は、塩ちゃん率いるオケにあわせてピカピカ景気よく光るけれど、そのぶん、ステージ上に四角い“空間”がのっかっているのを感じる。背景には懐かしい雰囲気の書き割りが多用されていて、プログラムのクリエーターズトークによれば、BW版(2022年リバイバル版)とは異なり、ツアー用にはオートメーションのない「『ファニー・ガール』の時代に忠実なセット」が作られたとのことだった*1。

最初は、舞台上がちょっぴり物寂しく感じていたのだけれど、2幕になると、その受け取り方が少しずつ変わってきた。ミセス・アーンスティンとなったファニーが豪邸で過ごしている。天井が高くて部屋が広いことが伝わるものの、なんだか「寂しい」。成功したファニーの楽屋に見事なフラワースタンドが贈られて、チャップリンからのカードも添えてある。左右に1つずつ置かれた巨大なフラスタの間の妙な空間が、やっぱり「寂しい」。ファニーがスターになり、ニックとの関係が複雑になってゆくにつれて、舞台上に寂寥感が押し寄せてくる。ファニーといっしょに私たちも孤独になっていく。その一挙手一投足に、どんどん目が離せなくなっていくのを感じた。

 

ニックが収監されて、時は流れた。場面が冒頭と同じ楽屋に戻り、いよいよラストシーンに差し掛かる。やっぱりどこか寂しい空間だ。化粧前にはきれいにブラシが並んでいて、あの青い大理石の卵も置いてある。観客である私たちは、物語の文脈と、正面の虚空を見つめて身支度をするファニーの様子から、そこに《鏡》があることをいつのまにかちゃんと理解している。だから、背後のドアからニックがエディと入れ違いに入ってきたとき、望海ファニーが“虚空を見つめたまま”黙って微笑んだのを見て、あぁ、《鏡》に写ったニックに気づいたのだとわかる。まるで芍薬が花開くようにふわぁ…と広がった泣き顔のような笑顔を見て、こんな表情を私は見たことがあっただろうかと思った。そして、この笑顔だけで、ファニーがどれだけニックのことを愛していたのかわかってしまった。

もしかすると、舞台空間が比較的プレーンだったからこそ、最終盤にはこちらの想像力が鋭敏になっていて、《鏡》の存在を当たり前に感じ、そこに集中することができたのかもしれない。それはきっと演出のマイケル・メイヤーが意図したことなのだろうけれど、1人の観客としてはもう、望海ファニーの芝居にずっと釘付けだった。最後に“鏡越し”に見つめ合ってニックと別れたあと、彼女は涙声で歌いながらも、ぐちゃぐちゃの泣き顔をグッと正面に向ける。つまりこれは、《鏡》に映る自分自身を見つめる様子を表している。

思えば、私が観たことのある数少ない望海さん出演作のなかでも、シシィは皇后としての「美貌」を映し出す姿見を、サティーンは血塗れのハンカチを握りしめて楽屋の鏡を見つめていた*2。《鏡》と向き合うことは、己の心と向き合うことと同じことなのだ。

愛する夫に微笑みかけ、見つめあって別れを告げ、最後は自己との対話を経て立ち上がる。その濃密な心情の移り変わりを、望海ファニーは、見えないけれど確かにそこにある《鏡》を通して、巧みに表現していたのだと思う。

ファニーは愛していたニックという存在を自分の人生から引きちぎった。ラストナンバーの絶唱は、その傷跡からしか生まれない光を私たちにさらけ出すようだった。あの泣き濡れた芝居の後に、この歌である。日生劇場の2階後方で、こんなの望海さんにしかできないと思いながら、私はひたすらに拍手を送ったのだった。

 

 

*1:ツアー用のものを踏襲し、日本のデザイナーが作成、とのこと

*2:私は観たことがある作品が本当に少ないので、この作品でも鏡を見つめるシーンがあるよ!という耳より情報がありましたらお待ちしています🙏 珍しいアイテムでもないし当たり前に深い意味もなく登場していそうだけど……

舞台「親愛なるレニー リーディング・トライアウト」感想〜物語を分かち合い、育てることの豊かさ(2026年9月20日・P.O.南青山ホール)

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『2026親愛なるレニー リーディング・トライアウト』(9/20〜22)の初日にうかがいました!素晴らしい作品の最初の観客になれて、とても嬉しく思っています。ここでは、トーク内容などはほぼ省き、公演の感想について書いていきます(レポはXにじかに書いております)。

 

 

構造について

誰が、何の役をやるの?

本編に入る前に、趣旨の説明とキャストの紹介を兼ねた短いトークが行われます。このとき、4人の配役が初めて明かされ、使用する小道具についても紹介がありました。

土居裕子さんは、文通相手の1人であった和子を主に演じ、このときに身につけるのはピンクのストール。糸川耀士郎さんは、そのパートナーであった礼二がメインの役で、目印は茶色いジャケット。大倉杏菜さんは主に彼らの娘の菊子をベストを羽織って演じます。そして、もう1人の文通相手・邦彦を演じるのが芳雄さんでした(小道具は特になし)。

特徴的だったのは、物語の1つ上のレイヤーに“地の文”があり、著者である吉原真里さんの調査の様子が描かれること。4人のキャストが交代でべっ甲の丸メガネをかけて、そのときは著者を演じているよ!という仕掛けでした(こういうときって性別なんて関係ないよね👍️)

芳雄さんは、「もし『こういうところがわかりにくい』とかあったら教えてほしい」と言っていたけれど、私自身は実際に観てみて、ちょっとした小道具で記号的に役柄をスイッチする仕掛けはわかりやすく明快だと思いましたし、演劇的な面白さを感じました。

 

結局はミュージカルなの?

配布されたA4の資料にはナンバーのリストがあり(M1〜M15)、すべてバーンスタインのもので許諾を得て使用されていると記されていました。「ということは、やっぱりミュージカルなのかな?」と思っていたら、ストーリーに合わせて選曲されたそれらの曲が、場面と場面の間に絶妙にはまっていきます。心情を歌い上げるミュージカルナンバーとは違うけれど、心情に寄り添う音楽として機能しているのだと思います。

『ウエスト・サイド・ストーリー』からの引用は私も知っている曲が多く、土居さんの美しい「♪I Feel Pretty」や糸川くん・芳雄さん・大倉さんが小気味良くフィンガースナップを鳴らしながら声を合わせた「♪Cool」などを堪能しました*1。『オン・ザ・タウン』は私は不勉強で知らなかったのだけど、「♪Lucky to Be Me」で芳雄さんが見せた幸福そうな表情がとても印象的でした。一方で、バーンスタイン本人が歌ったという「♪BIG STUFF」(バレエ『ファンシー・フリー』より)は、芳雄さんがそれを再現するように歌いました。左手をパンツのポケットに軽く引っ掛け、ざらついた低音をブルージーに。のちに振り返りトークで「めっちゃモノマネしてます」と冗談めかしていたけれど、そこにはリラックスした様子のマエストロが確かにいたと思います。

 

ストーリーについて

和子の愛、邦彦の愛

バーンスタインに心のこもった手紙を書き続けた2人の日本人、天野和子さんと橋本邦彦さん。物語は大まかに分けると、和子パート→邦彦パートの順に進みます。

和子パートでは、土居さんの演じる和子が「愛するレニー」と語りかけ、真心に満ちた言葉を紡ぐたびに心が震えました。ひたむきに相手の幸せと健康を願うこと、それこそが「愛」なのだと思いました。夫・礼二が亡くなる時期の交流は、静かに涙を誘いました。

そして後半から登場する邦彦は芳雄さんが演じました。最初の手紙の様子から浮かび上がったのは、ちょっと内気だけど心優しい、繊細な青年の姿でした。

でもどうか、僕のこの思いを重荷としないでください。だって、僕たちの関係をこれからも続けていきたいから。愛とかではなくたんなる友人としてでも。

吉原真里『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』アルテスパブリッシング,2022(P.144)*手紙の翻訳は橋本本人による

この最初の1通を皮切りに、4日間立て続けに書かれたという手紙。一途な愛が空回りする青年のいじらしさを芳雄さんがチャーミングに演じ、ここでは3通目あたりからちょっとしたくすぐりというか、笑いのポイントになっていました。でもね私2通目の時点で、もう泣いてたんですよね笑。芳雄さんが邦彦として愛を語る様子に心をつかまれて泣いてたので、あっここは笑うところなのか、間違えた、ってちょっと恥ずかしくなりました😂(間違っていたというわけじゃないけども)。

和子パートも邦彦パートも、後年、著者のインタビューに応じる場面が含まれます。そのときの落ち着いた年長者の声色と、手紙を書いていた頃の溌剌とした、あるいはナイーブな若者の声色を、2人とも見事に演じ分けていました。これよって、物語が内包する時間の長さが伝わるのだと思います。

 

ディアレスト・レニー

そして長い歳月が過ぎ、バーンスタインの晩年のエピソードから物語はクライマックスに向かいます。原作のさまざまな出来事を圧縮し、最終的には手紙だけを抽出することで、和子と邦彦が亡きバーンスタインに呼びかけるかのような形式にアレンジされていました(厳密には生前に書かれているんだけど、そういう効果を上げていたと思います)。

相手がこの世にいてもいなくても変わらない愛。芳雄さんが「ディアレスト・レニー、」と呼びかけたときから涙腺はもうダメでした。台本上この1箇所だけは英語(Dearest)が残されていることで、これが特別な、おそらく最後の1通なのだとわかり、何より芳雄さんのその声に深い愛情が込められていたからです。そこへ、橋本邦彦自身が翻訳を手掛けた『キャンディード』からの1曲「♪Make Our Garden Grow(畑を耕そう)」の歌唱が始まります。前述の最後の手紙だけ書き出しが英語(Dearest)だったのとは逆に、本作でたった1曲だけ日本語で歌われた歌でした。その日本語歌詞が感情の栓を吹き飛ばし、あとはひたすら涙に溺れることになりました*2。土居さんと2人だけで声が重なるところは「アイ・ラブ・坊っちゃん」を思い出さずにはいられなかったし、4人がフォルテで声を合わせるラストナンバーならではの迫力は、ミュージカルにおける影コーラスつきのそれと遜色のないものでした。ミュージカルではないけれどやっぱりミュージカルを観たような、深い感動と満足が残りました。

 

振り返りトークについて

バーンスタインその人を、どれくらい出すか問題

本編終了後は、挙手制で観客から質問や感想を受けながら、ピアニストの松田さんも交えての振り返りトークが行われました。このとき、トピックの1つになったのが、本公演では、バーンスタインはどれくらい本編にいるとよいのか?ということ。ゲネプロでカットされたというバーンスタインの言葉が披露されて、芳雄さんから「この言葉はやっぱりあったほうがいい?」と問いかけがあったりして、みんなでちょっと考えるような時間が新鮮でした。

終演後、改めて考えてみたのですが、私自身は今のところ、バーンスタイン成分、これくらいでちょうどいいんじゃないかなぁ?👌という意見です。なぜならこの書籍の礎となったバーンスタイン・コレクションに含まれる手紙は、往復書簡ではないからです。手紙の送り主が「親愛なるレニー」と敬愛を込めて呼びかけ続けるなか、マエストロが彼らにどのように応えてきたのかを、私たちはうかがい知ることができません。でも、登場人物の語りを聞いているうちに、観客は自ずと「どんな人なのかな」と想像を膨らませていくことになります。このことは、舞台ならではの魅力になり得ないでしょうか。

 

開かれたディスカッションに触れて

著名人の知られざるエピソードが明かされるとき、よく、その人の「真実」とか「実像」という言葉が謳い文句になることがあります。でも、この原作はそうではなく、真摯に書簡をひもとき、それらの差出人と信頼関係を結ぶことによって書き上げられたものです。音楽的な業績だけでは彼のことが語れないのと同じように、本作で浮かび上がる《レニー》という人物像もまた、和子や邦彦しか知らなかったごくプライベートな一面でしかありません。いち観客としては、2人の愛が描き起こしたマエストロの横顔を、音楽史に名を刻んだレナード・バーンスタインそのものと強く結びつけすぎずに、そっと楽しみたい気がしています。

一方で、やっぱりバーンスタインの言葉にもっと触れたいという意見もすごくわかります。例えば「人を愛することと、音楽を愛すること。それは私にとって同じことなのです」と結ばれる晩年のインタビューの言葉(P.369)などは、本作のストーリーにも共鳴しうるものだと思います。ここで書いておきたいのは、振り返りトークの場には、互いの意見やアイデアに興味をもち、認め合うような空気感が確かにあったということ。芳雄さんたちはとても真摯に耳を傾けてくれて、観客も発言者の言葉にうんうんと頷いたりして、まるで本当に、ディスカッションの中に入れてもらったような時間でした。リーディング・トライアウトと銘打たれたこの公演は、想像以上にインタラクティブで、そのことにも感動しました。

 

*

 

インターネットやSNSの影響を受けずに生きることは難しい昨今。アルゴリズムのせいで分断や対立を目にすることも多く、人は違う意見を認め合えない存在なんだと絶望したくなります。そんななか、この作品について親密な空間でいっしょに考えられたことは、とても幸せな体験でした。そして、音楽、演劇、手紙、信仰などの要素がつまった原作本に芳雄さんが出会い*3、こうして企画が形になりつつあること自体も奇跡だと思います。

原作のどの部分を取捨選択するかでいかようにも育てられる作品だと思うけれど、4人のキャストとピアノだけで紡いだ今回のリーディング形式も、1つの魅力的な完成形であることは間違いありません。このトライアウトを経てどんなふうに育っていくのか、2028年の本公演を楽しみに待ちたいと思います!

 

 

 

 

*1:この曲、許諾を得るのが大変でなかなか歌えないそうです。そして糸川くんの指パッチンのタコがこの本番で潰れて、明日からは鳴らないって言ってました😂

*2:顔をぐちゃぐちゃに歪めて、顎まで涙を滴らせてこらえました。目立つ席にいたので、大げさにハンカチを使いたくなかったのです

*3:邦彦が劇団四季のオーディションに受かったという話は、あまりにもメタでほんの少し笑いそうになって、でも絶対意図しない笑いだから、観客みんながグッ…!と飲み込んだ瞬間が最高でした

ミュージカル「レベッカ」考察〜イギリスの階級社会と使用人制度から見た“役割”、または、愛とは何か

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ミュージカル「レベッカ」大千秋楽おめでとうございました(だいぶ経ちましたが…)

もともと「レベッカis誰…?」「マンダレイisどこ…?」ってな感じでしたが、観劇してみたところ1920年のイギリスが舞台、ダウントンアビーじゃん、了解、大好き!👍→もともとゴリゴリのダウントニアン(NHKリアタイ実況民*1)ということもあって少ない回数ながらすっかりハマり、イギリスの階級社会や使用人制度を踏まえて掘り下げてみたので(+音楽)、原作や映画と比較しながら自分なりにまとめてみました。

 

  • 観劇しました→5/17昼(霧矢・朝月)、6/27昼(明日海・豊原)、8/1昼(霧矢・朝月)
  • 読みました→『レベッカ』上下巻(ダフネ・デュ・モーリア著, 茅野美ど里 訳/新潮文庫)
  • 観ました(映画)→ヒッチコック版(1940)、Netflix版(1920)

 

 

はじめに:「レベッカ」における“役割”をめぐって

劇中の舞台は、マンダレイというカントリーハウス(貴族や地主の所有する屋敷)です。一般的に、カントリーハウスには主人の家族が暮らし、彼らを支え、屋敷を維持するために多くの使用人たちが住み込みで働いています。この2つの階層はupstairsとdownstairsと呼ばれます。

 

upstairs(主人とその家族の世界)

マンダレイのupstairsの中心にいるのは当主であるマキシム・ド・ウィンターです(演:海宝直人/主演)。彼にはコーンウォール地方の大地主(ジェントリ)としての役割があります(彼は爵位を有する“貴族”ではありません。後述)。その隣にはミセス・ド・ウィンター(ド・ウィンター夫人)という役割が存在し、かつてはレベッカがその座についていました。

 

downstairs(使用人たちの世界)

使用人たちにはポジションによって明確な序列がありました。男性使用人の最高責任者は執事(butler)で、女性使用人の最高責任者は家政婦頭(housekeeper)。本作においては、前者はフリス(演:奥山寛)、後者はダンヴァース夫人(演:霧矢大夢/明日海りお)です。そのほか、一般的には、男性使用人として従僕(または従者/valet)、下僕(または下男/footman)、女性使用人として奥様付きメイド(または侍女/lady's maid)、メイド(maid)などがいました。

 

家族関係や主従関係が複雑に絡み合うカントリーハウスという装置は、これまでもさまざまな小説、映画の題材になってきました。そこで今回は、本作も“カントリーハウスもの”の1つであると位置付け、イギリスの階級社会を背景とする“役割の物語”として、「わたし」と「ダンヴァース夫人」を中心に読み解いていきたいと思います。

 

「わたし」

最初の役割〜companion(付き添い)という職業

「わたし」の最初の役割は、アメリカ人のヴァン・ホッパー夫人*2のコンパニオン(companion)でした。コンパニオンという言葉は日本語では違う意味になってしまっているけれど、話し相手、付き添いといった意味の職業(立場)のような存在です(公演プログラムでは「付き添い」と表現)。1920年代当時の上流階級の女性(独身、未亡人など)はしばしばコンパニオンを雇っており、同時代のアガサ・クリスティの作品のいくつかにも登場します(古い翻訳だと「話し相手の“家政婦”」とされていたりしてこの存在を意識しにくいのですが)。

コンパニオンの出身階級は雇い主とそう遠くないとされており(文献1*3)、使用人ではありません。そのため、主人と同じテーブルにつくことができます。実際、ミュージカルでも「わたし」は小綺麗な身なりで、ヴァン・ホッパー夫人と席を共にしていました。でも、その場にいるということは、対等な存在ではないことを感じ続けるということ。ホテルの従業員からはなんとなく冷たくあしらわれており、原作でも「わたし」は夫人が主催するブリッジ(トランプのゲーム)に混ざりつつ、食事の席ではウェイターに肉の切れ端を出されてみじめな思いをしていました。

(余談🎥:Netflix映画では、彼女が明確に使用人扱いをされ差別されていたことをきっかけにマキシムが同席を提案。花瓶のくだりは無し)

 

役割の変容①〜階級(クラス)の移動

そこへ、年の離れたコーンウォールの名士・マキシムが現れます。束の間の交流を経て求婚を受けることにした彼女は、突然、妻およびマンダレイの女主人、つまり“ミセス・ド・ウィンター”という役割(役職)に就くことになりました。

この劇的なジョブチェンジは、当然ながら階級(クラス)の移動を伴っています。家族を亡くし、アメリカ人に雇われていたアッパー・ミドル・クラス(文献1)の娘から、カントリーハウスに暮らす上流階級(アッパー・クラス)の一員へ。ウェイターに「どうかクリームを」と懇願していた「わたし」は、到着したお屋敷で手袋を落としても、使用人が拾ってくれるのを待たなければなりません。

モンテカルロで、ヴァン・ホッパー夫人が別れ際にレディ・ド・ウィンターと呼びかけ慇懃にカーテシーをしてみせるのは、それを象徴するワンシーンでした。レディ(レイディ/lady)とは、貴族の夫人または娘に用いる称号です。しかし、マキシムは爵位(公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵)をもたないので、彼と結婚しても「わたし」はレディの称号を得ることはありません*4。ミセス・ヴァンホッパーは「いいご身分ですこと!」と言わんばかりに、“わざと”“嫌味で”やっているのです(原作では登場しないため、演劇らしい良いアクセントだなと思います)。

意外な後任の登場に、マンダレイのdownstairsは大いに動揺します(『♪新しいミセス・ド・ウィンター』)。そんななか、「わたし」に明確な敵意を向けたのがダンヴァース夫人です。彼女は、「わたし」がミセス・ド・ウィンターには相応しくないと断じ(※背景にある心情については後述)、主人の怒りを買うように仕向け、あわよくば追い出そうと画策しました(なんなら“この世”からも)。仮装舞踏会の衝撃で幕を下ろした1幕を経て、2幕序盤の『♪レベッカⅢ』〜『♪ほんの一歩で』は、ついに本心を露わにしたダンヴァース夫人が、真正面から「わたし」に憎悪をぶつけるナンバーです。

(余談📕🎥:ダンヴァース夫人が「わたし」に暗に飛び降りを勧めるとき、ミュージカルではある程度は音楽で紛れるけど原文や映画の“Why don't you〜?”の畳み掛けめっちゃ怖い。特に原作はダニーが一生喋ってるしほとんどホラー)

 

役割の変容②〜「私はもう、子どもじゃないわ」

ところが『♪ほんの一歩で』の最後に、影たちに操られた「わたし」がまさにバルコニーから身を投げそうになった瞬間、信号弾の音が鳴り響きます。

この音は、「わたし」の役割が再び変化する合図でした。

船の座礁をきっかけに、海底から見つかったレベッカの死体。マキシムは、暗いエネルギーに満ちたナンバー『♪凍りつく微笑み』で「わたし」に秘密を打ち明け、苦悩を露わにしました。「わたし」はショックを受けつつもその告白を受け止めます。

この瞬間に生じたのが、マキシムとの夫婦関係における“役割”の変容でした。危機に陥った夫を目の当たりにした結果、彼女はパートナーを守り、支えるという庇護的な役割に目覚めます。なお、同様に21歳年上であるマキシムもパターナルな*5役割を手放していますが、2人は対等になったというよりは、暗い秘密*6によって新たな絆を結び、独特に支え合うような関係になったという感じです。

2026年の上演で「わたし(Ich=イッヒ)」を演じた2人は、この“覚醒”のビフォーアフターをはっきりと演じ分けていました。興味深いのは、その“ビフォー”のアプローチ、つまり“おどおど”の身体的な表現が2人の間で違ったことです。

ビフォーにおいて、朝月イッヒは、華奢な身体を若干前屈みにして両手をお腹の前で組み、左右の指をいじいじと握り合うようにしていました。一方で豊原イッヒは、立ったり歩いたりしているときに体幹を絶妙にフニャつかせ、所在なく下ろした両手でコートやスカートの裾を握る癖をもっていました。しかし2人のイッヒ(わたし)は、マキシムの告白を受けて“覚醒”したあと、これらの幼い仕草をきっぱりとやめています。この明確な変化は、マキシムと彼女の「君の瞳から子供っぽさが消えている」「私はもう子供じゃないわ」というやりとりで明示されますが*7、その背景には、単なる子供から大人への成長というだけではなく、前述したような“役割”の劇的な変化があったのではないでしょうか。

(余談📕🎥:原作のイッヒの描写はやや幼く映り、爪を噛む癖があります*8。ヒッチコック版のジョーン・フォンティンはずっと途方に暮れており、Netflix版のリリー・ジェームズは何となく身体が傾(かし)いだ感じで立っています)

 

ミセス・ド・ウィンターとしての自覚〜『♪それは私よ』

この変化をきっかけに「わたし」はマンダレイの女主人としての自覚も獲得し、ミセス・ド・ウィンターとして主体的かつ積極的に行動するようになります(『♪新しいミセス・ド・ウィンター』のリプライズでdownstairsのざわつきを表現)。

これを象徴するナンバーが、「わたし」とダンヴァース夫人とのデュエット『♪それは私よ』です。対決の舞台は「わたし」がかつてダンヴァース夫人に(精神的に)ボコボコにされたモーニングルーム。パステルカラーではなく落ち着いた臙脂色のワンピースに黒い石のイヤリングとネックレスを身につけた「わたし」は、ダンヴァース夫人が「♪ミセス・ド・ウィンター様なら」と歌い始めたのを遮り、「♪それは私よ」と否定して、さらに「♪ミセス・ド・ウィンターは私」と念押しをします。

ここで、ちょっとだけ音楽的に踏み込んでみましょう。この曲はわかりやすい4拍子。上述のサビの冒頭の「♪ミセス・ド・ウィンター」の2拍分のリズムは、2人のパートで共通していて、これは「動機」と捉えることができると思います。以下は無理やり記号で表したもの。

♬  ♬  ♪   ♪

ミセ/ス・ド・/ウィン/ター

さらに、「わたし」が歌う「♪ミセス・ド・ウィンターは私」の念押し部分は、H(B)↘Fis(F♯)↗H(B)の2音だけで構成されていて、これはH dur(B major)における主音(Ⅰ音)と属音(Ⅴ音)にあたります。ドレミに直すと、高いドと、ソの関係で、とても安定感のある音程です。しかも上行して終わることから、「わたし」が自信をつけて堂々としていることが伝わってきます。

つまり、このサビは「わたし」がダンヴァース夫人から動機を奪い取ったうえで、「自分こそがミセス・ド・ウィンターである」と高らかに宣言する、「わたし」の明確な逆襲なのです。そりゃキューピッドも迷わず破壊するわと思います*9👼💥ガシャーン

ちなみに、法廷のシーンでは傍聴していた「わたし」が失神したことで審問会が中断され、結果的にマキシムの窮地を救うことになります。原作やヒッチコック版では普通に失神していますが、ミュージカルはわざわざ立ち上がってから倒れるので、「わたし」が意図的にやったのではないでしょうか(解釈が違ったらすみません)。これも主体性の現れだと思います。

(余談🎥:ヒッチコック版では「わたし」が主体性を獲得した感じはあまりしない。『それは私よ』の元になったやり取りは、“覚醒”とは無関係に、舞踏会よりも前に出てきます)

 

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リズムだけ採譜しています。伝われ…!

 

ダンヴァース夫人

本来の役割〜housekeeper(家政婦頭)という地位

前述のように、彼女は家政婦頭で、女性使用人の中でトップにあたる存在です。使用人の中で、一般のメイドたちはファーストネームで呼ばれますが(例:クラリス)、家政婦頭は名字で呼ばれ、かつ未婚であってもMrs.(ミセス)がつくので、日本語訳では「ダンヴァース“夫人”」となっています。ファベルや回想のレベッカはダニーと呼びかけていましたが、彼女のファーストネームは劇中では明かされていません(ダニエラ・ダンヴァースとかだったらどうしよう)。

一般的に、家政婦頭は、リネン交換や掃除の監督、メイドの管理、厨房(独立した職域)との連絡調整を担います。ミュージカルでも実際に、再婚した主人の帰りを迎えるにあたって、ダンヴァース夫人が模様替えを取り仕切ったことが描かれていました。

一方、マンダレイの女性使用人には欠けているポジションがありました。それは女主人の身の回りの世話をするlady's maidという役職です。「奥様付きメイド」「お付きメイド」と訳されたり、より階級が高い家が舞台だと「侍女」と訳されていることもあります(ダウントンアビーがそうでした)。

ここで注意したいのは、「奥様付きメイド」というのは単に、メイドの1人が専属で奥様を担当するという意味ではないことです。lady's maidは一般のメイドよりも位が上であり、家政婦頭(housekeeper)同様に名字で呼ばれる存在です(アッパー・サーヴァントというそうです)。

「わたし」のお世話をすることになったのはクラリスですが*10、これは元々「奥様付きメイドが到着するまで」というダンヴァース夫人の仮の差配でした。ミュージカルでは、この会話で「わたし」付きのメイドがいないことがわかると、夫人は「いらっしゃらない…?」と驚いたようなリアクションを見せます*11。

奥様のようなお立場では、ふつうは専属のメードがいらっしゃるものです。

『レベッカ』(デュ・モーリア著,茅野美ど里 訳/新潮文庫)上巻P148

結果的に、クラリスは「奥様付きメイド(lady's maid)」として昇格することはないまま「わたし」の世話を続けることになりますが、ダンヴァース夫人自身、本来は“ミセス・ド・ウィンター”にはlady's maidが必要であるという認識を持っていたはずなのです。

(余談🎥:ヒッチコック版で仮装舞踏会の身支度を世話している使用人[おそらくクラリス*12]は、明らかにlady's maidの服装をしています。またNetflix版のダンヴァース夫人は「わたし」に対して「侍女だったのかと思った」と言います→さりげなく下に見てる)

マンダレイの使用人について迷いが残る点→*13

 

手放さなかった役割〜lady's maid(奥様付きメイド/侍女)という特権

にもかかわらず、作中で示唆されていたのは、ダンヴァース夫人が自らレベッカのlady's maidとしても機能していたらしいことです。本作のタイトルを冠したビッグナンバー『♪レベッカ』では、甲斐甲斐しく身繕いをした思い出がたっぷり語られますが、その職務内容はまさに奥様付きメイドのもの。原作では、『♪凍りつく微笑み』にあたる箇所で、レベッカが「マックス、ダニーはあたしのメードよ。あたしが頼めば法廷で宣誓してなんでも証言してくれるわ」と語ったことをマキシムが回想しています(下巻P140)。

注意深く紐解くと、ダンヴァース夫人はレベッカの嫁入り時に付き従ってマンダレイに来ています。そのため、当初の職位はlady's maidであり、のちに昇格してhousekeeperになったとことが考えられます(よその屋敷に最初から家政婦頭として入るとは考えにくい)。つまり本来は前任者。

レベッカに奥様付きメイドがいなかったことについて、原作のダンヴァース夫人はこのように説明していました。

「わたくしが何もかもお世話をしておりましたの。メードを次々と雇ってみましたが、みんなだめでございました。」

『レベッカ』(デュ・モーリア著,茅野美ど里 訳/新潮文庫)上巻P342

これはそのまま、レベッカ本人が他のメイドを寄せつけなかったと受け取ってよいでしょう。でも、ダンヴァース夫人がそのことを免罪符にして、職掌を逸脱して“レベッカのお世話”を独占し続けていたと捉えることもできないでしょうか。彼女は家政婦頭なので、仕事の采配をする権力を持っているのです。

それにしても、家政婦頭は本来は忙しい管理職のはず。お屋敷のご主人たちは非常に手がかかる習慣で生活しており、例えば何でもない日だってディナーではドレスに着替えないといけません(←ダウントン・アビー知識)。家政婦頭である夫人本人が、着替えやら身繕いやら100%すべてのお世話を担うことは無理がありそうだし、一部はメイドにも任せなければならないのでは??と考えたのですが、上述のとおり、原作では“何もかもお世話”って言ってるんですよね…。マジか…??*14

描かれていない詳細を知ることはできませんが、ダンヴァース夫人がレベッカに提供していた親密で甘やかなお世話は、使用人制度においては家政婦頭(housekeeper)の役割からは逸脱していたと言って差し支えないでしょう。

 

ミュージカルだから呼べるファーストネーム〜『レベッカ』

一方で、レベッカとの絆は、主従関係を逸脱することはなく、あくまでも階級意識をわきまえたものでした。当時の使用人は、主人の名前をファーストネームで呼びかけることは絶対にありません。原作(原文)でも“Mrs. de Winter”のほか“she”,“my lady”と呼び(翻訳では「奥様」、回想にいては「お嬢様」など)、とにかく敬称で呼ぶことを徹底しています。

しかし、ミュージカルにおいては、登場人物は歌うことで本心を打ち明けることができます。むしろ、その本心が秘められていればいるほど、楽曲には爆発力が宿ります。ダンヴァース夫人が『レベッカ』においてサビが来るたびに「レベッカ」と繰り返し歌い上げるのはそのためです。本当は絶対に名前で呼びかけられない主(あるじ)への愛を、思う存分に発露しているのです。

ダンヴァース夫人がレベッカに抱いていた愛情をどのように見せるかは、血を分けた家族のようであったり、同性愛的であったり、演出や演者によってさまざまな形があるように思います。しかし、その本質がどんなものであっても、主従関係においてはシンプルに忠誠心というラベルを貼り、覆い隠すことが可能です。ダンヴァース夫人は、階級社会における強固な上下関係に守られて、合法的にレベッカを愛し倒すことができていたのです。

(余談🎥:Netflix版のダンヴァース夫人は越権的な態度が目立ちます。「レベッカのお世話をしていた(I looked after Rebecca)」と名前で呼びますし、「友達だった(I was her fridend)」とまで語るので、個人的にはこの点は本作の性質からいってあまり賛成できません…)

 

原作/映画×2/ミュージカルで、結末はどの地点まで描かれているか?

ミュージカルでは燃え盛るマンダレイが描かれますが、原作の幕切れは実は意外なものでした。

原作では「わたし」もロンドンに同行しており、深夜、マキシムの運転で一緒にマンダレイに帰ろうとしています。その道中、マキシムはダンヴァース夫人が姿を消したと知って「嫌な予感」に苛まれ、後部座席で仮眠を取っていた「わたし」は恐ろしい悪夢にうなされます。そんな2人が目にしたのは、赤く染まる西の空。

頭上の空は墨を流したような漆黒だ。なのに地平線の空は暗くない。鮮血を落としたような紅に染まっている。そして、海からの潮風に乗って、灰が飛んできた。(了)

 『レベッカ』(デュ・モーリア著,茅野美ど里 訳/新潮文庫)下巻P345

The sky above our heads was inky black. But the sky on the horizon was not dark at all. It was shot with crimson, like a splash of blood. And the ashes blew towards us with the salt wind from the sea.

REBECCA(Daphne du Maurier)

小説は、火事を悟って絶望する2人のもとへ「灰が飛んできた」ことだけを静かに示して終わります。「灰」は光と違って実体を伴うので、嫌な予感が現実になったことを伝える効果があります。その前の会話でダンヴァース夫人の関与が絶妙に示唆されているだけに、ものすごくゾワッとしました。デュ・モーリアのこの筆致には脱帽です。

一方で、ミュージカルと映画2本はいずれも火事そのものを場面として描いています。映像や演劇は、視覚的に“それ”を表現できるのが特徴です。さらに、ダンヴァース夫人が火をつけたことを“確定”させ、その動機についても説明を試みています。

ヒッチコック版では「わたし」が「ダンヴァース夫人がおかしくなったの。幸せな私たちを見るぐらいならマンダレイを燃やすって(言った)」とマキシムに説明し、Netfrix版ではダンヴァース夫人が崖から飛び降りる前に「あなたにマンダレイは渡せない、あれは私たちのものよ(It was ours)」と言い放ちます*15(何を言っているんだ??)

ミュージカルは今回から「新演出版」になったとのことで、この部分(ダンヴァース夫人の心情の説明)が大きく変わったようだというのをなんとなく知りました。私にはもう前のバージョンを観ることは叶わないですが、この変化も、原作の結末に大きな余白があるからこそだなと思っています。

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すべてのバージョンで、結末の地点が異なります。

 

彼女はなぜマンダレイを燃やしたか?

この「新演出版」で初めて観た私は、ダンヴァース夫人のいう「裏切り」は、シンプルにレベッカの人生から疎外されただけなのだと受け取りました。でもそれが、ダニーにとっては裏切り以外の何物でもなかった。

言ってしまえば、彼女は“普通の人”でした。ただの人が、レベッカという“特別な人”に仕えることで人生に意味を見出していた。そして「忠誠」として自分の全てを捧げていたから、当然、奥様からは「信頼」のあかしに全てを委ねてもらえるはずだと信じていた。亡き後も寝室を“聖地”のように保ち、ささやかな“信仰”を守り続けた。なのに、奥様(my lady)は生死にかかわる真実を教えてくれなかったのです、これっぽっちも。

たった1つの隠し事で「何のための人生」だと絶望し、いきなりマンダレイを燃やすというのは、いわゆる0か100か思考を思わせます。結局のところ、崇拝の根底にあるのは認知の歪みなのかもしれません。それでも、妄執と片付けるのはあまりに切ない。彼女の中で、やはりその愛は曇りのない真実だったのだと思います(公演プログラムで霧矢さん、明日海さんが語る愛の解釈がとても好き)。そして、彼女のファーストネームが明かされていないことは、ここでもレベッカとの対比を成し、効果を発揮しているのです。

 

終わりに:愛とは何か

1幕の『♪こんな夜こそ』と2幕の『♪夜を越えて』は、エリザベートの『♪あなたがそばにいれば』と『♪夜のボート』と真逆の構造になっています。一度はすれ違った夫婦が真実を分かち合い、困難を乗り越えることでパートナーシップを結び直す様子を描いており、この2演目でナンバーの前後を入れ替えると楽曲の意味とミザンスがぴったり同じになるのが心憎いです。

最後の観劇となった8/1昼、エピローグでが海宝マキシムと朝月イッヒがいたわり合うように微笑んでいて、涙腺が緩みました。マンダレイは失われても、ド・ウィンター夫婦の間には愛と信頼が育ったことがわかったからです*16。

 

ミュージカル「レベッカ」は、ゴシック・ロマンの名作と謳われた小説をクンツェ&リーヴァイが巧みに翻案し、続柄や主従関係といったさまざまな「役割」を通じて、「愛とは何か」を立体的に伝える物語なのだと思います*17。1920年代のイギリスと社会背景は大きく異なっても、私たちが受け取るその普遍性は変わりません。この素敵な演目に、また再会できる日を楽しみに待ちたいと思います。

 

<参考文献(原作、原文を除く)>

  1. 新井潤美『執事とメイドの裏表 イギリス文化における使用人のイメージ』(白水社,2011)
  2. 新井潤美『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書,2005)
  3. ロジーナ・ハリソン著,新井潤美監修, 新井雅代訳『おだまり、ローズ 子爵夫人付きメイドの回想』(2014,白水社)

(この分野はほとんど新井潤美先生の本だなと思いました。とても読みやすくておもしろいです。感謝)

その他、映画の翻訳はAmazon Prime Video、Netflixの字幕および吹き替えを引用しています。

 

 

*1:いにしえのアカウントで毎週日曜夜に絶叫してました。あの頃のTwitterなつかしいな。いろいろ忘れちゃったけど独特のミームとかもあったな。プリズンベイツとか

*2:ダウントンアビーの、伯爵夫人・コーラの母の造形が思い出されたためか、なぜか最初からアメリカ人の大富豪だとわかった

*3:このあたりはほとんど新井潤美先生の本を参考にしています

*4:原作の上巻の表4のあらすじで「貴族」と書いているのは厳密には不正確と言えます。わかりやすくするためだと思っています。一方、漫画『セシルの女王』(こざき亜衣)1巻でジェーン・シーモアが幼い主人公セシルに「あなたと同じジェントリの家だから『レディ』じゃないわ、ウィリアムちゃん」と語るセリフがわかりやすいです。

*5:父権主義的な

*6:原作🔫、ヒッチコック👊、ミュージカル🖐️、Netflix🔫/殺意を持って殺したかどうかが全く違うので、関係性に与える影響が別物といっていいくらい異なります

*7:原作では、大人になりたいとう願望が明確に示されており、伏線となっていました→「もっと思慮深く、おとなに見えるようになることでも起きてくれないだろうか。(中略)わたしたちがいっしょになること、ひとりの男と女として肩を並べて立ち、隔てる溝がないまま手と手をつなぐことはけっしてないのだろうか。わたしは子どもでありたくない。マキシムの妻に、母親になりたい。もっと歳をとりたかった」上巻P401

*8:ただし覚醒後にやめたわけではなく、1回、爪を噛む描写がありました

*9:これも舞台ならではの演出。映画×2を観たときに、キューピッドの粉々っぷりに修復は無理だなぁと思ったので、修復済みのやつを今度は自分の手で壊したる!的なイッヒの逆襲は、舞台の小道具でしかできないと感じました

*10:原作、ヒッチコック版では当初はアリス

*11:この演技めっちゃ好きでした。特に、みりおさんの白目づかい

*12:アリスはセリフがなく、見分けるのは難しいけど体型からいってアリスとは別人、となるとクラリスであろう

*13:「古参のメイド」としてミセス・ラザフォードという役がありますが、本来はロウワー・サーヴァントなので名前で呼ばれる存在のはずです。原作にも登場しない人物のため、これはミュージカル独自の緩いアレンジかなと思っています。また男性使用人は、名前のある「ロバート」は「使用人」、他は「召使い」となっています。この揺れも意味があるのだと思うのですが、少なくともロバートは下の名前で呼ばれているので、当時の慣習に沿って考えるなら、上級使用人というわけではなさそうです。映画では服装からいって多分footmanです

*14:このことについてはプログラムの座談会で海宝さんが明確に言及しています。

*15:別の場面で、「わたし」に「唯一の友人に隠し事をされて辛いですよね」とバリ煽られているのと、判決に反してマキシムが殺したと最後まで信じていました。キツいぜ…

*16:これはヒッチコック版同様に、「事故だった」というアレンジを行ったから成り立つ着地点です。原作通りに“殺して”いたら絶対にこうならない。Netflix版では“殺して”いるので、エピローグで情事にふける2人はなんとなく後ろ暗い雰囲気があります

*17:リーヴァイさんの「愛」については2026/2/11「音のある人生」特別講義でも聴きました

ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」考察 Part1〜漱石と子規の「ことば」から読み解く(原作・書簡・短歌)

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はじめに

ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」は、夏目漱石の小説「坊っちゃん」の物語世界と、執筆時期の漱石を取り巻く世界が交差する作品です。6月末に大千秋楽を迎えました。おめでとうございました!👏(遅延)

私は観劇前まで「坊っちゃん」を読んだことがなかったですし、言ってしまえば“漱石ミリしら勢”だったのですが、私にとっては少し難しかったこのミュージカルに向き合おうと、ちょっとずつ勉強していったところ、いろいろなことが面白く感じられるようになりました。その成果の1つが、大楽の日に画像で投稿した「坊っちゃんタイムライン」です*1。

本記事では考察Part1として、主に小説「坊っちゃん」の世界に注目し、この原作小説、漱石の書簡、正岡子規の短歌などと比較・参照しながら、ミュージカルの魅力を楽しく読み解いてみたいと思います!

 

<小説「坊っちゃん」ざっくり概要>

  • 明治39年(1906年)、「ホトトギス」4月号に一挙掲載された小説。
  • 東京生まれの「おれ」が数学の教師として「四国辺のある中学校」に赴任し、夏〜秋を経て帰ってくるまでを回想して語る。

<注>

  • 本文の引用は、夏目漱石『坊っちゃん』(新潮文庫,1950/改版2012年)によります。必要に応じて岩波文庫版や「青空文庫」も参照。
  • 一人称の小説のため、主人公は「おれ」と紹介されている場合が多いですが、本記事では、ミュージカルに従ってこの人物のことを「坊っちゃん」と称します。

 

 

ミュージカルと小説「坊っちゃん」の比較

比較するのは以下の2つです。

  • 明治39年春に夏目漱石が発表した「坊っちゃん」
  • ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」の劇中に漱石が執筆していた「坊っちゃん」

野球の混入した世界線の坊っちゃん〜すべてが野球⚾️になる

この件、あんまり話題になっていない気がするのですが、劇中で夏目漱石(演:井上芳雄)が勢いよく書いている「坊っちゃん」は、なんか、だいぶ変じゃないですか…?

 

野球が混入した2つの理由

その“変”の最も大きなポイントは、ストーリーの中に野球が混入していることです。途中までは原作と同じルートをたどりますが、ちょいちょい野球が登場するようになり、最終的にはクライマックスにも関係してきます。もはや、すべてが野球になる*2世界線。どうしてこうなった???

その理由の1つは、劇中の漱石の生活の中に物理的にボールが飛び込んできたからでした。これは「吾輩は猫である」の8章で描かれた、「苦沙弥先生(=漱石)」と「落雲館中学」の生徒との“戦争”を踏まえたもの。“猫”はそもそも現実のパロディであり、当時漱石が住んでいた千駄木の借家の裏手には、劇中に出てきた「郁文館中学」が本当に存在しました。今も同名の学校(中高一貫校)があって、現地に行ってみると、なるほどボールが生け垣を越えてくる距離感だなと実感できます。ミュージカルではボールを探しにきた「少年」との交流が現実パートの縦糸になっており、劇中で「野球」という概念が顕在化するしかけとなっています。

そしてもう1つは、漱石が山嵐(演:小林唯)の中に、亡き友・正岡子規を見出していたからでした*3。劇中の「坊っちゃん」には完全に「磯野〜野球しようぜ〜」が出てくるけど、小説にはそんな場面は登場しないし、後述する赤シャツとの対決を「試合」に喩えるレトリックもありません。ベースボールと正岡子規との関係は劇中の現実パートで説明されたので省きますが(※ただし、子規が野球と訳したというのは有名な俗説であり事実とは異なる→*4)、ミュージカルの漱石が子規を思うあまり自然ととってしまった行動が、坊っちゃんと山嵐にボールとグラブを持たせることだったのかもしれません。

 

玉子×8個→ボール×2個になった理由

「坊っちゃん」の世界に混入した野球が、最も大きく影響を及ぼしたのはクライマックスの部分でした。坊っちゃん(演:三浦宏規)と山嵐が粘り強く張り込みを続け、赤シャツ(演:松尾貴史)と野だいこ(演:山野靖博)の夜遊びの現場を押さえてぶちのめすシーンです。ミュージカルでは、仁王立ちの2人が「♪人が人らしくあるために我らがルールを正す」と歌い始め(『♪正義の使者』)、「直球で勝負!!!」と言い放って逃げる2人にボール×2を投げつけ、追いかけ回します。

一方小説では、坊っちゃんはボールなんて持ってはいません。では何を持っていたか。それは、玉子×8個でした。

張り込みを始めて8日目。坊っちゃんは町で「鶏卵」を8つ購入し、「その玉子をを四つずつ左右の袂へ入れて、例の赤手拭を肩へ乗せて、懐手をしながら、枡屋の階子段を登って山嵐の座敷の障子をあけ」(新潮文庫,P170)、山嵐に合流します。

その後、夜明け前に赤シャツ・野だいこを捕まえて問い詰めていた坊っちゃんは、自分の着物の袂に玉子が入っていることを思い出します。

おれはいきなり袂に手を入れて、玉子を二つ取り出して、やっと云いながら、野だの面へ擲(たた)き付けた。玉子がぐちゃりと割れて鼻の先から黄身がだらだら流れだした。

(新潮文庫,P176)

この様子を見た坊っちゃんは「成功した事に気がついた」ので、「此畜生(こんちきしょう)、此畜生と云いながら残る六つを無茶苦茶に擲き付け」、その結果、野だいこは「顔中黄色に」なってしまいます。文字通り、無茶苦茶するやん。

つまり小説→ミュージカルにおいては、玉子×8個🥚→ボール×2個⚾️になったということです。

この改変には、舞台上で玉子をぶつけるわけにはいかないという演劇的な制約が関係していたはずです。しかしそれ以上に、坊っちゃんと山嵐が取った行動の暴力性をやわらげる意図もあったのではないかと思います。生卵の投擲は現代でもしばしば見られる暴力行為ですが、「♪我らがルールを正す」と宣言してボールを投げつけるほうが若干は穏当だし、小説で山嵐が言い放つ「貴様等は奸物だから、こうやって天誅を加えるんだ」という建前が、一応は正当性を帯びる感じがします。「直球」はもちろん不正に対するアンチテーゼで、小説で坊っちゃんが語る「人間は竹の様に真直(まっすぐ)でなくっちゃ頼もしくない」の体現です。

小説では赤シャツを「ぽかぽか」殴って野だいこを「散々に擲き据え」て動けなくなるまで2人をやり込めますが、ミュージカルでは漱石がその前に「もういいんだ!」と言いながら物語の世界に乱入して彼らを止めています*5。小説の坊っちゃんは「智慧比べ」で勝てない相手(=赤シャツ)に対抗するには「どうしても腕力でなくっちゃ駄目だ」と腹を決めているし、「成程世界に戦争は絶えない訳だ」とまで言っています。小説ではこのように「腕力」の行使をよしとしており、一方、ミュージカルではこれをマイルドに調整しているように見えます。暴力によるカタルシスは、舞台の真ん中で漱石自身が山嵐(=子規)に投げ飛ばされることで内面的なリカバリーに昇華され、それが音楽的な大団円を導くことになります(『♪きっとどこかに』〜『♪アイ・ラブ・坊っちゃん(リプライズ)』→*6)。

劇中の山嵐(=子規)×野球については重要なポイントがあるので、改めて紹介します!

 

坊っちゃんの松山観とは?〜♪食い物うまい温泉立派さ

どこにも松山とは書いてないけど松山だと思われる町

さて、小説「坊っちゃん」の舞台は松山とされており、その根拠は漱石自身が愛媛県尋常中学校に教師として赴任していたことによります(明治28年、28歳のとき)。しかし「坊っちゃん」の作中では全く名言されておらず「四国辺のある中学校」と書かれているのみです。それでも作中には明らかに道後温泉を思わせる「温泉」が描かれており*7、到着して最初に泊まった山城屋にもモデルがあります*8。そんなわけで、よし、松山だな〜と思いつつ見ていくことにします。

序盤に登場する『♪TAKE IT EASY!』は、山嵐が新任の坊っちゃんを案内しながら、キャスト総出で町の魅力を歌い上げる華やかなナンバーです。

♪ここはいい町 景色がきれい

♪食い物うまい 温泉立派さ

このナンバーでは、坊っちゃんと山嵐のそぞろ歩きが楽しく描かれます。三浦坊っちゃんはオフ芝居で「江戸っ子だから蕎麦にはうるさいぜ」とか言いながら蕎麦を食べて「うまーい!!」と叫んだり(※回によって台詞は色々!)、団子を食べたり、ひとっ風呂浴びたりしながら松山の町を満喫。これだけ見ると、坊っちゃんは松山の町をけっこう気に入ったのではないかという気がします。

 

坊っちゃん、そして漱石から見た松山

しかし小説における坊っちゃんの松山評は、一貫して辛口です。基本的に「田舎」と言っているし、出会う人のことは「田舎者」だと思ってる(青空文庫で「田舎」を検索すると31回も出てくるよ!)。

然しこんな田舎者に弱身を見せると癪になると思ったから、なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。(新潮文庫P31)

どうしても早く東京へ帰って清と一所(いっしょ)になるに限る。こんな田舎に居るのは堕落しに来ている様なものだ。(新潮文庫P145)

この感じ方は、漱石本人の実感に基づくと考えるしかありません。実際、松山在任中の漱石は正岡子規に以下のように書き送っています(緑の字は筆者による私訳)

当地の人間随分小理屈をいふ処のよし。宿屋下宿皆ノロマのくせに不親切なるが如し。大兄の生国を悪く云ては済まず失敬々々(明治28年5月26日/漱石・子規往復書簡集P145*文献5)

[この土地の人間はずいぶんしょうもない理屈をこねるものだ。宿屋の人間も下宿の人間ものろまのくせに不親切とみえる。君の地元を悪く言って済まない、失敬失敬]

この頃愛媛県には少々愛想が付き申候故どこかへ巣を替へんと存候。(中略)貴君の生れ故郷ながら余り人気(じんき)のよき処では御座なく候(明治28年11月7日/漱石・子規往復書簡集P167*文献5)

[このごろ愛媛県には少々愛想が付きたからどこかへ引っ越そうと考えているよ。(中略)君の生まれ故郷とはいえあまり人の気質がいいところではありませんな]

子規の地元であることに気を遣いつつ、けっこうボロカスに言っているわね…。

この認識は「坊っちゃん」の作中の最後まで貫かれており、坊っちゃんが山嵐とともに松山を去るところは、このように書かれています。

その夜おれと山嵐はこの不浄な地を離れた。船が岸を去れば去る程いい心持ちがした。(新潮文庫P179)

ミュージカルでは「不浄な」は省略されていたように記憶しています*9。これはやはり『♪TAKE IT EASY!』で「♪ここはいい町」と歌ったことと整合性をとり、松山(と思われる土地)を下げすぎないようにという調整の結果ではないかと思います。

 

それでも好きなものは好きということ

とはいえ、坊っちゃんは「竹を割ったような性格」なので、好きなものや嫌いなものに対する気持ちははっきりしていて、実際、蕎麦や団子のことはおいしいと思っていたようです。

その晩は久し振に蕎麦を食ったので、旨かったから天麩羅を四杯平げた。(新潮文庫P37)

食いたい団子を食えないのは情ない。然し自分の許嫁が他人に心を移したのは、猶(なお)情ないだろう(新潮文庫P107)

そして温泉のことも気に入っており、やっぱり毎日入りに行っています。

ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。折角来た者だから毎日這入ってやろうと云う気で、晩飯前に運動旁(かたがた)出掛る。(新潮文庫P39)

お察しの通り、これは漱石自身が感じたことでもありました。

道後温泉はよほど立派なる建物にて八銭出すと三階に上り茶を飲み菓子を食ひ、湯に入れば頭まで石鹸で洗つてくれるといふやうな始末。随分結構に御座候。(明治28年5月10日、狩野享吉宛/漱石書簡集P49*文献6)

[道後温泉はたいそう立派な建物で、八銭払うと三階に上がって茶を飲んだり菓子を食べたりできる。浴場では頭まで石鹸で洗ってくれるときた。ずいぶん結構なことであります。]

こうやって見てみると、やはり『♪TAKE IT EASY!』の歌詞は、小説で坊っちゃんが思ってもいないことを言わせて松山を美化していたわけではなく、作中の発言に基づくことがわかります。特に「♪温泉立派さ」のくだりに「立派」という言葉を選んでいることは、原作にとても忠実だと言えるでしょう*10。

そもそも、小説でこのナンバーに当たる場面は坊っちゃんが単独行動をしており、山嵐が町を案内したという記述はありません。劇中の漱石がこの場面を賑やかに改変したうえで「♪肩の力を抜いて気楽に」というメッセージを描き込んだのは、自分自身にエールを送りたかったからなのかもしれません。実際、このナンバー終わりの芳雄漱石は、両手を握って引きつける振り付けをしながら「♪ぞっな〜もっし〜」と口ずさんでいました*11。めっちゃご機嫌なのです。

漱石によって実はわりと“悪く”書かれていたのに、「坊っちゃん」にあやかった町おこしを続けてきた松山の人々。「坊っちゃん団子」を味わいながら、そのおおらかさに感服せずにはいられません🍡

松山では此外(このほか)夏目と「坊ちやん」の主人公とをごつちやにして、いろいろな名物や名所をこさへて居(を)るやうです。

夏目鏡子,松岡譲『漱石の思ひ出』岩波書店,1929(P10)

 

マドンナは結局喋らせてもらえるのか??

2幕で漱石がマドンナ(演:彩みちる)の口調をいろいろ試す場面は、本作屈指のギャグシーンです。漱石は、マドンナが繰り出す【強烈“ぞなもし”ver】→【外国のお嬢様ver】→【歌舞伎で大見得ver】にツッコミを入れ続け、最終的に「何も喋らせんほうがいいな」と結論づけてしまいます。

実は、マドンナが喋らせてもらえないのは小説どおり。作中のマドンナにはセリフが一切ありません。ミュージカルでは、このことを逆手に取って“見える化”して、面白く料理しています。

このシーンはマドンナの見せ場であり、振り切って演じてみせる彩みちるさんが最高でした。だから、素敵であればあるほど、「マドンナって、本当は喋りたかったんじゃないかなぁ…」と思わずにはいられません。坊っちゃんが荻野屋の女将さんからマドンナの噂を聞かされる中、彼女は自分の言葉で訂正することはできないし、うらなり君のことをどう思っているのか、赤シャツになびいているように見えるのは何故なのか、説明する機会も与えられないのです。

「然し今時の女子(おなご)は、昔と違うて油断が出来んけれ、御気を御付けたがええぞなもし」

「そのマドンナさんが不慥(ふたしか)なマドンナさんでな、もし」

「赤シャツさんも赤シャツさんじゃが、御嬢さんも御嬢さんじゃてて、みんなが悪るく云いますのよ」

(新潮文庫P94-97より抜粋)

美人で目立つ存在であるばかりに、マドンナと記号的に呼ばれて好き勝手に噂されてしまう、名前もわからない彼女。ミュージカルでは、そのことにもスポットライトを当てています。

 

GTB〜グレート・ティーチャー・ボッチャン

ミュージカルの終盤には、『♪坊っちゃん先生』というナンバーがあります。1幕で彼をおちょくった『♪天ぷら先生』と対を成すもので、悪ガキだった生徒たちが「先生!」「先生!」と涙ながら呼びかける様子は*12、典型的な学園ドラマの雰囲気を思わせます。ミュージカルにおける坊っちゃんは、いろんな騒動を経て、最終的には生徒たちに慕われていたと考えることができます。

一方、小説にはそこまで慕われていた描写は見当たりません。山嵐については、出会ってまもなくの場面で「あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ」と語られていますが、坊っちゃんはそもそも評判など気にしないし、生徒たちのことを基本的に田舎者のクソガキだと思っているし、イナゴ事件のあとは徹底的に謝罪させようとしています。ただし『♪坊っちゃん先生』が生まれた根拠は、小説内にちゃんと見つけることができます。

教場へ出ると生徒は拍手を以て迎えた。先生万歳と云うものが二三人あった。景気がいいんだか、馬鹿にされてるんだか分からない。(新潮文庫P161)

小説の記述によって慕われていたと判断することはできませんが*13、ミュージカルではこれをこの「拍手」や「万歳」を導入に使いつつ、発展させてナンバーにしたのだなとわかります。

実際、ミュージカルで躍動する坊っちゃんはとても魅力的です(三浦くんの力…!)。若くて溌剌としたこんな先生が、生徒たちの心を掴まないわけがないのです。GTB(グレート・ティーチャー・ボッチャン)であり、その他さまざまな学園ドラマの名教師であり、小説では生徒に断りなく学校を去っているのに比べると、ミュージカルではこのナンバーにより切ない余韻が残されていると思います。

 

数学の先生なのに俳句や短歌を即詠できる山嵐

さて、最後のパートにして一番書きたかった話です。

ミュージカルにおける漱石が山嵐の中に正岡子規を見ていたことは、劇中で描かれた通りです。そのため、ミュージカルの山嵐は、数学の先生なのに、俳句や短歌をさらっと口にします。

 

唯一登場する子規の短歌〜ベースボールの今日も暮れけり

作中に登場する俳句・短歌はすべて子規の作で(制作年代を特定済)、詳細は次の記事に譲ろうと考えていますが、本記事で注目したいのは、1回だけ登場する短歌です。

九つの人九つのあらそひにベースボールの今日も暮れけり/正岡子規

この歌は、新聞「日本」に明治31年に発表された「ベースボールの歌」9首の中の1首です。意味は「9人の選手がチームに分かれて、9回の表裏を戦う。そんなベースボールに熱中するうちに今日も暮れて行くことだなぁ」という感じになります(※私訳です)。

 

 「ベースボールの歌」9首の中から、この歌が選ばれたのはなぜ?

連作の全容は、以下のようなものです。便宜上、番号①〜⑨を振ってすべての歌を引用します。ここでは短歌そのものの鑑賞には深入りしすぎないことにして、9首のうちどれがよく取り上げられてきたのかな?という視点で見ていきましょう(短歌の意味がわからなくても大丈夫です!)

「ベースボールの歌」正岡子規

①久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも

②國人ととつ國人とうちきそふベースボールを見ればゆゝしも

③若人のすなる遊びはさはにあれどベークライトに如(し)く者はあらじ

④九つの人九つのあらそひにベースボールの今日も暮れけり

⑤今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸のうちさわぐかな

⑥九つの人九つの場をしめてベースボールの始まらんとす

⑦うちはずす球(まり)キヤツチヤーの手に在りてベースを人の行きぞわづらふ

⑧うちあぐるボールは高く雲に入りて又落ち來(きた)る人の手の中に

⑨なかなかにうちあげたるは危かり草行く球(まり)のとゞまらなくに*14

出典:子規全集 第6巻P178(*文献8/番号は引用者による)

実は劇中に使われた④の歌は、「ベースボールの歌」9首を代表する歌というわけではなさそうです。例えば『子規歌集』(土屋文明選*文献9)に抄出されているのは①と⑤であり、『正岡子規ベースボール文集』(復本一郎編*文献4)の帯に引用されているのは①、表示に引用されているのは⑤です。比較的近年のもので『子規、最後の八年』(関川夏央*文献10)の序章に引用されているのは①②③⑤⑥⑧でした。ということで、①と⑤が代表といえそう。①は「あめ」などにかかる枕詞を「アメリカ人」に使っている技巧が、⑤は満塁を迎えたときの心情の高まりの捉え方がそれぞれ特徴的であり、簡単にいえば「いい歌」なのだと思います。

 

さらに、劇中に使用された④の歌は「句またがり」になっていて、57577で区切ると本当はこんなふうになります。

九つの|人九つの|あらそひに|ベースボールの|今日も暮れけり

でも唯くん演じる山嵐/子規は、意味に従って、以下のように詠んでいました。

九つの人|九つの|あらそひに|ベースボールの|今日も暮れけり

これは実際の朗詠の仕方としては正しいです。でも、観客の立場ではどうしても、劇中で耳にしたときにパッと短歌だと認識しにくいのが実情です。

正岡子規の「ベースボールの歌」9首の中から、よく引用される有名な歌や、耳で聞いて57577だとパッとわかる歌ではなく、わざわざこの④の歌が選ばれたのはなぜでしょうか。

それはおそらく、この④の歌が、9首の中で最も「チーム」を表している歌だからです。⑥は比較的有名な歌で、④と同じ着想(1チーム9人で対戦)で詠まれていますが、④はさらに「九つのあらそひ(=9回表裏を戦う)」を描いており、より、チームに分かれて交互に攻撃することが伝わってきます。

坊っちゃんはこの歌が出てきたあとに「君と同じチームでよかった」と口にします。もちろん、小説には登場しない台詞です。私は、終盤にかけて急速に野球が混入してゆく物語の中で、坊っちゃんと山嵐のチーム感を強調するために、この④の歌をわざわざ選んだのではないかと考えています。

 

終わりに〜清との別れ

清の事を話すのを忘れていた(オマージュ)。

小説の坊っちゃんは松山で過ごす間、清のことをよく思い出していました。その書き振りからは、並々ならぬ愛情が感じられます。

清はおれの事を慾(よく)がなくって、真直な気性(きしょう)だと云って、ほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢いたくなった。(新潮文庫P50)

坊っちゃんが清を恋しく思う心情は、ミュージカルにおいては、たびたび挿入される清のテーマ『♪しあわせの日々』によって表現されていました。

 

一方、小説で私が最も泣けたのは、最終盤、帰京して一目散に清に会いに行ったところです。先ほど引用した前置き(「清の事を話すのを忘れていた」)に続き、こんなふうに描かれています。

おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄(かばん)を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれも余り嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。(新潮文庫P179)

「革鞄を提げたまま」勢いよく清のもとに駆けつけた坊っちゃん。身体性を伴うその描写は、彼が清に会いたくてたまらなかったことを示します。そして「涙をぽたぽたと」落として喜ぶ清の様子からも、その情の深さが伝わってきます。

ミュージカルにする場合、この場面に基づいて坊っちゃんと清(演:春風ひとみ)を舞台の上で再会させ、彼に「清や帰ったよ」と言わせることもできたはず。でも、「アイ・ラブ・坊っちゃん」では、この“感動の再会”を具現化することはあえてしなかったのだと思います。その代わりに力を発揮したのが〈音楽〉でした。清がもうこの世にいないことを明かした後、清が坊っちゃんに言い残した言葉に『♪しあわせの日々』のアンダースコアを添えることで、観客の涙を静かに誘っています。

坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんの御寺へ埋めて下さい。御墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っております(新潮文庫P179)

 

執筆時期や作中の記述から推定すると、坊っちゃんが清と一緒に暮らせたのは、わずか“4か月程度”とされています(岩波文庫解説,P171)。坊っちゃんは、「今年の二月」に亡くなってしまった清のことを、それから間もない三月に回想しています。あたかも平気なふりをしてサラッと語っているけれど、悲しくないわけがないのです。

♪大きなお鍋いっぱい

♪坊っちゃんの大好きな すき焼き作る

『♪しあわせの日々』の歌詞に登場した「すき焼き(当時でいう牛鍋)」は、小説には描かれていないアイテムでした(牛鍋は漱石本人の好物*15)。

再会後、束の間をともに過ごした“しあわせの日々”に、坊っちゃんと清が「大きなお鍋いっぱい」の「すき焼き」を囲んだ日はあったのでしょうか。そうだったらいいなぁ、いや、きっと“あった”はず。このミュージカルに心を動かされた観客として、私はそんなふうに信じてみようと思います。

 

*

 

おつきあいいただきありがとうございました!

今回は「坊っちゃん」の世界を取り扱ったので、続くPart2では、先日公開した「タイムライン」に基づき、漱石をめぐる史実を見ていきます。現実パートに混入した「吾輩は猫である🐈‍⬛」を炙り出すほか、漱石の悩みごと全部盛りのナンバー『♪水底の歌』をひもといたり、漱石→子規のクソデカ感情を検証したりする予定です!(がんばります…!)

 

<引用文献>

  1. 夏目漱石 著:坊っちゃん(新潮文庫,1950/改版2012)
  2. 夏目漱石 著:坊っちゃん(岩波文庫,1929/改版1989)
  3. 夏目漱石 著:坊っちゃん(青空文庫)夏目漱石 坊っちゃん
  4. 復本一郎 編:正岡子規ベースボール文集(岩波文庫,2022)
  5. 和田茂樹 編:漱石・子規往復書簡集(岩波文庫,2002)
  6. 三好行雄 編:漱石書簡集(岩波文庫,1990)
  7. 夏目鏡子 述,松岡譲 筆録:漱石の思ひ出(岩波書店,1929/復刻版2003)
  8. 正岡子規 著,正岡忠三郎 編集代表:子規全集 第6巻 短歌 歌会稿(講談社,1977)
  9. 正岡子規 著,土屋文明 編:子規歌集(岩波文庫,1959/改版1986)
  10. 関川夏央 著:子規、最後の八年(講談社,2011/文庫2015)

※参考文献を含む資料一覧は、Part2の末尾にまとめて掲載予定です。

 

 

*1:元ネタは昨年作成した二都物語タイムラインです

*2:もちろん元ネタは「すべてがFになる」です。懐…

*3:ただしこの設定は、定説とは全く異なる

*4:正しくは明治28年に中馬庚が初めて「野球」訳したとされています。文献4P122

*5:小説では赤シャツが「もう沢山だ」と降参するので、そのセリフを踏まえているかもしれません

*6:サビにおける完全5度の使用については舞台垢の投稿を参照

*7:新潮文庫解説P183「如何にも同地の名所道後温泉を思わせるが」

*8:岩波文庫解説P145「漱石が泊った松山随一の旅館、城戸屋がモデルとされる」

*9:観劇回数少なくて、、違ったらすみません

*10:私は空耳で「温泉にバッサーーーー!!!」って聞こえていました。坊っちゃん、泳ぐから…

*11:基本バージョン。他いろいろアドリブあり

*12:そしてこの曲は大人のアンサンブルに混じって「少年」役の子役、つまりリアル中学生が歌い出しを務めるのがポイント

*13:一人称の小説ゆえに、照れ隠しをしていた可能性も否定できないのですが、ここではミュージカルとの対比のために額面通りに受け取っておきます。

*14:初句「なかなかに」は本来は踊り字を使用

*15:坊っちゃんと山嵐が牛肉を煮て食べる描写はあります。「♪すき焼きつくーるー」を聞いた漱石と虚子が顔を見合わせてニンマリするのが好きでした

6250人で愛し愛されて/及川光博ワンマンショーツアー2026「TAKE IT ROSY」レポ(5/30東京ガーデンシアター)

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まごうことなき大・成・功!!

 

私はただの観客でしかないけど、でもペースを落としつつも、ずっと見てきたから、心からお祝いしたい。

及川光博ワンマンショーとして、あまりにも大成功!!な東京ガーデンシアター公演でした。私、ずっとレポのタイトルの形式を統一してて最後のカッコの中に会場名を入れるんだけど、「東京ガーデンシアター」って書くのはさすがにグッとくるものがあったよね。

ミッチーさんのデビュー30周年をお祝いすべく真っ赤に光りながら客席を埋め尽くした王蟲の群れ、もといローズガーデンの可憐なる1輪になった記録を、1バル後方からの景色とともにお届けします。主観と記憶でオールネタバレです、ではどうぞ!

※福岡公演はちょっとあとでね!札幌公演もあとで。

 

 

セットリスト

ペンラ・ポンポン用ガイダンス

ハート:ペンラのサジェスト色

🌸:ポンポン

※:消灯(バラード)

 

以下、赤字は初日との相違点です。

1部

入場曲:30周年のマーチ

1.スターダスト・カーニバル(❤️)

2.三日月姫

3.Shinin' Star

◆MC・メンバー紹介

4.デンジャラス・ビューティー(💛)

5.Take It Rosy

6.FAKE IN LOVE(💚)

7.君は薔薇より美しい (Performed by Asami)

8.タカラモノ(※)

9.ココロノヤミ(※)

10.明日も。(🤍)

11.ファンキー⭐︎ミュージック

12.CRAZY A GO GO!!


2部

登場曲:30周年のマーチ〜合唱〜

13.心配性エレジー

14.死んでもいい(🌸)

15.コングラッチュレーション!!(🌸)


EC

EC1.モラリティー

EC2.君はトレビアン(🩷)

EC3.バラ色の人生

◆30周年のマーチ〜合唱〜(合唱)

◆ポン酢・ポンザー・ポンゼスト(アカペラ)

退場曲:Wish

 

感想(ざっくり)

1部

オープニング 〜モニターに映るあなたを見て泣いてしまう
  • ミュージカル関係の演目やコンサートでしか来たことがなかったガーデンシアター。フォトスポットや歴代のポスター展示、お祝い動画など盛りだくさんでスペシャル感満載でしたが、私なぞはもう「人間がめちゃくちゃいる!!」というだけで早々にキャパオーバーです。
  • 連番の妹は、もうワンマン6回目なので慣れたもの。未使用のポンポンは開いて持ってくることができず妹に自分で開かせましたごめん(やっぱり指がピンクになったね)。
  • 絶対押すやろと思ったらオンタイムで、すがちゃんの影アナが始まりました。真っ赤な筋状の照明が、ガーデンシアターの広い空間を彩ります。30周年のマーチで行進してくるメンバーを迎え、上段のセンターにミッチーさんが降臨。すごくいつも通りに「スターダスト・カーニバル」が始まった!!!…でも。
  • 上手・下手にはLEDパネル(以下、めんどくさいのでモニターと呼びます)があり、それはいつものワンマンと明らかに違います。“大写しのミッチーさん”よりもむしろ引きの画角がワンマンの生中継を見ているようで面白く(普段の私はモニターを使うような大型ライブに行く機会がないため)、ついつい目が吸い寄せられていたら、パッとまたミッチーさんのアップに戻って。そのときたぶん間奏だったのだと思うけど、幸せそうに客席を見渡して、胸を手で押さえながら笑顔で頷く姿を目にしたとき、私の涙腺がドビャ!と崩壊したのでした。
  • 大好きなさちゆこがガーデンシアターで踊っている。大きめの会場の最後列くらいかな?という距離にいたけれど、遠い分、踊りの輪郭がとてもクリアであることに気づいて感動しました。
  • 一方たーすーは、ハ〜イ/ちゃお/yeah*1のコーレスは普通に最後のやつを間違ってましたが、「ハーイ!」とコールされてもベイベーは間違わないので「イェーイ!」で返すなどしました。そしてチエさんはこの後ものすごくめずらしくマントを取り落したのでした。普段の箱とはやっぱり間合いが違うのかもしれない。
  • 「三日月姫」の前奏は「祝っていただけますか?」で高揚。「Shinin' Star」の締めは東京ベイベー、有明ベイベー、ガーデンベイベー。「キャーッて言え!」もいただきました。そう、この日の私は最近の中ではかなりキャーキャー言えました。どこだったか、衣装のスタンドカラーにスッと手をやってカッコつける1アクションがモニターで抜かれたのもよかったな。

 

MC〜ソールドアウトでお祝いだ!
  • お化粧直しもモニターに抜かれるというおもしろタイム。初心者ベイベーのみなさん、あの可愛いキラキラの鏡はジルスチュアートのお品ですよ。
  • 第一声は、満員の観客に迎えられたことを受けてメタ的に「笑っちゃう」だったのがいかにも及川さんらしい。真っ赤なペンライトで染まる客席を見渡しながら王蟲の群れと対峙するナウシカみたいなことを言われたけど(意訳)、あとでチエさんのアップしてくれた写真を見たらどう見ても風の谷を包囲する王蟲の群れでした。
  • ガーデンシアターへの挑戦について「5,000人入ったら万々歳」だったとこれまたリアルな数字を挙げたあと、「なんと?」「なんと???」と焦らしたのち本日のベイベー数の発表。なんと6,250人!!!!(卒倒)、「なんでこんなに集まってんの??」と冗談めかしてくれましたが、やはり種々のおバズりは関係ありそうですよね。
  • 「大きな会場にチャレンジしました」という言葉で表現していましたが、及川Pとしては5,000人をにらみつつもそういう決断をしたのは、“30周年を祝いたいと思ってくれた人が入れないということがないように”(意訳)ということだったそうで、ありがたいことだなと感じました。埋まるか心配したりして、ごめん(←これ私だけじゃないからね!!)。「今日は盛大に僕を祝いたまえ!」でドヤ。
  • 初心者ベイベーに挙手させて、瞬時にリアルタイム野鳥の会(コンピューター搭載)を発動して約1,000人と割り出したミッチーさん。私の席からはわからなかったけど2バル3バルの様子を受けてだと思います。「君たちの好奇心はわかるけど」と、好奇心って言葉を使っていたのが印象的でした。
  • 30周年のデビュー記念日当日(つまり前日)にLINEをくれたのがゆうこりんだけだったそう。「今日は(ゆうこりんを)えこひいきしますよ!」と宣言、当然ながらメンバー紹介までこのネタが引っ張られます。
  • コーレスは3バル→(バルコニー3にちなんで)バルコニーさん、2バル→お祭り、1バル→バラ色、アリーナ後ろ→ハッピー、アリーナ真ん中→仲良し、アリーナ前→トレビアンでした。愛芸かってくらいチーム分けが多い!!
  • あと、流石だなと思ったがモニターの説明でした。カウントしながら一緒に手を振ることでそれがモニターに映ると「1秒遅れる」ことを観客に理解(わか)らせる力技、効果抜群だったと言えるでしょう。「これで1つクリアだな」と満足げ。踊るならちゃんと合わせていこうぜ☆という意識統一になってよかったです(あらためて及川光博ワンマンショーにおける観客の参加意識の異様な高さについて考えてしまう)。
  • 福岡のあと、ガーデンに備えて疲れを取るために1週間ほど家から出なかったというタースー。1週間、大好きな生牡蠣をがまんして、さらに偉いことに「禁酒した、昨日から!!!」だそうです。なんて???
  • メンバー紹介については割愛しますが、ピンチヒッターのドラマー・おちくん(越智祐介さん)が本来はここでドラムを叩くはずだった師匠のことに触れつつ、穏やかに思いを語ってくれたのが心に残っています。謙虚なお人柄が素敵。私も師匠の元気な復帰を一緒にお祈りしつつ、おちくんには大感謝です。
  • あとすかくんのときに「見えな〜い」はとっくに省略されるようになってたけど「注釈つきベイベーたち、見える?」となって、上手・下手のキワキワの「注釈付き指定席」に座るベイベーたちと「注釈付きですか?」\注釈付きでーす!/のコーレスが発生したのが面白すぎた(上手と下手、ちゃんと両方と)。

 

バラード〜空気をたった1人で握るということ
  • ちょっと飛ばしてバラードの話をします。ガーデン当日を迎えるまでみんながヤキモキしていたのってやっぱりコレじゃないですか? そう、バラード消灯です。
  • 私はガーデン前日(というか当日朝)に初心者さん向けのガイド記事の2026年版をようやくアップしましたが、(個人的には)啓蒙っぽいことはあまりしたくなく、それでも「ローカルルールでごめんけど守っていただければ…」の気持ちを込めて言及したのが、バラードではペンラを消灯しましょう、という不文律の慣習でした。これはマナーとは分けて考えるべきもので、私は「みんなで育んできた文化」のような気持ちで書きました。
  • では、当日どうだったか。セトリもわかっているような慣れたベイベーはイントロが始まる前にとっとと消灯してしまいますが、ピアノの切ないイントロが始まると、残っていた光も、潮が引いていくようにさーーーっと消えていったのです。この消えていく様がキレイだと思ったくらい。
  • ステージの照明はおそらくいつも通りで、その分、距離のあるバルコニーでは空間の“暗さ”を実感することになりました。演劇の暗転にも似たような没入感。
  • 感情を込めすぎることのない丁寧な歌唱で「タカラモノ」を歌い終えた後、水を打ったような静寂が長く続きました。水飲み場で、たぶんオンにしたままのマイクがミッチーさんの吐息を拾っていて、もしも空気が壊れてしまったらどうしよう、と勝手に緊張して、固唾をのんで話し始めるのを待ちました(けっこう長かったと思うの)。
  • でもそんなのは杞憂だった。最近は笑わせることもあったバラ間MCもこの日はメッセージ性が強いもので、円盤収録にふさわしいソリッドな言葉が並びました(人生は思い出の積み重ね。思い出を、孤独や悲しみに打ち勝つエネルギーに)。
  • そのメッセージを踏まえた「ココロノヤミ」。奏者の入れ替わりによる曲想の変化については棚上げにしている福岡のレポで書くつもりですが、越智くんのドラムとくわっちのソプラノサックスに共通する柔らかなアタックもあいまって、ガーデンシアターの客席に、ミッチーさんの優しさと愛が、さざなみのように広がっていきます。
  • 私は時折目を閉じながら、両目から溢れてくる涙をそのままにして、シンプルに没入するという贅沢をしました。自分にとってこれは簡単なことじゃなくて、だからとても幸せでした*2。
  • 繰り返すけど、(界隈の書き手としては)あまり取り締まりっぽいことを言いたくはないという気持ちがあります。でもバラード全消灯だけは個人的にはちょっとした悲願になっていて、もしかするとベイベーみんなそうだったかもしれない。うまく行った背景にはSNSでベイベーたちががんばって広めてきたことも当然あるとして、やっぱり最終的に空気を握ったのはミッチーさんなのだと思う。モニターに頼ることもなく、たった1人で、ペンラが自然と消えていく方向に観客の情動を導いた。そのことが感動的だと思いました。

 

  • そんなわけでバラードについていっぱい書いてきましたが、続く「明日も。」「ファンキー☆ミュージック」「CRAZY A GO GO!」、楽しすぎて記憶がありません☆というか踊り狂った記憶ならあります。あ、クレイジーAメロのブレイクでのさっちんの足上げ占い、吉でした(=足上げがあった)。
  • 休憩の入りは、(割愛したけど)MCの男子コールを踏まえて「男子!!!…トイレ、少ないからね。」で締め。

 

2部

愛と哲学の小部屋〜あまりにも、あまりにも“持っている”

※何十本もレポを書いてて今更なことを書きます、、読まれた方から見て「私が書いたことと違う!😣」ということもあるかもしれませんが、一観客の記録なのでどうぞご海容くださいね(今回8枚分もあるのでちょっとドキドキ)

  • もはや「30周年のマーチ」を歌いながらタースーを迎えることになんの疑問も持たない我々。しかしこれはあくまでも「本番」ではないわけで、客席を見渡しながら「みなさま、練習お疲れさまです」と労われるなどしました。おもろ…
  • 抜かりないなと思ったのがこれ。→「愛と哲学の小部屋」コールで「こ・べ・や!」のうち、ベイベーたちが言うのは「や!」だけだよ、というお約束の確認でした(自分で何を書いてるかわからんくなってくるな)。これは仙台の愛哲でびっくりしたことが関係している気がしますが、この解説のおかげでバッチリでした。やはりチュートリアルだいじ。
  • この日の愛哲はあまりにも神がかっていました…。ミッチーさん、やっぱり「持ってる」。たくさん読まれて盛りだくさんなので駆け足でいきます!

 

Q1 ミッチーさんは今、何スターですか?

A1 (君たちを照らす)ベビースターです☆

これは前からMCで出てくる中スター・小スターを踏まえてのもので、この日は「中小スター」って言ってたところからのベビースター(沸いた)。「職業としてミッチーをやってます」

 

Q2 バラ色の愛ってどんな愛?

A2 “これ”がバラ色の愛さ

TAKE IT ROSYというタイトルに込めた「悲観的に未来を捉えないで」「心にバラを咲かせましょう」等のメッセージを説明。メモ飛んじゃってるけど、、このガーデンシアターを埋めたベイベーたち(ローズガーデン)がそうだよ、みたいなニュアンスでした(あくまでもニュアンス)。

 

Q3 ポンポンの使用を決めた当時、今のような欠かせないものになると思っていた?

A3 ここまで(みんなが)大好きな曲になるとは思わなかった。

Q部分ややうろ覚え。ミッチーさんが「1人のビッグショー」時代の思い出から経緯を教えてくれました(「理枝ベイベー」って名前が出てきてキュンとしました…)。98年のツアーでやらなかったところ「お叱りの声」がすごいことになって定番化。このまとめの一言がすっごくよかった…→「みんなと一緒に作り上げてきた“文化”です。悔いなく振ってね!」

 

Q4 のどに優しい「キャーキャー」の言い方はある?

A4 知らないよ😂

秀逸でおもしろい書き方の愛哲で、ここから「おもろ」の波が始まっていった気がします。ちゃんとした答えはなくて「キャーキャー言われるばっかりだから(知らないよ)」、みたいな感じだったけど、愛のあるお答えでした。

 

Q5 デビューの頃から劇的に変化したことは?

A5 コロナ禍で、エンターテイナーとしての意識が大きく変わった。

今年はアニバーサリーなのでこの方向の質問が結構読まれる気がしていて、今回は「劇的」がキーワードだったのだけど、その劇的に変わったものの例=チケット代としてベイベーさんが挙げてたのが「ひとりのビッグショー」だったんだよね…話題の数珠つなぎはここでも密かに始まっていた…。「あ〜楽しかったと言ってもらえる3時間を提供できるかどうか」に主眼を置くようになったという話は、これは私が受け手として感じていることでもあります。「人生は思い出の積み重ね」のリフレインも。

 

Q6 考えるときの“もと”にしているもの・ことは? 

A6 両親、三輪さん、清志郎さん、ニーチェ、etc

おそらく「指針」という意味合いの質問だと思う。「他責では成長しない。自責では生きるのがつらい」。コネクターのインタビューで「おっ」と思ったキーワードがここにも使われていました。押し付けじゃない「僕はこう思う」っていうメッセージ、私はとても好き。

 

Q7 すごく悩んで手にやっと手に入れたものは?

Q7 プリンスのアルバム「LOVESEXY」(1988)

ベイベーさんが、デビュー当時の思い出として「理想論」(あられもないお姿のジャケ写が特徴のデビューアルバム)をレジに持っていったときにそっと裏返した、というお話から、このお答え。1988年発売というところまで正確に伝えたうえで「あとで検索して」って指令があったから今してみたけど、「なるほど」という声が出ました(ほぼほぼ理想論やんけ)。

 

Q8 一番好きなジャケ写は何ですか? 

A8 デビューアルバム「理想論」です!!!

さっきの1枚で締まったかと思いきや「もう1枚!」となり、ハードルを上げるものだからドキドキしてしまいましたが、これがすんごい流れだった。もう質問が読まれ始めるや否や、止まらないどよめきと笑い。ミッチーさんも大笑いしながらスパッと上記のお答えでした。

 

最近は全通できてないから網羅してないけど、個人的にはこんなに神がかった「流れ」が生まれた愛哲はすごく久しぶりでした。あ〜面白かった!!

 

2部本編
  • 「心配性エレジー」2番の小芝居を6250人で見守る、しかもあさみんの後ろをついていく様子がモニターに抜かれてる、なんだこれ???の時間。こんな面白い曲なのにクラップや「ヘイ!」が揃うのがめっちゃ気持ちいいな。
  • 絶対に初心者ベイベーたちが楽しみにしていたであろう「死んでもいい」「コングラッチュレーション!!」の流れ。ガーデンシアターの広い空間に「きたきたきた〜」の期待感が溢れて、いつもより私もワクワク。死んでもいいで銀テ(ピンクかな?)が発射されたときはびっくりして声が出ました。もちろん届かない位置だけど上から見るのも綺麗だったよ。
  • コングラの大ウェーブ、大きくカーブした、そしていつもより長い軌道を、心を合わせてみんなで往復させたことを覚えていたい。そしてコングラの締めではサムズアップで自分を指さして(俺!!)だったのが文字通りのコングラッチュレーションでございました。祝・30周年☆

 

EC
EC本編(?)
  • 愛哲の流れを踏まえて「デビューアルバム『理想論』から聞いてください!」という紹介を挟んで、「モラリティー」へ!!!
  • 真っ赤、あるいはモラリティーの代名詞ともいえる紫(ピンク)とグリーンの光で染まる中、もくもく怪しく沸き立つスモーク。魂の咆哮と熱いストロークが、6250人の心を強く揺さぶります。拳を熱く突き上げて応えました*3。
  • トレビアンのイントロが流れ始め、新しい赤ツアTをまとったさちゆこ、あさみんが登場する中、上手袖から、同じく赤ツアTを着た背の高い女性が、ペンラを振りながら現れました。そうです、まなみんです!!!ここで再び涙腺ドビャ!!タイム。造花をあしらったあのマイクスタンドをもう1本、さっと上手側に設置するチエさん。Wコーラスの実現です😭
  • ここでミュージカルの語彙を借りるなら、現在のミッチーさんのワンマンショーにおいて、コーラスはWキャストなんです。でも映像(円盤)に残るのは1人。アンコールで2人が揃って(2人のもともとの親交も相まって)感激してしまいました。ダンサー×2、コーラス×2、そしてセンターにミッチーさんという美しいシンメトリーに。「バラ色の人生」でもAメロの可愛いコーラスが2人の声によりくっきりと浮かび上がって素敵でした。

 

ECのEC(??)
  • 待ちに待った合唱タイム。予告通り左右のモニターには高校野球中継で見る校歌斉唱のフォント(?)で歌詞が出ました。ハンドマイクでリードしてくれるWみん(あさみんとまなみん)。
  • もう1曲!でどうするのかと思ったらまさかのアカペラでポン酢でした。ポン酢みたいに聞こえたけど何だろうと思った初心者さん、ポン酢で合っています。イントロからアカペラで「♪ポン酢ポンザ〜」と入り、(主にアリーナ〜1バルが)阿吽の呼吸で\パパパン👏/を合わせてきた響きを聞いたとき、まだまだ「初めての体験」をさせてもらえる喜びに震えました。
  • なんでポン酢なのかはAメロが始まって気づきました。曲そのものがコーレスになっているんだ!だからアカペラでもやれちゃう。右手でポン酢をぶっかけながらアハ体験でした(ちゃんと後方で溜めて高い位置から)(何を書いているのか略)。
  • ラストの遠隔ハグは「抱き合う?」の提案からの「抱く?抱きしめ合う?」の言い直しに破壊力がありました。「6250人かぁ…抱きごたえがあるな」。
  • 「初心者ベイベーもおいで」「一生に一度の初心者ベイベー体験ですからね」。文字通りの包容力。
  • その後は遠隔恋人繋ぎ→前髪ハリケーン(リクエストに応えて“強め”😂)→吹き飛ばされた我々を放置してスタスタと下手袖に向かうと見せかけて、最後に立ち止まって長めにかまってくれました。

 

*

 

ガーデンシアター公演の感想を一言で言い表すなら、ベイベーでいてよかったな*4、というのと、尊敬を新たにした、という感じです。妹と楽しかったね〜と打ち上げして、いい公演だったなぁと噛み締めました。本当に成功させちゃうなんてなぁ…。

札幌の公演の前の移動でほぼ書き終わっていたのだけど最後の最後(合唱・ポン酢・遠隔技)が長かったため完成できず(クレーム??)、今この箇所は帰京後にロイズの生チョコを食べながら書いています(そしてさらに数日後の仕事帰りに推敲してアップしております)。

大きい会場だから何かが増えるかなと予想してベイベー男子の皆様と大喜利的に楽しみましたが、蓋を開けたら何も変わらず「ただの及川光博ワンマンショー」だったんですよね。それってやっぱりすごくないか。

 

 

ミッチーさん、改めて、デビュー30周年おめでとうございました!

 

 

 

*1:今更だけどこの表記のこだわり破壊力ある

*2:2019年のNHKのファイナルの忘れ物を取り返した。まったく同じような遠さで、センターから上手寄りだったのだけど、当時は手首時代で、少し前にいた方が手首をピカピカ点滅させたままオペラグラスを掲げていたのでずっと視界に入り続けてココロノヤミに没入できなかったのです(初心者で呼ばれたときに手を挙げていた)。私の修行が足りなかったこともありそのときは没入できなかったショックを引きずりましたが、本当に7年ごし?に忘れ物を取り返した。成仏!!

*3:ベイベーみんなそんなそうだろうと思うけどモラリティーのサビではペンラを持ってたとしてもブンブンしない派です。→✊気分はこれだから

*4:正確に言うなら「まだ」がつきます。2023-24の激病みを経て2025〜ゆるやかに回復して今に至ります

及川光博ワンマンショー(ミッチーのライブ)に初めて参加する方(初心者ベイベー)向けクイックガイド【愛し愛され講座2026】

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ねえ、ガーデンシアター公演、もう明日だけど???

(2年ぶり2回目)(日付の上では今日)

 

書く書く詐欺をしていてすみません。昨年はサボってしまったのですが今年も2024年版へのアクセスが続いており、しかもその記事を踏まえたAIサジェストに嘘が入っているので(私のせいじゃないけど)、2026年用にちゃんと書いておきたいと思います。

AIになんでも聞ける昨今、【この手の情報のちゃんとしたやつ】を得るのがけっこう難しいことも浮かび上がってきているようにも思うからです。

今年は、「超速学習で安心参加!サクッとお答えQ&A」と「これだけおさえて楽しく擬態!2026年版クイックガイド」の2章構成でいきたいと思います*1。また、例年と違うのは、今年は及川さんがおバズりあそばすことn回、もう「及川光博ワンマンショーとは?」みたいなプレゼンは必要ないなってこと。すごい、すごすぎるよミッチーさん。

 


www.youtube.com

 

<書いている人について>

  • あなたのミッチーはどこから?:PURPLE DIAMONDツアー(2019)からの、中くらいベイベー(※最近は常駐しておらず、ミュージカルを観たりそれについて考察したりしていします)
  • ワンマン歴:おそらく60回+α(2021〜2023全通)
  • ミッチーさんの特に好きなところは?:いろいろすっ飛ばして答えると、知性と優しさ。

 

<注>

  • 明示されているルールやレギュレーション以外は、筆者の個人的な見解や主観も多分に含みます。あくまでも、1ファンが書いているだけですので、ご注意いただき、必要であればお役立てください。
  • セトリネタバレありです。

 

 

1. 超速学習で安心参加! サクッとお答えQ&A

まずは不安なく会場に行って無事に帰りたい

そうですよね、わかります。まずはここから不安を解消しましょう。

Q1)ドレスコードってありますか?

ないよ!!!

私が今年一番Xでお見かけした声が、これです。狭義の「ドレスコード」ではなく、おそらく、広い意味で伝わっているのかなぁ?

あるとしたら「テーマカラー」です。これは近年はこのような感じでした。

  • 2019→パープル
  • 2021→エメラルドグリーン(※2020全公演中止→翌年にスライド)
  • 2022→ピンク&ストライプ
  • 2023→イエロー
  • 2024→スカイブルー
  • 2025→パープル
  • 2026→バラ色(ただし赤いバラに限らない)←公式LINEより文言ママ引用

今年は色とりどりですが、赤や濃いピンクの人が多いかな?私は初日は赤で、その後は買い足して違う色を着ています。あと、フォーマルなおしゃれをしないといけないという誤解もあるようなのだけど、そんなことはありません。一方で、ちょっとしたパーティーのための服をここぞとばかりに着るチャンスではあります。デートの気分でおめかしすると楽しいです。ぜひ、あなたの心の中に咲いているバラの色をお召しになってください。


Q2)1人でも浮かない?

浮かないよ!!!

お1人で来られる方、たくさんいます。私もこれまで経験した半分以上は1人ですよ。ロビーではにこやかに交流が行われているけれど、全然そこに参加しない人もいます(私です、人見知りなので)。それでも自分がどう見えるか気になりますか?大丈夫、ベイベーたちはたった1人の好きな男に夢中だから!!!

 

Q3)体力に自信がなくても楽しめる?

休憩あります&あとはご自分のペースで。

よく驚かれるのですが、ミッチーさんのワンマンショーには休憩があります。何分くらいかって?17分間です(本当だよ)。お手洗いに行くこともできるし席でホッと一息つくことができます。また、基本的にはスタンディングで楽しむことがおすすめですが、もちろん体力に合わせてで大丈夫ですし(ほとんどみんな立って踊ってるから座ると見えにくいのは仕方ないけど)、あと、決まったタイミングで、ミッチーさんご本人が「どうぞご着席ください」と着席をうながしてくれる場面があるのです(「ちゃくせーき☆」のときもあるよ←細かすぎる補足)。ご自分のペースで楽しみましょう◎


Q4)最低限の持ち物は?

チケット!!!

チケット、ポンポン、ペンライト。本当にこれくらいだと思う。しかもチケット以外はなくても死なない。これらのアイテムについては後述します。あと個人的には飲み物、タオル、ライブ用耳栓とかもおすすめです。

 

Q5)グッズはいつから買えるの?

開場前に先行販売があるよ!

公式サイトのグッズのページが公演数日前にアップされます。

OFFICIAL GOODS WEB SHOP | NEWS & INFORMATION

午後早く始まって開場時間の30分くらいに締め切られるイメージです(あくまでもイメージなのでご自身でご確認くださいね)。

5月30日(土)のガーデンシアター公演の場合は、12:30〜16:30予定と記載されています(開場は17:00)。

会場限定グッズもあるのですがそれは以前から争奪戦なのと、最近は各会場でいろいろなグッズが品切れしているようで…何時に行ったら確実に買えるとかは全くわからずです。もちろん品物さえあれば、開場〜開演までの時間や、休憩時間などにも購入できます!私はいつも先行じゃなくて開場後に買ってる人です。

 

Q6)何分前に到着/着席したらいい?

開場後すぐに入って、10分前くらいに着席しとくと安心かも?

開場は開演の45分前で、ガーデンシアター公演のみ1時間前。行動パターンについては人それぞれだという前提ですが、初めてであれば、なるべく早めに着いて「愛と哲学の小部屋」(質問コーナー)の用紙をもらって記入→提出し、お手洗いなどを済ませ、10分くらい前に自席についておくのがよさそう。ペンライトの準備や心の準備のためです。かっこいいファンクミュージックが流れる中、ざわめきの中でドキドキして待つのも楽しい思い出になります。

ペンライトの点灯確認→透明な絶縁シートを外して、最初は赤にセットしておくといいよ!

 

Q7)所要時間はどれくらい?

2時間45分前後。

MCの長さやいろいろな要素で前後しますが、お帰りの時間の目安にはこれくらいだと思っておけばOK!


Q8)規制退場はある?

ない(はず)。

これも帰り道にまつわるトピックですが、基本的には現在はないと思います。が、ガーデンシアターは大きいからちょっとわからない(あとあの会場は出るのがけっこう大変で、そのあともすごく歩くからな…)

 

楽しむために装備を揃えたい

Q9)ペンライトは公式じゃなくてもいいの?

いいはず(節度を守ってれば)

光量とかがヤベーやつでなければ、他界隈のものやダイソーで売っているものでも大丈夫そうです。ミッチーさんの公式のものだと、2024年版は棒状(キラキラ棒)、2025年・2026年版は板状(アクペラ/バラライト)。ステージで使用されているものは棒状です。2本持ちの人もいますよ。あと、そもそもですが、何も持たないでも楽しめます。これは本当です、信じてくれ。

 

Q10)ポンポンはどうやって用意したらいい?

家で作ってくるという手もあるよ!

グッズのポンポンはシートを束ねた状態で売られているので、自分で開く必要があります。これにはなかなかコツがいります。個人的には自分で作ってくる、またはよく似た規格の市販品をネットで買っておくのもおすすめです(具体的には資料として記事の末尾に示します)。30年の長い歴史を振り返ると、昔はグッズではなかったのでみんな作っていたのだそうですよ。

 

Q11)オペラグラス(双眼鏡)って使ってもいいの?

めちゃくちゃ顔がいいから見たほうがいいよ!

使う人たくさんいらっしゃいます。私は踊るのに邪魔なのであまり使用しませんが、そういえばガーデンだから明日は持っていこうかな〜と思うなどしました。使ってもとがめられないので大丈夫。汗もしたたるいい男、テレビでは絶対に見られないので、ぜひとくとご覧あれ。

 

ワンマンショーならではのマナー的なやつを知っておきたい

これがみんな一番、不安というか知りたいことじゃなかろうか。だがしかし、あくまでも1ファン立場で書けることもそう多くないという気がする。

Q12)逆に使っちゃいけないものってあるの?

今までに挙げていないものは基本NGだと思ってね

つまり、うちわやメッセージボードのたぐいですね。このへんは明文化されていませんがNGと思ってもらって間違いありません。あと、タオルを振るようなシチュエーションもないかな。


Q13)踊っていいってホントにホント?

ホントだよ!ただし座席幅でエレガントに☆

あの、もしかして「ミッチーさんのライブって客席が踊り狂うらしい」って聞いたことあります…?それね、本当なんです。マジで踊っています。踊っていいんです。ただ、ベイベーみんなが気をつけていることは、座席幅を守ってお隣どうしで譲り合う、こちらでございます。ぶつからないように気をつけて、安全に楽しみましょう。具体的なダンスについては後述。

 

Q14)これだけは絶対!って不文律はある?

バラードではペンラ消灯

これは知っておいていただけるとありがたい…!でも、行けばみんながそうしてるからわかります。最近の公演ではご本人から案内もある場合があるけど*2、ミッチーさんのワンマンショーでは長年、「バラードでは盛り上がったりせず、静かに耳を傾ける」という文化が育まれてきました。バラードは基本的に、休憩前の中間あたりに2曲続けて演奏されます。いちど衣装替えにはけていたミッチーさんが、静かなイントロにのせて再登場したら合図です。大丈夫、曲調ですぐわかるし、みんなが消すから真似すればOK。念のため書いておくとペンラは長押しすると消灯できます。

 

あとご参考までに→*3

 

2. これだけおさえて楽しく擬態! クイックガイド2026

「踊れないと浮いちゃう?」そんなことは絶対にありません。でもね、かいつまんでポイントをおさえておくと超楽しいので、私なりにちょっとだけシェアします。

ダンス編〜見よう見まねで踊るコツ

鏡合わせで踊る

ミラーというやつです。ステージに対して“見たまま”コピーします。

 

基本は右から

「ステップを踏み出す」「手を上げる」といったわかりやすい動きは、基本的には右からと決まっています。

 

単純な繰り返しは2×8まで

サビやアウトロで「頭上でハンドクラップ」「手を挙げて振る」みたいな簡単な動きが始まったとしても、それは必ず2×8(ツーエイト)で終わって次の動きに切り替わるので、ちょっと心の準備をしておくとよいです。つまり、いちにっさんしーごろーろくしちはちにーにっさんしーごーろくしちはち、同じ動きをしたら、さんにっさんしー、からは違うことが始まるぞ!っていう感じです。

 

音楽を心のままに楽しむ

結局のところ振り付けなんかわからなくても、音楽を感じて自然と体が揺れてしまうのを我慢しないこと、それが100点満点なんです。レッツ自己解放☆

 

コーレス編〜心の準備はオッケーですか?

オウム返し

「チャオ☆」とか「ハーイ☆」の挨拶には、そのまま元気よくお返事します!

 

「◯◯ですか?」「◯◯してますか?」

疑問文がきたら、\◯◯でーす!/と肯定文で返そう!真実かどうかなどはここでは一切考えないものとする。

  • オッケーですか?\オッケーでーす!/
  • 愛してますか?\愛してまーす!/
  • みんなで呼んでみよう!せーの!\ミッチー!/
  • 〇〇ですか?\〇〇でーす!/

 

共通のアクションの取り方

例:オッケーですか?

  • 「オッケー」両手をグーにして体に引きつける

         ↓

  • 「でーす!」両手をステージに向かって広げる

 

2026年セトリ版☆スピード履修のすすめ

私のおすすめは、ちょこちょこ履修しておいていい感じに擬態することです(言い方)。もちろん必須ではないし、ステージの真似っこしてれば楽しめます。ペンラの色はセトリ記事に書いてるのでここでは割愛(覚えなくても見てたらわかるよ!)。

 

スターダスト・カーニバル〜自然とコールができちゃう、最高のチュートリアル曲

華やかでキラキラな1曲目。ゴージャスなブラスサウンドで高揚しつつ、ステージからの光をまずは浴びましょう。この曲にはコールが出てくるので肩慣らしにぴったりです。ペンラは赤。コールは以下のとおり。※眠くて間違えてた、直しました!

  • M・I・T・C・H・Y!:ダンサーの振り付けをそのままやると危ないので「Y!」で元気にYのポーズができたらオッケー!
  • チャオ/ハーイ/イェーイ:そのまま元気にお返事!

 

Shinin' Star〜L字ピースを星空に突き上げて(2024年版より再掲)

とりあえずはサビの冒頭で、右手でL字ピース👆(←これの手のひらが正面になるやつ)を突き上げられたらオッケー!

まぁ、絵文字だとこれに似ているけど、

🕺

右手はまっすぐ掲げて、足幅はこんな広くなくて重心は左足に乗ってます。

Aメロの振付も覚えておくと楽しいです。1番がヘキレキ(両腕ワキワキ)→トキメキ(目の横ピース)、2番がドキドキ(胸からハート出す🫶)→ヒトトキ(人差し指☝️を出す)です。

アウトロはハンドクラップや手を振るのが決まっていますがステージのリードにのっかればできます!とにかく右からね!!

 

ファンキー☆ミュージック〜イントロ/サビ/間奏の冒頭の1×8だけチェック

多幸感にあふれた名曲。初めてでも踊った感じを味わう方法を私なりに考えてみました。上記のShinin' Star(通称シャイニン)で使うL字ピースがこの曲にも出てくるので、それだけチェックするのはどうでしょう?ダンスのひとまとまりの単位(1×8)でいうと、

  • 4カウントで右に2回、次の4カウントで左に2回

というのがイントロと間奏で冒頭の1×8に出てきます。次の1×8は違うことをするんだけど、また同じメロディに戻ってきたときにまた1×8やればいいんです。

そして、サビも冒頭の1×8だけは真似すればできます。

  • 上上✊️・下下👊・上上✊️・下下👊

…何かよくわからないって? 見たらできる、たぶん!

 

CRAZY A GO GO!! 〜ピタッ!と止まれたら超気持ちいい!?(2024年版より一部再掲)

踊らにゃソンソンのわちゃわちゃ曲!振付わかんなくても盛り上がってたら楽しいはずです!

この曲で一番お伝えしたいことは、2番は、2エイト目のカウント7でブレイクが入りピタッ!と止まります(♪はしたない言葉しゃべって〜ピタッ!)。極端な話、振付を踊ってなくてもピタッ!と止まると気持ちいいのでおすすめです。

 

30周年のマーチ(合唱)〜合唱コンクールを思い出して

本当に、合唱します。これはさすがに私たちも初めてだよ!でも本当に歌ってみたら楽しかったよ☆あと、2公演おやすみしてこのあいだ福岡公演に行ったら振り付けがついてて横転☆(神戸から試行されていたらしい)

ミッチーさん的には高校野球で歌われる校歌のイメージだそうですよ。「♪あーさーのーひかりが〜」までは、歌詞も曲調もすごくマジの校歌。そう、ここまではね。

練習のご参考に、キーはC majorで、一番高いのはE(ミ)です。

朝の光が
とても苦手だし
会社勤めは
向いてない
君たちがいなけりゃ(いなけりゃ〜)
ただの変わり者
ありがとう ありがとう
30周年

ミッチーさんはたぶん、指揮をしながら、男声パートのハモリ(♪いなけりゃ〜)を歌ってくれるでしょう。あとくだんの振り付けもその場でミッチーさんが振り写しをしてくれるから大丈夫。自分で何を書いているかわからなくなってきました。

 

死んでもいい&コングラッチュレーション!!〜祝祭の一部になるということ

ここまで「つまみ食い」をおすすめしてきましたが、この2曲は続けてパフォーマンスされ、どちらもポンポンを使う曲であり、余裕があればフル履修がおすすめです!!

「死んでもいい」は…公式のがなくて…(あれよ…)、でも「コングラッチュレーション!!」は公式があるのでぜひ見てください!本番ではこの2人の美女にも会えるからお楽しみに☆そうそう、この方は流星光一郎先生です(ここで説明をやめる人)。


www.youtube.com

 

おわりに

今年は、本当に初心者さんがいっぱい来ている!ということを会場でたくさん実感してきました。誰もが幸せに、よい時間を過ごせたらいいなと心から思っています。そして、もしこれを読んでくれた方がいれば、あなたのたった一度きりの初心者ベイベーの夜が、素敵な思い出になりますように。ミッチーさんの30周年をお祝いしつつ、いっしょにキラキラしましょう!!

 

*

 

最新アルバム「TAKE IT ROSY!」

www.jvcmusic.co.jp

open.spotify.com

ポンポンにまつわる備考(2024年版より一部再掲)

※明日には間に合わん話でごめんなさい。

私は実はふだん公式ポンポンを使っておらず、アーテックというメーカーの「ハンドフリーチアポンポン」という商品を愛用しています。カラバリが豊富で、今年はピンクがジャストフィットします。

初心者さんにおすすめのポイントとしては、①事前に準備しておける、②持ち手のゴムがついているという2点です。選択肢に入れてみてもいいかもです。

私は公式にサイズ感を合わせるために、開く前に端をちょっと切っています。ご参考まで。公式ポンポンも買ってあるのだけど、明日、同行者に貸し出すのでその前までに開く予定(忘れないようにしなきゃ!)

これを、

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こうして、
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こう。
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参考記事など

過去の同様の記事や、今年のセトリ記事など。あと、友達の記事も紹介させてください。こちらを先にご覧になった方も多いかも!

 

<2026初日セトリ>

purplekuina246.hatenablog.com※アルバム発売前だったので一部の曲が変更になっています。

 

<2024>

purplekuina246.hatenablog.com

<2023>

purplekuina246.hatenablog.com

<2022>

purplekuina246.hatenablog.com

<友達の記事>

おもしろいのは、私の記事で「スピード履修」にあたるところは「3分間クッキング」ってなっており、本来フル履修したらすごい時間かかって無理だから何とかしてかいつまんで伝えたい、という思いがそれぞれ溢れすぎている、ということ(われわれ、ベイベーたちのなかでも、かなり踊る方に入ります)。参考になる公式Youtubeリンクがたくさんあってわかりやすい。ぜひあわせてご覧ください🌹

 

 

 

*1:なんというか、語感に仕事のクセが出ているなと思う

*2:本当は毎回タースー本人からあるとうれしいんだ!

*3:当界隈ではセトリに対するネタバレが非常に厳しいため、曲名をXに書かないほうがいいかなっていうのはあります。自分でも何言ってんだって思うけど!!!!バラ色の人生とか有名曲を聞けたら言いたいに決まってるよねぇ…。