完全に猫なのさ

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ミュージカル「ベートーヴェン」各キャスト感想〜愛さえあれば

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2023-2024の年末年始を駆け抜けた、ミュージカル「ベートーヴェン日本初演。大千秋楽から1週間、生活とともにあったアーカイブ配信も終わってしまい、今は寂しさを噛み締めています。本記事では、思い出を閉じ込めておくべく、各キャストを軸に感想を書いていきたいと思います。

 

*個人の感想です!!

*なお、作品について書きたかったことは、ほとんどこちらの記事にあります⬇️

purplekuina246.hatenablog.com

 

 

感想のソース(配信含む)

2023/12/17昼 ・日生劇場(小野田・佐藤)

2023/12/24昼 ・日生劇場(海宝・坂元)

2023/12/24夜 ・日生劇場(海宝・佐藤)★配信

2023/12/29昼 ・日生劇場(小野田・坂元)

2024/1/6昼・福岡サンパレス(小野田・佐藤)

2024/1/7昼・福岡サンパレス(小野田・佐藤)

2024/1/14昼・御園座(小野田・佐藤)

2024/1/21昼・兵庫県芸術劇場(小野田・坂元)★配信

 

各キャスト感想(プリンシパル

*順番は構成の都合によるものです。

ベッティーナ・ブレンターノ(木下晴香):可憐さと聡明さと

ベッティーナちゃん!観れば観るほどあなたに聞きたいことが増えていきます。ウイーンの第一印象はどっちなの?アヒムが恋しいの、それとも秘密の花園で会えるから大丈夫ってことなの?*1なんでカールスバートでキスシーンを目撃しただけなのにプラハの出来事を知ってるの?ねぇ!ベッティーナちゃん…!

こんなふうに言動や行動に不思議なところがあっても*2フレッシュかつ可憐な歌声聡明なお嬢様らしさでなんだか納得させられてしまう感じでした。

史実では文学者として名を残した才女で、ゲーテベートーヴェンを繋いだ立役者。ビルケンシュトック邸でのちょっとコミカルなやり取りはその表現です。俊敏にかわそうとする芳雄ルートヴィヒにくらいつこうとする高速反復横跳びが大好き…!

出番が少なくて惜しい気持ちもありつつ、有名曲「エリーゼのために」が割り当てられたのはよかった!短調のメロディにのせて、“将来を約束した恋”に酔いしれるベッティーナと“将来の見えない恋”に打ちひしがれるトニの対比が描かれたのには唸りました(リーヴァイ氏、酷なことをする…😭)。晴香ベッティーナ、歌いにくいであろう冒頭のトリルにも豊かな表情をつけていて素晴らしかったです。

本をいろいろ読む前は、情熱を込めてたびたび言及されるアヒムのことを概念だと疑っててごめんなさい(見た目:じゃるくん)1811年に普通に結婚していました(アヒム・フォン・アルニム)。

 

ヨハンナ・ベートーヴェン(実咲凜音):その一瞬にすべてが見えた

出番が少なくて(略)なのですが、カスパールとの優雅なダンスシーンにはいつも見惚れていました。エンパイアスタイルのドレスが一番似合っていたかもしれない…!とくに好きなのは、ルートヴィヒと初対面の後のダンスで、右足をぴょこっと蹴り上げる振り付けのところです(伝わる??)

もしかしなくてもヨハンナのソロは「♪いい〜〜〜の放〜〜〜っといて〜〜〜〜〜 もう〜〜生きて〜〜いたくない〜〜」のだけだったのでは…!?と思うのですが、あえてビブラートを抑制したこの4小節に、ヤケを起こした町娘らしさが詰め込まれていました。

『♪愛さえあれば』で明かされたヨハンナの素行は、残念ながらおおむね史実通り。私は、大千秋楽の配信で札束を数えるヨハンナちゃんをカメラがぶちぬいてギャーッ!となりました。その一瞬にすべてが見えました。あなたそんな顔してたのね!!!最高かよ!!*3

これも配信でやっと気づけたポイントだったのですが、2幕の『♪何があっても』のリプライズでカスパールが「♪何が起きても君を信じてる」と歌いかけたとき、振り向きながら少し複雑な表情を見せていませんでしたか?技術が光るワンシーンだと思いました。

 

フェルディナント・キンスキー公(吉野圭吾):前世もきっとウィーン貴族

初めましての圭吾さん。どうして19世紀のウィーン貴族の扮装がこんなに似合うの!?きっとウィーン貴族の生まれ変わりなんですね(withキラキラつけぼくろ)。権力者なのだけど、それを振りかざすことだけが目的じゃないことが台詞回しからなんとなく伝わります。矜持を大切にしていて、芸術にも本物の理解があって、一方で“貴族ではない”ルートヴィヒに対する態度には、立場ある者が教え諭してやらねばならないというような考えも表れていると思います。プラハにどーんとコンサートホールを建てたりして、ノブレス・オブリージュの体現者。きっと観やすいホールだと思うのでぜひ帝劇の建て替えにも1枚噛んでほしいな🥹

好きなセリフは「ルートヴィヒ・ヴァン!!!!・ベートーヴェン「まあいい!」。my楽として見届けた御園座千秋楽はさらにパワー大爆発で素晴らしかったです。ホールのこけら落としでのお手振りは、ファンサをもらった気分で嬉しく眺めました。カテコでお辞儀の前に上げた手をくるくる回すのも好きです。

*4

 

バプティスト・フィッツオーク(渡辺大輔):敵役の小気味よさ

プラハでとつぜん降って湧いた商機。フランツに「♪君の取り分は特別弾もう 10%だ」と言われて「♪いや25%」と即座に答えるフィッツオーク先生のハートの強さと反射神経がほしいです。ふっかけ過ぎじゃない!?でも初手で強気に出たからこそ「15%」という着地に持っていけたのですよね💰勉強になります(なるな)。

この『♪金こそすべて』もナイスでしたが、出番として一番輝いていたのはビルケンシュトック宮殿に乗り込んで花トニをいたぶるシーン*5ではないでしょうか(『♪離婚するなら』)。ケーキのクリームを舐めるところに意地の悪さがにじんでいます。「おもしろい」じゃね〜〜〜わ〜〜〜!!!(その後の高笑いよ…)

 

フランツ・ブレンターノ(佐藤隆紀):投資で成功しているタイプのフランツ

令和の日本にいるならば、投資で成功しているタイプ(尖った靴を履いているかもしれない)。こんな美声な「♪どうでもいい〜〜〜〜」があってたまるかだし、地のセリフでも「ベッティーナ。お前には関係ない」がイケボすぎて動揺します。my初日はその歌声に圧倒されつつもトニに対する厳しい態度に凹み、シュガーさんを好きな母が福岡でショックを受けないかと勝手に心配になりました(※杞憂でよかったですけれど)。でもこのブラックシュガーぶりが見れば見るほどクセになるのです。回を重ねるにつれて、“思い通りにならないことにイライラしている封建的な夫”の所作がどんどん板についてきて、それを象徴するのが、軽く握って小刻みに揺らし続ける右手です。この神経質さんめ!!!

1幕の『♪他人同士』の最後でバァン!!!と本を閉じるところも大道具がぶっこわれるんじゃないかというくらいの圧。たぶんどんどん強くなっていて、研究が感じられてとてもいいなと思いました…現実にいたら嫌だけど😭

 

フランツ・ブレンターノ(坂元健児):商売で成功しているタイプのフランツ

令和の日本にいるならば、商売で成功しているタイプ(セカンドバッグを持っているかもしれない)。シュガーフランツがハリのある歌声でトニを威圧するのに対し、サカケンフランツはうなり上げるようなねっとりビブラートで追い詰めます。

『♪金こそすべて』の前にはフィッツオークとのお芝居がありますが、この地のセリフの言い方が現代劇っぽくてなんだか引き込まれました。

サカケンフランツで好きなナンバーは2幕の『♪恥知らず』*6「♪よくも騙したな」でしっかり傷ついているところです。トニのことをあんなに見下していながら実はそこそこ執着していたことが動揺ぶりから伝わります。見下していたからこそ「飼い犬に手を噛まれた」感が出ているのかなと思います。

そして大楽カテコでひどい目に遭っていたサカケンさん。あの「♪あ〜りえな〜〜〜い」は忘れられんよ…😂

 

カスパール・ヴァン・ベートーヴェン(海宝直人):そのとき、私の両目はスプリンクラーになった

うう、うう…。もっと観たかったよぉぉ😭泣く泣く手放したチケット*7の中にも含まれていて、現地1回と配信1回しか観られませんでした。記憶も薄れてきてうまく書けないのが悔しいところですが、はっきりと書き残しておきたい記憶があります。それは12/24マチネで初めて海宝カスパールを観たとき。2幕のクライマックスで彼が口元を指差しながら「くるのが 遅くなって ごめんね」とゆっくりはっきり伝えた瞬間、私の両目はスプリンクラーになりました。本当に、発作的に、ドゥフッ!!っていう感じで涙が勢いよく溢れてびっくりしました。小野田カスパールの場合は「くるのが遅くなってごめんね…!」と感情が堰を切ったような口調なので、その違いも印象的です(どちらも好きです)。

兄を慕ってやまない優しい優しいカスパール…。甘やかな存在感が、終始いかめしい雰囲気の芳雄ルートヴィヒと好対照でした。再演での再登板を待ってます😭あと死なないでぇぇぇ(1815年没)。

 

カスパール・ヴァン・ベートーヴェン(小野田龍之介):弦楽器のようなクレッシェンドについて

たくさん観て深めることができたのが小野田カスパールです!海宝カスパールが「甘やか」なら、小野田カスパールは「やわらか」。兄に欠落しがちな社会性を補って(マネジメント的な部分を担って)、まっとうに苦労をしてきたんだなということが垣間見えます。リアリストな一面も感じられるから、「どうしてわかってくれないの!」がより悲痛に感じます。

小野田カスパールの歌で好きなところは、とても柔らかいアタックからクレッシェンドで高みに到達させるところです。押す、というより引く、という感じで、弦楽器のボウイングを思わせます。そしてマイクにのらないお芝居で目撃できたものでは、ヨハンナに「大丈夫」と言ったり2幕のクライマックスで帰らないでほしそうにするルートヴィヒに「おやすみ」と声をかるという、細やかな気遣いにも注目しました(※口の形を読み取っただけなので「多分」です)。カテコの晴れやかな表情も大好きです。

*8

 

ルートヴィヒとトニ〜不滅の“花芳”

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もはや懐かしい日生劇場のリスさん🐿️1幕ラストの再現、素敵だったなぁ。

 

文字通り、支え合ってスタンバイしていたという芳雄さんとお花様。おふたりの大楽カテコを引き合いに出すならば、まさに「言葉がない」…のだけど*9、2か月弱のあいだ見つめ続けたルートヴィヒとトニについて書き残しておきたいと思います。

 

アントニー・ブレンターノ(花總まり):絶望の花束

所作だけで伝えられる悲嘆

冒頭の1827年、ルートヴィヒの葬儀の場面。ストーリーがわかった状態で観ると気持ちの入り方も違ってくるのですが、最終的には、中西グリルパルツァーの「♪最後のときは 彼女に任せよう」に合わせて花總トニがこちらをゆっくり振り返っただけで涙腺にくるようになりました。

私が特に感銘を受けているのがその続きです。花總トニは棺の中の亡骸に向かって「♪どうかあなた安らかに…」と歌いかけるのですが、その、やや前屈みで棺の縁に手をかける所作だけで、深い悲しみが伝わってくるのです。立ち位置は舞台の奥の方で、黒衣を身にまとい、帽子とヴェールに閉ざされて表情はほとんど見えない。それでも花總さんは、繊細なコントロール下でその身を傾け、震わせることで、涙をふりこぼして嘆く様子を表現できるのだと。これはぴったりくる喩えではないかもしれませんが、福岡公演でこの場面を観たとき、ふと「人形浄瑠璃みたいだ」と思ったのです。

 

魂を裏返すような絶唱

その感情表現が的確に伝わるのはやはり歌の力あってこそ。序盤の『♪完璧な日々』は、“完璧”であると歌えば歌うほど決定的な“欠落”が浮き彫りになるナンバーですが、嫌味なく、真実味をもって訴えかけられるのは、やはり花總さんの力なのだと思います。一方、ルートヴィヒとのやり取りでは「♪私はトーニー、父はハンス・フォン・ビルケンシュト〜ック」「♪お持ちします〜例の楽〜譜〜を〜」などの、喋っているのか歌っているのかの境目を感じさせない歌いぶりにも惹かれました。

トニの最重要ナンバーはやはり、2幕終盤の『♪千のナイフ』ではないでしょうか。これぞリーヴァイ節!という哀切なメロディを歌い上げ、最後のロングトーンはファルセットを封印しての魂を裏返すような絶唱でした。

感情を放し飼いにしながら、でも決して手綱を離さない。口を開けて号泣していても、相手役が歌うとき、マイクに余計な嗚咽をのせたりはしない。その境地を思うと改めてくらくらするのです。

悲劇を全身に溢れさせて、なのにどこまでも美しく、絶望の花束のようでした。

本作においてトニという女性は、このドナウ川での玉砕を目指して、1幕から細い梯子を登ってきたのだと思います。

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン井上芳雄):唯一無二のタイトルロール

大ナンバーの“山脈”

結論を先に述べるならば、「あなたじゃなきゃ駄目なの!!!」(byトニ)でした。既に出尽くした賛辞ではありますが、これをやってのけられるのは井上芳雄、ただ1人しかいない。

クラシックで培った技術20年超の経験値をすべて注ぎ込んだ歌声。正確無比のビブラート迫力のクレッシェンド。大ナンバーに次ぐ大ナンバーは、さながらストーリーに稜線を成す山脈のようでした。芳雄さん自身も日経Xトレンドの連載で初日を振り返って「自分は壊れちゃうんじゃないか、と心配になるくらいでした」と書かれていますが、私も初めて観た日は、芳雄さんそのものが張り裂けてしまうんじゃないかと少し怖くなったくらいです。

そして別格の歌唱はもちろんのこと、“楽聖”としての強靭な存在感も、本作のタイトルロールとして欠かせないものでした。それは端的に言えば、1幕ラストのスペクタクル、あの全てを背負っても負けない、霞まないということ。my初日、ステージに吹き荒れる嵐を呆然と見つめたことを思い出します。

1幕・2幕ラストのキーワードの1つは「重力」の超越だと思っています。それは楽譜が大量に降ってきたり、背景の映像で楽譜が持ち上がっていったりという演出ゆえなのですが、そんな舞台空間において、芳雄ルートヴィヒは「運命はこの手で」を確かに体現していました。

 

『♪愛こそ残酷』の進化〜休符の表現力

どうしても記しておきたいのが、2幕『♪愛こそ残酷』の進化です。

私はもともと原曲のピアノソナタ第8番「悲愴」が好きで、前掲の考察記事でも字数を割いているのですが、福岡から1週間ぶりの観劇となった御園座(1/14)でこの1サビ(=第2楽章第1主題)に差し掛かったとき、私はびっくりして反射的にオペラグラスを外しました。2小節目と4小節目に3拍分伸ばしていた音、つまり「♪愛は残酷な手で…」の「は〜」と「で〜」が、1拍分短くなっていたからです。

原曲の楽譜は2/4拍子で、ここでは便宜的に八分音符=「♪」を1拍と数えますが、付点四分音符の長さ(3拍)を、四分音符(2拍)にして八分休符(1拍)を入れる。この変化がもたらしたのはもちろん、2サビ=仰向け歌唱のフォルテシモがいよいよ際立つという効果です。歌い方そのものも、メゾフォルテくらいの穏やかな声量になり、目の前にいる誰かに優しく語りかけるような雰囲気に。既に完成し安定していた歌唱が“休符”ひとつでこんなにも変わるのだと、改めてその表現力に脱帽しました。

 

本当は愛を知っていたルートヴィヒ

その『♪愛こそ残酷』で心を決めてカールスバートに駆けつけ、『♪さよなら絶望』でトニに愛を捧げるルートヴィヒについて、改めて考えてみます。

「♪遅くても僕たちは出会った 愛は不滅だ乗り越えよう」…歌詞の上では抽象的に処理されているとはいえ、これはルートヴィヒが“略奪”を決意し、行動に出る場面です。ここで私は「ジェーン・エア」のワンシーンを思い出さずにはいられません。芳雄ロチェスターが涙で顔を歪めながら訴えた「俺を愛することの何が悪い!」。いずれも婚姻関係を超えた愛を成就させようとしており、冷静に考えると「ちょっと待って」と言いたくもなります。それでも私は、舞台の上で芳雄さんが発する愛の大きさに、結局飲み込まれてしまうのです。その正体はシンプルに、“演技力”だったり“歌唱力”だったりするのかもしれないけれど…。

ルートヴィヒは“愛を知らない”設定でしたが、本当はそんなことはなかったはず。カスパールを説得しながら頭や頬を撫でていたのは肉親としての愛情があってこそだし、まだ会ったことがないはずの「2人の子どもたち」に対しても、「大切にするよ!」と即答できる人でした。

ビルケンシュトック邸の庭で、プレゼントの箱を3つ、大切そうに膝に抱えて待っていた芳雄ルートヴィヒ。ほんの短い間でしたが、いそいそとリボンを整える一瞬に本来の心のやわらかさが垣間見えます。短いけれど心に残る、重要なお芝居でした。

 

 

俳優の体から発せられるパワーを風圧に例えるなら、“花芳”にとってお互いは、その出力をどれだけ上げても大丈夫な相手なのではないでしょうか。感情の嵐に吹き飛ばされることなく、絶対そこにいてくれるという確かな信頼。そんな2人が深めていくお芝居を見つめられたのは幸せでした。バーデンで口づけを交わす前の4小節はいつしか全く手を広げなくなり、酒場でのダンスのスローアウェイオーバースウェイはどんどん滑らかになり、ドナウ川の別れにはいっそう悲しみが溢れるようになりました。

1/14御園座で、花總トニの肩を抱いたまま、暗がりの中であやすように優しく揺らしていた芳雄ルートヴィヒ。

2人が創り上げた叙情的な愛の世界は、まさに“不滅”の輝きに満ちていました。

 

再演への期待を込めて

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ミュージカル「ベートーヴェン」の日本初演とは、結局どういう作品だったのか。

不勉強なりに考えてみたのですが、ひとことで言えば、音楽を「面」で使った作品なのかなと思っています。

ストーリーという幹にナンバーという枝葉を茂らせてゆく方法に対し、この作品は、ベートーヴェンの膨大な音楽で作中の時間を埋め尽くし、その中で、「人間」や「愛」についてのメッセージを象徴的に伝えようとしているのかなと。

正直なところ会話のつながりがぎこちなく感じるところもあるし、感情のラインが追いにくい部分も否めません*10。でも、それをキャスト全員が努力と実力でねじ伏せたのが今回の日本初演だったのだと思います。とにかくハイカロリーな演目でしたし、激しい跳躍のあるメロディ摩訶不思議な譜割りだけでなく、お芝居の面でもきっと苦労は多かったはず。そんななかこのクオリティを実現したカンパニーのタフネスと集中力に、心からの拍手を贈りたいです。

再演時は、さらに洗練された形になると信じています*11。その上で、この初演のありようも大切に記憶しておこうと思います。

 

風そよぐビルケンシュトック邸の庭のベンチで、ずっと楽しみに待っています。

 

 

 

*最後の歌詞「♪彼こそ不滅 永遠に輝けり」について覚書*12

 

 

 

*1:これはセリフに「でも」という逆接が続くためです。

*2:東京楽くらいで思ってたのは、本当はフランツはビルケンシュトック宮殿を我が物にできていなかったけど、ベッティーナが工作したのか?ということ。あなたの実家めっちゃすごいねソング(悲愴第一楽章)はまさかその伏線!?と思ったりもしたけど流石にそれは考えすぎかなと…

*3:席によっては見えにくい・注目しにくい感じだったと思います。大楽配信のカメラワークがブラボーだった!

*4:史実のキンスキー1812年秋に落馬がもとで世を去っています。劇中の時間は手紙の日付に合わせて7月のはずなのでセーフだけど切ない

*5:弁護人と言っていたけれど、代理人って意味だという気はする

*6:原題はEVERYONE NEEDS LOVE(2)なので、『♪愛されあれば』のリプライズ扱いなんですね。そうなのか〜!

*7:初日と2日目。インフルでした。。。

*8:「僕の人生なんだ」→カスパールへの過干渉は、史実での甥のカールへの過干渉も盛り込んでいるんだなと今更気づきました

*9:大楽のカテコ挨拶で、左手を腰に巻くようにして右手を顎に添えて困ったように話すの、芳雄さんの癖だと思っていたけど、ほぼそっくりの癖をお花様もお持ちなのだと気づいてびっくりしました

*10:私は本当は緻密な会話劇が大好きなのです。オデッサとか…

*11:きっとよくなる…!(byトニ)

*12:文語体になっていますが、完了の助動詞「り」を使うならば、未来を示す「永遠に」で修飾するのは本来は誤っています。ただ、仮に文法的に正しくするならば「永遠に輝かん」になるのですが、それだと最後のロングトーンが「♪ん〜〜〜〜」になって締まらなくなるのかもしれませんし、葬儀の場面なのであくまでもこれまでの功績を称えるニュアンス(=過去完了)であえて選択されたのかもしれません。重箱の隅案件ですが、カテコを除くと最後の歌詞なので気になってしまい、一応メモしておきます。。

ミュージカル「ベートーヴェン」感想と考察〜ルートヴィヒとトニの《不滅の愛》を、史実と音楽から読み解く

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ミュージカル「ベートーヴェン」は、彼の死後に発見された《不滅の恋人》への手紙について、その宛先がアントニー・ブレンターノであったという説に基づく愛の物語です。初回の観劇ではひたすら圧倒され、また正直なところ話がよくわからない部分もあったのですが、井上芳雄さんと花總まりさんの魂をぶつけ合う演技に魅了され、観劇を重ねる中で、芳雄ルートヴィヒのみならずベートーヴェン」という作品にも完全に沼落ちしました。

ルートヴィヒとトニのことをもっと知りたくなり、いろんな本を手に入れて読んでみたのですが(末尾に参考文献リストあり)、読み進めるうちに初学者の私を悩ませたのは、「史実」はいまだ解明の途上であるということ。こと、彼についてはシンドラーの捏造問題もあるし、《不滅の恋人》については長年議論が続き、発信地などは特定されたものの、宛先=アントニー・ブレンターノ説は最有力とはいえコンセンサスが得られているとは言えないようです*1。トニの話からは外れますが、例えば私の中学生の頃*2は「エリーゼのために」のエリーゼは実はテレーゼだったんだよ説」が有名だったのですが、今回調べてみると、近年では「やっぱりエリーゼで合ってたわ説」が定説になっていたんですね*3。そういうわけで、現在も研究がアップデートされ続けていることを念頭に、本記事ではミュージカル「ベートーヴェン」におけるルートヴィヒとトニが、いかにして「運命の人」として描かれたかについて、史実(とされている、確からしいこと)と引き合わせながら、そして本作で重要な役割を果たした音楽を参照しながら、自分なりに考えていきたいと思います。

 

 

◆史実からみる

重要な出来事が起きた時期の調整

本作のストーリーは、最初と最後の葬儀の場面(1827年)を除くと、すべて1810年1812年の出来事で構成されています。冒頭の字幕で示される通り、1幕は1810年、2幕は1812年です。なぜなら、近年までの研究によって《不滅の恋人》への手紙は1812年にテプリツェ(テプリッツ)で書かれたものだと確定しているからです。そのため本作では、さまざまな出来事が、1810〜1812年の間にぎゅっと押し込められて登場しています。

 

難聴が決定的になったのはいつ?

まず、ルートヴィヒの苦難を象徴する「難聴」について。ミュージカルでは、ルートヴィヒが1810年にバーデンで「シュミット先生」に診てもらい、耳の異変については「6年ほど前から」であると答えるシーンがあります。つまり、1804年頃からの症状であったと考えられます。

しかし、史実ではルートヴィヒの難聴はもう少し前に確定していました。それを象徴するのが1802年に書かれた「ハイリゲンシュタットの遺書」です。数年前から難聴に悩まされていた彼は、1802年に何人かの医師を訪ねたあとに「シュミット教授」の診察を受けており、この“遺書”にもその名前が言及されています(『♪最後の希望』「♪先生が最後の希望です」を思い起こさせますね)。“遺書”とは後世の名付けで実際は新しい未来に踏み出す宣言であったと捉えられていますが、悲痛な吐露は、まさに確定診断の告知を受けたルートヴィヒが歌い上げる『♪崖っぷち』と通じるものがあります。

さらに、バーデンにおけるルートヴィヒとトニの「羊飼いの笛の音よ!」「僕には何も…」というやり取りも、“遺書”に関連した一節を見つけることができます。

けれども、私の脇にいる人が遠くの横笛(フレーテ)の音を聴いているのに私にはまったく何も聴こえず、だれかが羊飼いのうたう歌を聴いているのに私には全然聴こえないとき、それは何という屈辱だろう!

ベートーヴェンの生涯』ロマン・ロラン著、片山敏彦訳(1938,岩波文庫

このように、「難聴」の確定は8年ほど後ろにスライドされ、劇中の出来事とされたのです。特に「ハイリゲンシュタットの遺書」の要素は意図的にはめこまれていると言ってよいでしょう。

誤字直しました…!

カスパールが結婚したのはいつ?

もう1つは、弟・カスパールの結婚の時期です。本作でのカスパールは、1幕、つまり1810年にヨハンナと結婚しています。しかし史実において、カスパール・ヴァン・ベートーヴェンがヨハンナ・ライスと結婚したのは1806年6月のことでした。

本作において、ルートヴィヒとカスパールの対立は1幕での断絶・2幕での和解という対比構造においてとても重要な役目を果たしています。2幕ラストのカタルシスのためには、1幕ラストにおける兄弟の激しい諍いは、間違いなく必要でした。そのため、この争いが例えフィクションであったとしても、発端となった結婚の時期を1810年に改変する必要があったのだと思います。

なお、カスパールの息子のカール(ルートヴィヒにとっての甥)が誕生したのは1806年9月でした(ヨハンナが結婚前に妊娠していたのは史実通り)。カスパールは悲しいことに1815年に早世し(だからルートヴィヒの葬儀のシーンには登場しない)、その後ルートヴィヒはヨハンナとカールの親権をめぐって法廷で争うことになります。個人的に、本作におけるルートヴィヒが「ひどい噂」だけを根拠にヨハンナを悪し様に言うのは少し気になるポイントだったのですが、実際にはヨハンナの窃盗に関する記録も見つかっており、のちに裁判で激突することも含めて脚本に反映されているのかなと思います。

 

このように、ルートヴィヒを揺さぶった「難聴の告知」と「弟の結婚」は、いずれも史実より少し遅く、1810年の出来事として描かれました。つまり、ルートヴィヒは深刻な悩みを抱えた時期に、“タイミングよく”“運命的に”トニと出会ったことになるのです。

*4

 

ルートヴィヒの葛藤の整理

生まれながらの3つの呪い

この他、ルートヴィヒの悩みについては、以下の3つが意図的に強調されていたように思います。

  1. 貴族との軋轢
  2. 父の虐待によるトラウマ
  3. 外見へのコンプレックス

1について。開幕してすぐ、私はルートヴィヒと貴族がめちゃくちゃ対立していることに少しびっくりしました。貴族はベートーヴェンの音楽を認め、喜んで支援していたのでは?と思ったからです。ルートヴィヒの歌い出しは『♪僕こそベートーヴェンですが、貴族たちに「♪下劣!野蛮!」と包囲されながら「♪これこそ僕だ ベートーヴェン!」と誇り高く名乗りを上げることで、この構造は明確に示されます。

2については、父ヨハンが酒浸りで暴力的な指導をしていたことは概ね史実通りですが、子役を使った1幕ラストの回想のみならず、作中に一貫して「僕に命令できるのは死んだ父親だけ」「♪いまも曲を書くのが苦しい」など、辛い記憶に由来するセリフ/歌詞が出てきます。

そして3はすぐには気づけなかったポイントなのですが(なぜなら芳雄さんはとてもかっこいいので)、「♪顔のあばたを笑った…」「♪醜いのに栄光求めたせいだ」など、外見にコンプレックスを抱えていることは実は歌の中でかなりしつこく言及されます(カスパールがヨハンナに説明した幼少期の話「スペインのジプシーと呼ばれてね」なども)。

これらが強調されていたのは、なぜだったのでしょうか?

 

呪いを解く存在としてのトニ

その答えは、これらの悩みにトニがどう関わったかを考えてみると導き出せます。つまり、こういうことです。

  1. 貴族との軋轢 →貴族出身でありながら味方し、認める
  2. 父の虐待によるトラウマ →花火のシーンでそのトラウマから救い出す
  3. 外見へのコンプレックス →ありのままのルートヴィヒを愛する事で解放する

1については、トニは豪商のブレンターノ家に嫁いでいますが、伯爵家の出身でした。自分をかばってキンスキー公を諫めたトニの行動は、生まれながらの身分の差に葛藤していたルートヴィヒの胸を打ちます。ちなみに、キンスキー公爵は史実ではキンスキー侯爵で、1つ下の爵位でした。より高い位に変更されたのは、貴族の絶対的な権威を印象付けようとしたからなのか、ルドルフ大公を混ぜたのかな、という気がしています。また、演奏を拒絶するシーンの元ネタはキンスキー侯爵ではなくリヒノフスキー侯爵が相手であり(1806年)、その後『♪僕こそベートーヴェン』の歌詞とそっくりの手紙を送り付けています*5ベートーヴェンは、モーツァルトの時代を経て宮廷や貴族の庇護から独立しようとした音楽家です。序盤でそれを印象づけるにはうってつけのエピソードでした。

そして本作の深い感動にかかわる2と3について。ウィーンでの花火の夜、トラウマとコンプレックスに苦しむルートヴィヒに「♪お父様のことは忘れて…」と歌いかけ、そっとやわらかく抱きしめるトニ。ルートヴィヒはこの一瞬だけ幼い自分に退行することでトラウマから解放されます(慈悲深い天女のような花總トニと、くしゃくしゃの泣き顔で内股気味になる芳雄ルートヴィヒが、その機微を表現していると考えます)。また「♪人と違ってもいい 優れてるの 欠点じゃない」と肯定されることでありのままの自分を愛される喜びを知り、涙を流すのです。

そもそもトニのトラウマに対する嗅覚の鋭さはちょっと異常なレベルでした。1幕のバーデンでの雷雨のシーンで、トニは、両手を広げて自然と対話するルートヴィヒの背中に近寄りながら「♪わかるのあなたの心が 不思議ね私には見える 傷ついた幼い子供のあなた」と歌います。いやもう「不思議ね」はこっちのセリフですよってくらい鋭いと感じるのですが、やはり1幕でのこの把握があるから、2幕でトラウマを的確に癒やすことができるのかなと思います。

このように、トニという女性は、幼少期から抱えてきた葛藤からルートヴィヒを解放し、「あなたはそのままでいい」と認める存在として配置されています。前述のカスパールとの対立は最近のものなので、トニによる解放の対象にはなっていません。あくまでも、自分ではどうすることもできない境涯に由来する苦しみを癒やすからこそ、トニは運命の人たりうるのです。

 

トニの背景の整理

なぜフランツはここまでトニを苛むのか

さて、次にトニについて考えていきます。私もそうなのですが、ミュージカルで描かれる夫・フランツの冷酷さに困惑した人は多いのではないでしょうか。ブレンターノ家は1820年頃に家族ぐるみでベートーヴェンを支援しており、フランツへの感謝を示す資料も残されていることから、《不滅の恋人》はトニではないとする主張もあります。

ではなぜ、本作におけるフランツ・ブレンターノはここまでトニにきつく当たるのでしょうか。

 

台本上、トニを守るためになされたこと

これは、トニの立場を考慮すると合点がいきます。花總トニが魅力的だからつい忘れそうになるのですがトニはそもそも人妻でした。一つ間違えば、ルートヴィヒに恋心を抱くトニは、観客に強く拒絶されてしまう恐れがありました。

トニの置かれた状況を整理すると、以下のようになります。

  1. 夫からの愛を感じたことがない
  2. 夫から支配され、自由がない
  3. 子供に深い愛情を注いでいる

1を最も象徴するのは、1幕序盤、トニが実家の豪奢な庭で孤独に歌い上げる『♪完璧な日々』。「♪完璧よ…」と言い聞かせるものの、「優しい夫に愛されて幸せ」というような歌詞は登場しませんでした。2については、自立を試みようとしても夫に阻まれ、実父から受け継いだ財産を守ることもできません*6。このような夫婦関係であっても、3の通り子供を深く愛しており、決して「自分勝手な恋に溺れて子供を顧みない母親」ではありませんでした

つまりトニは、観客が共感しやすい人物造形がなされたうえで、脚本上、徹底的な不幸せに追い込まれていたと言えます。雷雨のバーデンでルートヴィヒに「♪ああ伝えたいこの思い でも許されない あなたは自由じゃないから」と打ち明けられたとき、トニは「♪自由になりたい」と切実な歌声で応えます。口づけを受け入れるのは、心が通いあっただけでなく、自由への希求があったからでした。脚本が人妻であるトニを(実はとても)慎重に取り扱っているからこそ、ルートヴィヒに強く惹かれるトニの心理を観客はすんなり受け入れられるのだと思います。

 

◆音楽からみる

最重要曲・ピアノソナタ第8番「悲愴」がどう使われたか

さて、本記事でもっとも書きたかったパートはここです…!(文献5,8)

このミュージカルにおいて、ルートヴィヒとトニの関係を語るうえで最も重要な曲は、間違いなくピアノソナタ第8番「悲愴」Op.13でした。他の曲とマッシュアップされることなく特定のメロディが同じ人物によって繰り返し歌われ、観客に強い印象を残すからです。

1799年にベートーヴェン自ら「大ソナタ悲愴」と名付けて出版した初期の傑作で、構成は以下の通りです。

 

トニのテーマとルートヴィヒのテーマ〜第3楽章と第2楽章

これらの3つの楽章について、登場順に2人のナンバーを示すと、大まかには次のように割り当てられています。

  1. トニ:『♪遥かな昔の物語1〜3』(1幕3場、8場、2幕7場)→第3楽章
  2. ルートヴィヒ:『♪愛こそ残酷』(2幕6場)→第1楽章+第2楽章

1の『♪遥かな昔の物語』については、第3楽章の第1主題はトニのテーマであると断言できます。最初に子供たちと歌うシーンではギターで伴奏していますが、これは実際にアントニー・ブレンターノがギターを弾けたため。3パターン出てくる歌詞も、もちろん2人の関係を暗示しています(トニは「少女」や「道に迷った貴婦人」で、ルートヴィヒは「おそろしい獣」や「猟師」)。最初に聴いたとき、軽快かつ緊張感のある原曲に対して、物悲しいギターのアルペジオとフルートがこんなにも合うのかと衝撃を受けました(確かに原曲でも左手はアルペジオで弾くのですが)。ちょっとフォークロアなムードに寂寥感をたたえたこのナンバーは、トニが抱える孤独をとてもよく表しています。

そして2の『♪愛こそ残酷』は、まさに本作の白眉といえる芳雄ルートヴィヒの仰向けフォルテシモの曲。1812年7月、テプリツェのゲストハウス*7であの《不滅の恋人》への手紙を書いているという、史実から描き起こした場面になっています(仰向けで歌ったりは絶対してないと思うんですが*8

厳密には1幕の『♪人生は残酷』(ゴーストたち)と2幕のリプライズ『♪答えはひとつ』も同じものなのですが、ここでは要素がフルで使われている『♪愛こそ残酷』のみ取り扱います。この曲の構成は、第1楽章の序奏(短調)+第2楽章の挿入楽句(短調)+第2楽章の第1主題(長調となっています。第2楽章の使い方については、“曲の途中の部分”を先に出したうえで超有名な第1主題をサビとして機能させるというシルヴェスター・リーヴァイの神業が光ります。第1楽章の序奏の「♪ジャーーーーン」という和音はまさにルートヴィヒの“悲愴”な心情を写し取っていますが、ここから同じく短調の挿入楽句を経て、美しいあの調べで愛の成就を決意させるという手法には脱帽するしかありません*9

そうなんです、これはルートヴィヒが「思いを遂げる」ことを決意するナンバーなのですが、よくよく考えるとそれは略奪を目指すことになるんですよね。ただ、「♪君は苦しまないで」という自分だけが罪を引き受けるような歌詞により、ここでもトニを安全なままにしています。このあとカールスバートに駆けつけて全力で愛を乞うときも、「♪遅くても僕たちは出会った 愛は不滅だ 乗り越えよう」と歌い上げていながら、レトリック上は「離婚して僕と逃げてくれ」みたいな追い詰め方はしていません(実はルートヴィヒの訴えはとても抽象的)。トニだけでなく楽聖ベートーヴェンのイメージも守る工夫が凝らされており、改めて慎重な手つきを感じます。

 

「悲愴」の秘密〜隠された“共通の動機”

さて、1つのソナタを2人で分け合っていることだけでも十分「運命の人」らしさが出ているのですが、さらに心憎いのが、この曲は3つの楽章に共通の動機をもつソナタであることです。

この動機(モチーフ)は3つの八分音符から成りますが、まず一番わかりやすいのが第3楽章の冒頭、つまりトニのテーマの冒頭の「♪はるか(な〜)です。これが第2楽章、つまりルートヴィヒのテーマの途中の「♪(ざんこ)くな手(で〜)と共通のパーツになっています。さらにミュージカルには使われていませんが第3楽章の挿入句には、第2楽章との関連がみられます。原曲集CDのDisc3M5、1分44秒あたりから聴くと『♪愛こそ残酷』の“サビ”と「なんか似てる!」とおわかりいただけると思います。ルートヴィヒとトニは、隠された共通要素をもつ2つの楽章を分け合っており、つまり秘めた愛を示すテーマソングとしてこのソナタはとてもぴったりなのです。

加えて、ここに絡んでくるのが、トニが歌った第3楽章に続くベッティーナの最初のソロ。あれです、“あなたの実家ってめっちゃすごいねソング”です。これは第1楽章の第2主題なのですが、歌い出しの「♪ほんと(は〜)が同じ動機で、第3楽章と同じハ短調なのでまったく同じ音でできています(♪ソドレ)*10。このパートは公演プログラムによると『♪遥かな昔の物語』としてトニのパートと1つのナンバー扱いになっているのですが、冒頭に同じ動機をもつ第3楽章の第1主題と第1楽章の第2主題をつなげるという、確信犯的な技が使われています。

とは言えこの第1楽章の第2主題がベッティーナのテーマかというとそうではなく、ビルケンシュトック邸でリプライズされる際に、ルートヴィヒも歌っています(♪先日〜キンスキー邸で)。そのあとにトニが答える「♪感謝なんて〜」や、ベッティーナが第2主題を繰り返した後の「♪ああ、彼をご存〜じ〜」「♪こどーものーこーろーかーらー」*11は、おそらくこれにピッタリくるメロディは「悲愴」には存在しておらず、その代わりオケの演奏がそのまま第2主題の続き(和音の展開)を示しているように思います。

以上のように、ピアノソナタ第8番「悲愴」Op.13は、ベッティーナを介在させつつルートヴィヒとトニによって分け合われ、アレンジの力、そして何よりキャストの技量によって大きな聴きどころになっています。個人的に興味深いのが、まんべんなく主題が抜き出されたように見えて、実は第1楽章の序奏に続くアレグロの第1主題は使われていないこと(Disc3M2 1:56〜)。ソナタの中ではとても重要な部分であるにもかかわらずです。私は、このパートをあえて使わないことで、トニのテーマとしての第3楽章と、ルートヴィヒのテーマとしての第2楽章を引き立てたかったのかなぁと推察しています。

なお、《不滅の恋人》探しの研究においては、ごく親しい人にしか使わない二人称「Du」が使われていることにも焦点が当てられました。ミュージカルにおいてもルートヴィヒがトニを呼ぶ二人称が『♪愛こそ残酷』を境に「あなた」から「君」に変化しているのは注目したいポイントです(プラハの酒場までは「あなたのせいだ!」と言っている*12)。

床にいるうちから、想いは君の許に馳せる。わが不滅の恋人よ、運命がわれわれの願いを聞き容れてくれるか、と期待しながら、時には喜ばしく、やがてはまた悲し。――君と全く一つになって生きるか、すっかり別れてしまって生きるか。僕が君の腕の中に飛び込んで行けて、君の側(そば)を本当のわが家(や)と思い、君に抱(いだ)かれて魂を精霊の国に送ることがで出来るまで、僕は遠くを彷徨(さまよ)う決心をした。

『新編ベートーヴェンの手紙(上)』小松雄一郎編訳(1982,岩波文庫

 

楽曲の献呈について

さて、そもそもの話として、ミュージカルのルートヴィヒは「愛を知らない」設定でしたが、ベートーヴェンは本当は女性に情熱的に接してきたことがわかっており(3回求婚している)、ピアノ・ソナタ第14番「月光」Op.27-2など、意中の令嬢に捧げられた曲も複数あります*13。これらがなかったことにされているのは、当然、トニとの関係を特別なものとして描くためでした。

 

ビルケンシュトック邸でトニにプレゼントした曲は何?

ミュージカルの中でも、献呈とまではいきませんが、ビルケンシュトック邸を訪れたルートヴィヒが、帰り際にポケットから取り出した自筆譜をそそくさと押し付ける様子が描かれます。

時間を巻き戻すと、その前は自宅でのカスパールとのシーンです。「ゆうべソナタを書いたんだ。聴きたいだろう」と言いながら、披露してくれるのがメヌエット(WoO.10-2)でした。うん、ソナタじゃないですね??

その後、譜面台からその楽譜をつまみ上げてルートヴィヒは下手へ退出。ゴースト(ハーモニーorアンダンテ)のダンスソロを挟んでビルケンシュトック邸のシーンに移り、丸めた楽譜をポケットに突っ込んだルートヴィヒが上手奥から現れます。つまり、トニにあげたのは、やはりあの楽譜ということです。

では、それは何の曲だったのでしょうか?ソナタと言いながらメヌエットが演奏された時点でこれはもう追求しなくてもいいポイントなのですが、ここで、「An die Geliebte(恋人に寄せて)」WoO.140という曲の第1稿が1811年に作曲されていることを関連づけてみたいと思います。なぜなら、《不滅の恋人》=アントニー・ブレンターノ説の立場からは、これが1812年にトニに献呈されたものだと論じられているからです。手書きの草稿にトニの筆跡で作者名を伏せて「作者からいただいた」と書かれていること、第1稿は伴奏にピアノorギターと指定されていることが根拠とされています(文献2、3*14)。ゆったりとした歌曲で、音源を聴いてみると1分ちょっとの短さなので、(1枚で終わるとは考えにくいですが)ポケットに丸めた楽譜をプレゼントするとしたらこれかもな?と想像すると楽しいです*15まぁ、多分メヌエットなんですけどね!!

余談:オペラグラスで譜面台の楽譜を解読しようとした話*16

 

ソナタ」の献呈はあったのか

では「ソナタ」が献呈されたかについてですが、これについては後期の3つのソナタがブレンターノ家に関連しています。この時期、ベートーヴェンはブレンターノ夫妻の手厚いサポートを受けており、ベートーヴェン」の顔として誰もが真っ先に思い浮かべる“あの肖像画”も、この時期にアントニー・ブレンターノが描かせています(1819〜1820年頃、ヨーゼフ・シュティーラー作)。

ピアノソナタ第30番(Op.109)がマクシミリアーネ・ブレンターノに献呈されたのは、1821年のこと。つまり19歳になったマクセです。マクセお嬢様…!大きくなられて…!!(突然のユリア)

一方、最後のピアノソナタ第32番(Op.111)は、恩義のあるルドルフ大公に贈られましたが、この曲のロンドン版はアントニー・ブレンターノに献呈されています。

問題になるのが、珍しく“献呈者なし”で出版された第31番(Op.110)。これは手紙等の記録によると、本来はアントニー・ブレンターノに捧げられる予定だったと考えられています(文献3,6)*17。このことが、やはり《不滅の恋人》はトニだったのは…?という想像をかきたて、本作を含む舞台作品などにつながっていきます*18

 

いずれにせよ、このビルケンシュトック邸のシーンは、ルートヴィヒの不器用な好意の示し方を表すチャーミングな場面になりました。ルートヴィヒがジャケットの左ポケットに丸めた五線譜を突っ込んでいたのは、ウィーンのハイリゲンシュタット公園に立つベートーヴェン像のオマージュと思われます(ロベルト・ヴァイダル、1900年作)。

 

◆まとめ

ここまで、史実と音楽の面から、ミュージカル「ベートーヴェン」におけるルートヴィヒとトニの《不滅の愛》がどう描かれたのかをみてきました。

ルートヴィヒとトニがお互いを強く求めたのは、自然や音楽に対する繊細な感性が、互いに強く共鳴しあったからでした(大胆を承知でいえば、ルートヴィヒはを、トニはを信仰していました)。そして結びつきを強めるにつれて、2人は「ありのままの自分でいられる」という奇跡を見出していきます。それはとても普遍的な価値で、現代を生きる私たちにも深い感動を与えるものでした。

トニは本当に《不滅の恋人》であったのか。89歳まで生きたアントニー・ブレンターノが名乗り出ることはありませんでしたが、本作に描かれた時期のルートヴィヒの静かな優しさを示すエピソードが彼女自身の語りで残されています*192人の魂が深いところで響き合っていたのは、やはり本当だったのだと思います*20

 

 

参考文献リスト(楽譜以外は出版年順、公演プログラムを除く)
  1. ロマン・ロラン著,片山敏彦訳『ベートーヴェンの生涯』(岩波文庫,1938)
  2. 小松雄一郎編訳『新編ベートーヴェンの手紙』(上)(下)(岩波文庫,1982)
  3. 青木やよひ『ベートーヴェン 不滅の恋人』(河出文庫,1995)
  4. 青木やよひ『ベートーヴェンの生涯』(平凡社,2009)*Kindle版2018
  5. 梶原千史『ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全作品解説』(アルテスパブリッシング,2013)
  6. 大崎滋生『ベートーヴェン 完全詳細年譜』(春秋社,2019)
  7. 谷克二著,高野晃写真『ベートーベンの真実』(KADOKAWA,2020)*Kindle
  8. 井口基成編集・校訂『ベートーヴェン集1』(春秋社,1973)

1の頃はまだヨゼフィーネ宛の手紙が見つかっておらず、ロランはテレーゼ・ブルンスヴィック説。2の頃からはアントニー・ブレンターノ説が存在します(小松が言及しているのはM.ソロモンによる説)。1959年にアントニー・ブレンターノ説を最初に唱え、生涯をかけて追求した青木の著作は、日本の観客として本ミュージカルを検討する上では欠かせないものでした(3,4。他にも本当はたくさんあって読めていない…。)。6は素晴らしい労作で根拠の確認に助けられました。5はソナタの譜例つき解説。8は楽譜そのもので、「悲愴」は弾いたことがあり、個人的に「ベートーヴェンといえばコレ!」という思い入れのある曲でした…!まさかこんなに重要曲なんて思わなかったよね*21

 

あとは怒涛の注釈芸です↓

 

*1:研究が進み発信地や年代が特定されたことで、最初にシンドラーが唱えたジュリエッタ・グイッチャルディやロマン・ロランが唱えたテレーゼ・ブルンスヴィックなどは除外されましたが、ヨゼフィーネ・ブルンスヴィックも有力とされているようです。最新の研究については未確認ですが、大崎は書簡全集の注が列挙した条件について「この条件にあてはまるのはアントーニエ・ブレンターノをおいてほかにいない」としています(文献6,2019)。まだヨゼフィーネ説が生き残っているかは未確認です…

*2:夏休みの自由研究(調べ学習)でベートーヴェンが女性に献呈した曲をまとめたのでした。中2の魂百まで!

*3:テレーゼ→テレーゼ・マルファッティ、エリーゼエリザベート・レッケル。2010年にコピッツが発表、文献4,7

*4:ルートヴィヒ関連ではないですが、ゲーテの死後、ベッティーナ・ブレンターノが『ある子供との往復書簡』を発表したのは1835年。こちらは史実を「前に」ずらした例でした

*5:「あなたは生まれながらにして侯爵だが、私は自分の力でいまの地位にいる。この世に王侯貴族はいくらでもいるが、ベートーベンはただ一人だ」→文献7。孫引きになってしまいますが。

*6:ここは、トニに感情移入して観ていると、離婚しようとするとビルケンシュトック宮殿までぶんどられるのが最も腹立たしい設定だったのですが、そもそもカトリックでは離婚できないのではないかな?という気はしました(ちゃんと調べてない)。でも、やはり脚本上必要だったんだなという納得のしかたをしています

*7:樫の木館という名前だそうです。素敵な宿ね!

*8:カールスバートへの郵便馬車が月曜と木曜に出ていたことや、4週間滞在する予定だったことなど、史実ベースの内容がちょいちょい出てきます(文献3)

*9:すでにお気づきかもしれませんが、『悲愴』の各楽章がどのナンバーに使われているかについては、本記事の内容は公演プログラムの表記と齟齬があるのです。『♪愛こそ残酷』に第1楽章の表記がないし、『♪遥かな昔の物語1』(トニ&ベッティーナ)はともかく、『♪遥かな昔の物語3』(子役の影コーラス)には第1楽章は使われていないし、ちょっと気になるポイントです。

*10:次の大千秋楽の配信で確認しますがミュージカルではボーカルの音域を考慮してずらしてあり(たぶん色々な曲がそうですが)、たぶんヘ短調ではないかと思います

*11:ここの芳雄さんの艷やかな低音と晴香ちゃんのお辞儀の振り付けが好きすぎて12/24の配信で鬼リピしました

*12:このあと2人がどのような時間を過ごしたかも、含みを持たせた慎重な描き方をしていますよね

*13:ミュージカルではルートヴィヒがトニと出会うことで愛をインストールされる様子が描かれたのですが、例えばプレイボーイな設定にして「本当の愛を知らない」ルートヴィヒが変わっていく様を描くアプローチもあり得たかもしれないと妄想が膨らみます。激モテ芳雄ルートヴィヒっていう世界線もちょっと気になったよね…ジュリエッタからヨゼフィーネまで令嬢役のキャストが大量に必要になるので無理だと思うけどさ…

*14:M.ソロモンの主張を紹介。ただし文献6では「アントーニエの筆跡は同定されておらず」とのこと…

*15:あとはもしかしたら、1812年に当時10歳のマクシミリアーネ・ブレンターノ(=マクセ)に献呈された自筆譜「ピアノ・トリオWoO.39」だったりするかも(文献6)

*16:唯一、下手寄りやや前方で観ることができた福岡公演にてガン見しました。さすがに鑑別は無理だったのですが、冒頭にアウフタクトがあるのは確実で、ゴーストたちが持っている楽譜よりは平明で、特に左手があんまり難しくなかったので、「メヌエット」(WoO.10-2)をかなり忠実に再現した楽譜が用意されたのではと考えています。美術のこだわりがすごい!

*17:Op.110と111を“ブレンターノ夫人”に献呈する意向を述べたシンドラー宛のメモが見つかっているから(文献3)。別の手紙では「Op.110に関しては、ある人に献げることを決めており」という記載も(文献6)

*18:ということで舞台『Op.110ベートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』の存在を遅ればせながら知りました(当時は舞台にアンテナをはっていなかったので)。観てみたかったな…。

*19:トニが病気で臥せっているとき、ルートヴィヒが毎日のようにビルケンシュトック邸にやってきて、控えの間で黙ってピアノを弾いて慰めてくれたこと。確認できたところでは、ベッティーナ宛の手紙(文献4)と、オットー・ヤンへの語り(文献2)

*20:小松雄一郎「彼女の魂がベートーヴェンと通い合う親密なものがあり、それが音楽という言葉であったことは双方にとって大きな幸福であった」新編ベートーヴェンの手紙(上)解説より→文献2

*21:井上芳雄by MYSELF 2023/5/28 OA

ベイベーの日記/サバイブせずに生き延びること

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※エアリプ等ご遠慮ください

 

改めましてあけましておめでとうございます。

久しぶりの日記記事でございます。

今回、新しいレポの書き方を試して、無事に上げることができました。いつもと違うことはまず、未完成でも、眠くなったら寝たことです。ストレッチしてマッサージガンでほぐしてナイトリカバリー飲んで25時には寝ましたそのせいで義実家にPCを持って行く羽目になりましたが、移動中に書き終えることができました。

分量が半分になるので、薄味だったかなぁと心配していましたが、すぐに友達がLINEで感想をくれて(イツメン同期sのグループがある)、それですごくホッとしました。「いつものくいなちゃんの言葉」と言ってもらえて嬉しかった。この支えがあるから私は今までやってこれたのよね。あとは別の友達が秒で訂正入れてくれたけどゴアへの提供はTERUさんじゃなくてTAKUROさんだよ!!

 

さて2024年のツアー日程が解禁になり、軽くショックを受けた昨年とはうらはらに、今年は「だよね〜」という感想をもちました。去年は11公演で発表されて追加公演で12公演になったけれど、今年はあらかじめ12公演で仙台はファイナルと明記されていたので、このまま確定ではないでしょうか。

そして私は欠席するところをだいたいで決めました。とりあえず6月後半はお休みします(日比谷に通うからです)。全通をやめることは昨年のツアー中に決めていたけど、日程をみて、本当にそうすることを穏やかに決められたので、やはりこれがちょうどいいのかなと思います。

 

全部行きたい気持ちは変わらないけれど、心から応援したい人が増えてしまった今、お金その他のリソースも有限だし、夫は理解してくれつつも夏になると毎週末泊まりがけでどっかに行ってしまうことを「寂しい」と言っていました(←遠征の是非はさておき、自分のパートナーがそう言ってるなら本当にだめだよね…今までごめんね)

というか、いろいろとやっぱり限界だったぽいですね。

昨年のツアー後、タニシ記事に揶揄するようなコメントがついたとき*1、やっぱり腹が立ちましたし、そんなコメント1件くらいで筆を折るほどヤワじゃないわ!とは思ったのですが、すでにいろいろ蓄積があったので「どうでもよくなる」には十分でした。心が折れたんじゃなくて心底どうでもよくなりました。書きぶりからして、通りすがりじゃなくて前から私が書くものを読んでたことはあったんでしょうね。的確に分析されてムカついた?図星だった?ごめんね?

あと別垢をわざわざブロックされたりとかね。私から攻撃したことは一度もないのにね。私のことそんなに気になっちゃう?ごめんね?

今後の界隈でのサバイブを諦めたので、秘密にしてたことの扱いも適当になりました。私が座談会に行ってないわけないじゃないですか。

心血を注いだ3年間がコロナと重なっていなかったら…と、詮無いことですが、思わずにはいられません。支えたはずだという気持ちを持つのが最大の間違いだったからです。でも、そう思わずにはいられないほど苦しかった。コンプラを気にする言葉より、心をつなぎとめてくれるコミュニケーションがほしかった。私のようなオタクは要らなかったんだと今はわかっているけれど。

 

絶滅はまぬがれたけど、積極的に生き抜こうという感じでもありません。なので、ちょうどよい塩梅を探してゆったりと続けていきたいと思います。愛しい人であることには変わりないから。私によそ見の隙を与えたのは2022ゆくくるでしたが、また強く心を引き戻してくれたのも、また2023ゆくくるでした。私はね、チョロいんですよ(ドヤるな)。

行った公演については絶対にレポを上げますので、前より短いし網羅性は落ちるけど、よかったら読んでください。あと、期間限定でマシュマロを置かせてもらったけど、そのときいただいたメッセージは全部うれしかったです。そして最後に、仲間を中傷している人、これは読んでないだろうけど、本当にやめてほしいなと思います。みんないなくなっちゃうよ。

 

 

*1:先日コメントは管理者権限で削除しました。某掲示板由来の悪口語彙、私の周りの誰も知らなかったよ

ドラゴンの鱗/及川光博年忘れスペシャルライヴ2023「ゆくミッチーくるミッチー」12/31 LINE CUBE渋谷・セットリスト&レポ

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あけましておめでとうございます!

例年通り渋谷でがっつり踊って、満足のいく大晦日でした。

私はこの数年、休憩を挟んで前半と後半に分けてライブレポを書いてきたのですが、今後も続けることを見据えてぎゅっと圧縮した書き方を試してみます。それではおつきあいください〜。

 

 

セットリスト

1部

Slave of you

BEAT & ROSES

Shinin' Star

<MC>

前略、月の上から。

ロリータの罠

邪念オーバードライブ

<Instrumental>

真昼の月

ふたり

Song for you

GO AHEAD!!

求めすぎてる?僕。

2部

<愛と哲学の小部屋>

忘れてしまいたい

死んでもいい

怪傑ミッチーのうた

EC

ロディア

バラ色の人生

 

レポ

1部

オープニング〜無惨様、あらわる。

緞帳が上がり最初に目に入ったのは、センターに立ち、白いハットで顔を隠したその人でした。怪しげな照明の中、響いたイントロは「Slave of you」*1。黒っぽいジャケットはラペルがシルバーのキラキラで、その上に黒いマント!黒いシャツに白いネクタイ、白いパンツ…そう、鬼舞辻無惨のコスプレです!あさみん竈門禰豆子、さっちんは栗花落カナヲゆうこりん甘露寺蜜璃、そして男性陣は鬼殺隊の隊服。やりおった!!*2

2017年の円盤で初めて観てからずっと憧れていたスレイブのダンスブレイクを目の当たりにしました。最後はゆったりと曲のテンポが落ち、マイヤー様の高笑いで締め。血、どうぞ!(←うなじを差し出す)

間髪入れずに始まった「BEAT & ROSES」も嬉しい初聴きのナンバー。初めてなのにイントロの声出しでめちゃくちゃ声が出ました。なにこれ???

安定の「Shinin' Star」では、イントロでオフマイクで煽っていた口元は「来い!もっとだ!!」というふうに読めました。マントをチエさんに投げ渡し、ジャケットのあわせのボタンも外します。Aメロではさちゆこが壇上で両手をつないでおっきなハートを作りました。間奏で遠隔ハグ。アウトロではキメの前にネクタイの結び目に手をかけてぐっ!と緩めてからターン。

 

MC

水を飲まずにすぐちょっと話し始めて、「お前たち大好きだよッ!」とかあったかな。

改めて始まったMCでは「一挙手一投足、目に焼き付けときたまえよ」ってフレーズが印象的でした。ニコニコして「相変わらず可愛いな、もう!」とか言ってくれるのでこっちは完全にチョロくなります。

MCのネタ、なぜか3択で示されました(1つ20分らしい笑)。①ミッチーのドキドキパニック電車②西門理事長の応援上映(どういうこと!?)、③アルバム制作絶好調、だったかしら。タンバリン&拍手の音量で選ばれたのは①で、内容は割愛させていただきますが、10年ぶりに電車に乗ったというエピソードでした。スターという職業をやっていると10年電車に乗らない生活をすることになるんだ…と衝撃を受けました(多くの芸能人がそうなのだろうと思うけれど)。このトーク中、内容にちなんで「♪人混み〜に流さ〜れて〜」という突然のユーミンも聴けました。笑

メンバー紹介では男性メンバーの「隊服」が紹介されたのですが師匠が「滅」の字を「減る。」だと思っていたり、宋さんが「鬼滅の八重歯」だと思っていたりして、こんなの無惨様だったらパワハラ会議待ったなしですが座長はミッチーさんなのでよかった。ちなみにそのご本人、無惨様をやりたいという話は以前から出していたけれど、実際にコスプレでやるとなると「流行りすぎてるときは無視してた」とのことでした。そしてあさみんの紹介では「可愛いぞ!」と禰豆子コスの似合いっぷりを絶賛。あさみんは女子ーズ3人の共通点としてGLAYが好き」を挙げたのですが*3、これはこの後の伏線になりました。

 

MC明け〜やっぱり強すぎるわこのバンド

黄色い照明がぱあっと輝いて、「前略、月の上から。」へ。ジャケットを脱いでチエさんに投げ渡し、黒シャツ・白ネクタイ・白パンの神スタイリングが現れます!!無惨様スタイルの白ハットから思っていましたが、これ、「大人の恋。」を彷彿させるんですよね。しかし、いよいよゆるみまくったネクタイをほどいたミッチーさん、一瞬だけ頭に巻こうとしましたね(2020ゆくくるでもやりかけた笑)。結局ずっと持ったまま歌っていたのですが、ネクタイを外したところからチエさんが(投げると思って)タイミングを測って完全に待機していてその表情が見逃せなかった。最後は本当に投げたけど下手のドリンク台に着地して、それを指差し。

続く「ロリータの罠」、うん、普通に選曲にびっくりしました!20代で発表した曲ですが50代になって歌うと心配がガチという感じがしませんか。ここでは胸元のボタンを開けて腕まくり。脱いでも脱いでも中からカッコいい男が出てくるよね本当に。♪逃げろ!!!

アダルティで緊密なホーンを聴きながら改めてこのバンドの技量よ…と思っていたら、始まったのは「邪念オーバードライブ」!!!!!ついに、ついに、ベイベー歴5年、ようやく生で聴けました!引き続きバキバキの演奏、音源よりテンポアップして小気味よく。はじめちゃんのテナーサックスが渋すぎ!!さちゆこも再登場して*4、円盤で何度も観たダンスが眼の前で繰り広げられて感涙でした。さっちんは円盤と変わらずキレキレで、ハットを想定した振付がやっぱり似合う。そして私は照明の下で躍動するゆうこりんの美腹筋をずっと見ていました…。この曲で嬉しかったのは、ミッチーさんがダンスブレイクとアウトロを本気で踊ってくれたことです。54歳の今の「カッコよさ」はこれ!を見せてもらえて嬉しかった。

そしてお着替えタイムのインスト曲。冒頭に一瞬かかったのはパンチラかな?ホーンも全員降りてきて、アップテンポなEDM風(たぶん)のアゲアゲナンバーでパーリナイ!!!正直、これがめちゃくちゃブチ上がりました!ソロ回しでガンガン踊って、龍ちゃんはずっと踊り続けて(手を振る向きめちゃくちゃになっちゃうからやめて😂)、最後の師匠のドラムは声が出そうになるほどタイトで流石。ファンタスティックス、やっぱみんな化け物だわ。

 

バラード

そう思っていたら次に始まるのがボサノバなわけです。振り幅!!フリルをあしらった真っ赤なシャツで再登場し、真昼の月へ。余裕を感じさせる歌に、はじめちゃんのフルートが色気を添えて(はじめちゃん、三刀流!)。ラストは上階センターにはっきりとウインクを送りました。

MCでは、もっと売れてもいいんじゃないかvs今のこの空間を守りたいといういつものせめぎあいの話*5。今は大御所ならぬ「ちょい御所」らしいです。

「当時の感情をフィードバックさせて情熱的に歌います」と前置きして「ふたり」へ。丁寧さと情熱のバランスがすごくよかった。間奏でシャツの前身頃を引っ張ってピッと静かにボタンを1つ外す姿が印象に残っています。

 

バラード後

バラードからの切り替えは「Song for you」。二律背反マークの左右でさちゆこがイントロを踊る姿、2020ゆくくるの青ワンピを思い出しましたが、今年はダンサーもコーラスも、ミッチーさんとおそろいで全員真っ赤!お正月らしくもあり、今季のトレンドカラーでもありますね。

そんふぉゆにおいては2番を歌ってくれる下手がおいしいのかもしれませんが、1番の「ミルキーフェイス」の歌詞にあわせて自分の頬を両手で指差しする姿が可愛すぎたので上手も優勝でした。

このエモい流れから垂直にロックが立ち上がるのが脳にきた!そう、あさみんのMCはフリだったんですね!GLAYTAKUROさん提供、「GO AHEAD!!」がやってきた!夢中で拳を突き上げながら思っていたことはTAKUROさんマジで天才ということでした。いやタースーのパフォーマンスもよかったんだけど、それによって楽曲の作家性がよりクリアに伝わるという感じです*6TERUさんじゃないよ!!!

1部ラストは「求めすぎてる?僕。」通常バージョン。これはあさみんがコーラスを担当した乙セトリの流れを感じますね。この曲の1Aはさっちんを見る時間と決めています。間奏ではタースーがあさみんを煽って私たちも盛り上げますが、個人的にはこれから始まるエッセクシーな展開を固唾をのんで待つ時間でもあります。今回はタースーの両サイドで絡みつくように、でも触れずに踊るパターンでした*7。ブレイクでは「良いお年をぉ!」。天才的だったのは「♪アイドルのように笑いかけて」の、「アイドルの〜」で顔の横で手をひらひらっとさせて「笑いかけて」で推しの子ポーズをぶっ込んだ一瞬でした。

アウトロで10からカウントダウンして締めに入るので思わず時計を見てしまいそうになりました。「何かと思った?俺も何かと思った笑」ほんとだよ!休憩時間はFCイベントでの多数決(?)で決まったという「17分」が告げられました。

 

2部

愛と哲学の小部屋

「家庭内デート」でかわいく入場。鮮やかなライムグリーンにシルバーのキラキラのフリルのシャツ。2階からオッケーですかのコーレスが始まったかと思いきや1階後ろで「シャングリラですか?」がきて最後は1階まとめて(?)ちんどん屋ですか?」という、ツアーでも聞かなかったやつが出てきました。

そんなわけで、たくさん読まれた愛哲を駆け足でご紹介。

Q1 今日のラッキーは?

A1 オープニングで前髪がキマってた!

Q2  自作をカバーしてもらうなら誰にどの曲を歌ってほしい?

A2 「人魚の恋」を女性シンガーに歌ってほしい!

「ココロノヤミ」も挙げつつ、「上出来だと思う曲を性別・年齢関係なく、いろんな人に歌ってほしい」とのこと。

Q3 今年1年の満足度は?

A3 84点。けっこう高得点だよ!

たぶん「意外と低い?」というニュアンスで客席がどよめいたのですが本人的には高いそうで「90%の年なんてあるのかしら」とぽつり。「80点以上なら合格!年々ハードルは下げているけど、“悔いなく生きる”をやっていると満足度が得られる」

Q4 今年の漢字は?

A4 「耐」

「長い長い夏と、そして(親知らずを抜いた後の)歯茎の痛み」。

制作中というアルバムについて「予約してよ☆」と宣伝しますが、いや早く解禁してぇ!!

Q5 今年買ってよかったもの

A5 プリンス『Diamonds and Pearls』スーパーデラックスボックス

当方、プリンスには不案内のためググったのですが、1か月ほど前に出たもののようですね。今ちょっとびっくりしたのはMCで言っていた価格が正確だったことです(30,800円)。「嬉しすぎてまだ開けてない」とのこと。ご褒美で高いものを買っちゃったというので芸能人らしい高価なアイテムくるか!?とワクワクしたのですが普通にオタクが推しの円盤を買ったという報告でした。仲間じゃん。

 

Q6 来年、母をツアーに連れてくるためのキャッチコピー

A6 「〇〇のお母さんが好きな色をテーマカラーにします!」

まだ決まってないそうです。着ている衣装を指して、「黄緑ではない」とのこと。笑

 

2部本編

このあとのメンバー再登場でツボだったのが、あさみん「ゴアへで俺たち1つになれたと思わない?」と話を振ったら、あさみんのリアクションが「あっ…。」という動揺含みだったこと。本人的には違ったようです笑。実は私も、見つめ合って勢いよくマイクを交わす2人の姿に、息ぴったりじゃん!と思っていたのですが、まだまだ道のりは遠いみたい。

そんなあさみんは、次の「忘れてしまいたい」でスウィートなコーラスを披露。手の振りもつけながらの「♪忘れてしまいた〜い」が可愛くて、メタル先輩とのギャップがたまらないですね。あさみん、次のツアーは日程的に難しいかもだけどまた来てね…!

「死んでもいい」でダンサー再登場!ライムグリーンのアコーディオンプリーツのセットアップに少し濃い緑のイヤリングをあわせて、完全にライムの妖精でした。私はポンポンを振りながら、この瞬間が「何十年かけて育てたお花畑」なのだよなと思ったりもしました。同時に、いつも通りの伸びやかな歌を聴きながら、コーラス不在だった前年のゆくくるで微かなショックを受けたことを思い出し*8、何も憂えずに楽しめるありがたさを噛み締めたのでした。ミッチーさん、「愛と真実」のところであさみんとちゃんと目を合わせられたんだろうか。笑

本編ラストは「怪傑ミッチーのうた」。もうね、クレイジーとかじゃなくてこういう選曲だったことが個人的にはすごくハマりました。にぎやかに!楽しく!笑顔で!!っていうのかな。人生初のダンスレッスンとなったこの曲の公式レッスンを懐かしく思い出しつつ(2019年12月)、初めてなのにやっぱり自然と声出しについていけてしまいました。

 

EC

ミッチーコールは通常バージョン。アンコールの2曲は、生のきらめきに溢れた、強いメッセージを感じる取り合わせでした。「メロディアス」「バラ色の人生」、どちらもほぼフルで踊れる大好きな曲で、そういう曲が逆に本編になかったのは今の私にとってはよいことでした(=めちゃくちゃミッチーさんを見た)。メロディアスでは「♪世界中に〜ポストした〜い Xやってないけど〜!」の歌詞変更。バラ色では「洒落た決め台詞」の「ふ」で手のひらにキスをのせて飛ばすという新しい一面が見られました。「笑顔!笑顔で!!」という呼びかけ。エンディングのMCでも触れられたように、ステージ上の誰も彼も、いっしょにポンポンを振った1650人も、いつかは死んでしまう。だから今生きているこの時間は強く輝くのです。

 

 

夢中で踊っていたので、サックスのくわっちが飛び入りしていたことにメンバー紹介まで気づきませんでした。ホントごめん!!さちゆこの挨拶ポーズはどっちも可愛すぎて、ミッチーさんも「いいねぇ!」と応えます*9

 

私はもはや崖っぷちにいたので、この夜のステージが憂いなく楽しめるものであったことをしみじみと嬉しく思います。ゆくくるがあってよかった。このセトリで、この内容で、本当によかった。普通にキャー!って声が出て、でも何十回も現場で見たその人を、どこか親しくなつかしい気持ちでも眺めて、穏やかな心で楽しめました。顔が良すぎる実家みたいな感じですかね。バラ色の人生で幾度となく眺めたミラーボールの輝きが、ドラゴンの鱗みたいに、心にきらきらと降り積もります。

また別の記事に書きますが、今年も私はベイベーだと思いますので、書くものは変容してしまうかもしれませんが、もしよろしければおつきあいください。今年もワンマンショーで元気にお会いしましょう☆

 

 

*1:普通にキャーッ!って声が出ました。あっはっはっ。

*2:ていうかさっちんがカナヲちゃんていうの解釈一致すぎる

*3:初耳なのでリハ中に出た話題とかなのかな〜と思いました!

*4:この1曲のみの衣装〜!もったいない!!

*5:いつもの、と思えるようになったわ笑。曰く「何十年もかけて育てたお花畑」を踏み荒らされたくない…わかるし、でも言いたいこともある

*6:GLAYバージョンでも聴きたくなってしまった

*7:さっちんが床を攻めていたので角度的にあまり見えなかった…!

*8:声が出ない、サビを三度下げ=コーラスの音程で歌うなど。去年のレポ読んでね

*9:ゆうこりんの流麗な両手の動き、ドラゴンかなぁ?

ミュージカル「東京ローズ」感想〜6人で歌い継ぐ、たった1人のアイバ(2023年12月15日夜・新国立劇場小劇場)

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千秋楽が終わってしまいましたが、駆け込みで感想を上げます!

 

 

観に行こうと思った理由

この作品のことを知ったのは、たぶん「ラグタイム」で頭がいっぱいだった頃。私はもともとミュージカル全般にアンテナをはれているタイプではありませんが、「あ。これは観たいな」と思って一般発売日をスケジュールに入れたのは、次のような理由からでした。

藤田俊太郎さんが手掛ける、人種差別を描いたミュージカルだから。

今年9月の「ラグタイム」初日、私は頭を殴られたようなショックを受けました。苦しくて目をそむけたくもなり、あまり楽しむ余裕がありませんでした。それでも観劇を重ねるなかで、作品の強靭な魅力、演者の優れたパフォーマンスによって今まで感じたことのない感動を抱くようになり、大千穐楽まで追いかけて、「ラグタイム」はとても大切な作品になったのです。こんな体験をまたしてみたい。藤田さんの作品なら、できるかもしれない。そういう気持ちで「東京ローズ」を観ようと決めました。

発売日、平日ソワレ(19時ありがたや)に狙いを定めてチケットをとり、赤いバラの茂みにオーディオケーブルが絡みつく示唆的なメインビジュアルに想像を膨らませながら、観劇の日を楽しみに待っていました。


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観客を強く巻き込む、音楽、脚本、演出の力

スリリングな音楽

着席すると、2階建てのセットの中央には星条旗、その奥(2階部分)にはオーケストラピットが見えています。開演し、演奏が始まった段階で手間に幕が降ろされ、終幕までオケは姿を現しませんでした*1

しかし、本作のオーケストラの特異な編成は、冒頭で目撃した「見た目」よりも実際の演奏で強く印象づけられます。「あれ??音階を奏でる楽器、ほぼ無くない???」。のちにパンフレットを読んで「ピアノ、ベース、パーカッション✕2」という尖りまくった編成だと知ることになりますが、オープニングナンバーの「ハローアメリカ」でフロアタムの響きに飲み込まれそうになりながら、パーカッション偏重の意図を何となく察することができました。これは本作を貫く緊張感になくてはならない要素だったからです。

 

引き込む脚本、巻き込む演出

そうしてずっとスリリングな音楽に包まれながら、観客はずっと「アイバはこのあと一体どうなってしまうのだろう?」という気持ちで集中を切らさずに見つめ続けることになります。歌唱以外のお芝居の分量もそこそこ多い作品なのですが、どの場面も強い印象を残しました。冒頭の裁判シーンでは、原田さん演じる検察官のデュウォルフ、森さん演じる弁護士のコリンズが、敵対しながら客席に向かって熱く呼びかけます。陪審員のみなさん!!」。私たちはここで明確に作品世界に巻き込まれてしまいます*2そこから本編である時系列の回想が始まり、「アイバは本当に裁かれなければならないのか」を念頭にストーリーを追うことになるのです。戦争が始まって日本からアメリカに帰れなくなったとき、アメリカ国籍を捨てるよう迫られたとき、マイクの前に立つことになったとき、インタビューを求められたとき…。アイバはどういう立場に置かれて、どんな気持ちで、何を考えていたのか。常にそれは舞台から的確に伝わってきて、ラストまで私の心を引きつけ続けました。

 

6人のアイバたち〜演じつないで、ひとつになる

「アイバを6人で演じつなぐ」という仕掛けについては、アイバの演者の交代がわかりやすく、また実際の写真に基づくアイコニックな見た目も奏功していたと思います。観ていて混乱したりはしませんでした。

そして歌声の素晴らしさには目を見張るものがありました。まず、冒頭の「ハローアメリカ」。幕開きが6人によるアカペラで度肝を抜かれ、さらにフォーメーションダンスも交えながらのパワフルかつリズミカルな歌に心を鷲掴みにされます。そして劇中を通して繰り返された二重唱、三重唱の数々。オケに管楽器などが含まれないぶん歌声の密度が際立つし、それぞれに高い技術とさまざまな声質の組み合わせで、どのシーンのどの歌も、耳が洗われるようでした。どうしよう、私の耳、この日を境にめちゃくちゃ贅沢になっちゃったんだけど。

ここからは、アイバを演じた順に1人ずつご紹介します(私なりの感想です🙏)

 

Aアイバ:山本咲希

冒頭の裁判シーンから、日本渡航までのアイバ。ほぼ等身大と言ってよいであろう山本さんが、向学心に燃える若きアイバをいきいきと体現します。その後、内気そうな「ケンキチ」なども演じながら、最後にたどり着いたのが「ハナ」、ラストシーンのアイバに寄り添う(おそらく)日系人の若い娘。この“一周回って”次の世代につながる配役が非常に重要でした。山本さんが担ったのは、この作品を通して込められた「未来への希望」。大学在学中という彼女の清新な歌声は、そのままミュージカル界の未来を照らしてくれるようでした。

 

Bアイバ:鈴木瑛美子

来日後、叔母の家でAアイバとバトンタッチして登場。今夏の「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」のカッコいいラ・ショコラ役が記憶に新しいですが、今作では繊細かつ翳りのある歌声を味わうことができました。ちょっとハスキーな声はほのかな郷愁を誘い、異国で不安を抱えながらもアメリカ人」としてのアイデンティティを諦めないアイバの芯の強さを伝えます。その決断が飯野さん演じる「叔母さん」との別れにつながるのですが、肉親へのやわらかな愛情がこもったデュエットには泣かされました…。

ジョージ前半のシルビアさんから受け継いだ最後の「パパ」も印象的。老いに加えて戦争と差別による長年の疲れがそのジャケットの肩にずっしりと載っていて切なかったです。

 

Cアイバ:原田真絢

ラグタイム」にも出演していた原田さん。Cアイバは同盟通信社から登場し、1幕ラストの「みなしごアン」の熱唱で観客を圧倒します。しかし原田さんがほぼ全編を通じて演じ続けたのが、アイバを責め立てる役柄でした。まず最初と最後に出てくる同一の裁判シーンでの検察官デュウォルフ、そしてほとんど騙すような形で“言質”を取った記者のクリフォードです。アイバをスケープゴートにするクリフォードの独白シーンはソロダンスの見せ場でもあり、ショーアップされていてとてもカッコいいのですが、天下を取ったようなあの高揚も、戦争が作り出したものなんだなぁ…と思わずにはいられません。こうして原田さんの演じた役がアイバを追い詰め続けたからこそ、最後に同胞としてアイバに詫びる役回りもあってびっくりするのです*3「人間はどちらの立場に立つこともできる」ということも、また真実なのだと思います。

 

Dアイバ:飯野めぐみ

飯野さんの役柄チェンジは、その濃厚な存在感によりセット転換か!っていうくらい場の雰囲気を変える力をもっていました。最初の「ママ」を経て「叔母さん」役で*4モンペを履いた慎ましい姿が似合っていて、愛情を込めて「いくこちゃん。」と呼びかける日本人の中年女性の声の出し方にも説得力がありました。だから、甘ったるい雰囲気を放つ同盟通信社の「ルース」として再登場したときはびっくりしたのです。パンフと引き合わせながら書いていて気づいたのですが、飯野さんは6人の中で最も多く女性役を演じたキャストだったのですね。

パワフルかつフェミニンな要素を担ってきた飯野さんが担当したのは、もしかしたら一番短いかもしれない、Dアイバでした。ある意味もっとも“陽キャ”なアイバがアメリカの勝利を無邪気に喜ぶ姿は、広島に親戚をもつジョージとの対比で残酷に映りました*5

 

Eアイバ:シルビア・グラブ

とても長い時間、アイバを演じたシルビアさん。相当のキャリアと知名度を持つ彼女がこのオーディションに参加し、「Eアイバ」を担ったことが1つの奇跡のようだと感じます。佳曲ぞろいの本作でしたが、あえて“最も重要なナンバー”を1つだけ挙げるなら、私は2幕の「集中業火の中で(Crossfire)」だと思います。アメリカで差別にさらされるアイバの絶望が詰まった1曲です。「♪アメリカ人の子か、日本の孤児か…」この歌詞を、2つの国にルーツをもつシルビアさんが歌っているという事実にも感情を揺さぶられます。シルビアさんが演じた切実なアイバのありようは、心の奥深くに楔を打ち込んでくるようでした。一方で、1幕でBアイバに国籍を捨てるように迫る「特高の藤原」の威圧感にも震えたし、どこか品のよさを備えたカズンズ役も素晴らしかった。どの出番でも経験値とオーラをひしひしと感じ、流石の一言でした。

 

Fアイバ:森 加織

冒頭から一貫して弁護士のコリンズを演じ続けた森さん。クレジットによると、アイバ以外に1つの役しか担当しなかったのは彼女だけ。コリンズは回想シーンにうまく絡むことでストーリーテラー的な機能も果たしていたのですが、終盤が近づくにつれて、だんだんと気になり始めたことがあります。森さん、いつ、どうやってアイバになるの…???ある意味固唾をのんで見守っていると、本当に終盤に差し掛かって、コリンズがアイバ(=Eアイバ、シルビアさん)に敬意を表しながら退場(史実では死去)。そして、父から受け継いだ店「トグリ・マーカンタイル」の店先に、メガネをかけた還暦頃のFアイバが姿を現すのです…!力強く人情深いコリンズ弁護士を経て、誰のことも恨まずに「ただ息をする」、穏やかなアイバがそこにはいました。この切り替えには相当の集中力がいると思われるのですが、主役としてきっちりと物語を閉じる、短いけれどとても重要なアイバでした。

 

まとめ:東京ローズの“種”がもう芽吹かないように

時計の音だけが響く中ゆっくりと暗転する、静かな終幕。カーテンコールではそのまま6人が列になり、さらにオケの4人も加わって、改めて「たった10人しかいなかったんだ」ということに驚かされます。

「全員歌がうまかった」という賛辞はすでに出尽くしていますが、私はずっと、6人のパフォーマンスから滲み出る真摯さにも感動していたように思います。登場した役柄の多くは男性でした。戦争だけでなく男性中心の社会もまた、アイバを翻弄してきたのです。さまざまな役を演じながら女性キャストどうしが見つめ合って歌うシーンの数々は忘れがたく、これがシスターフッドでなかったら何なのだろうと思いました。

しかしこの「6人で演じつなく」手法がイギリスの初演時からのものではなく藤田さんのアイデアと知ったときは、椅子から転げ落ちそうになりました。「ラグタイム」ではアンサンブルが目まぐるしく人種間を行き来し、「東京ローズ」ではほとんどのキャストがアイバを攻撃、迫害する役回りも担いました。両者のスタイルが訴えかけてくるのは、やはり「人間は差別をする側にも、される側にもなる」ということなのです。藤田さんが差別を描くことに関心を持って足を運んだ私は、1つの答えを得たような気がしています。

 

帰りがけにエントランスの最も大きいポスターを振り返ると、「WHO IS TOKYO ROSE?」のキャッチコピーが改めて鋭く問いかけてきます。ほんとうはたくさんいたはずの「東京ローズ」、でも勝手に呼ばれていただけの「東京ローズ」、だからこのアートワークのバラは1本ではなく鬱蒼とした茂みでなければならなかったし、そして色も絶対に「赤」でなければならなかったのです(星条旗と日の丸、女性、生贄、戦火、などのイメージとして)*6

オープニングナンバー「ハローアメリカ」の歌い出しは次のようなアカペラでした。「♪東京ローズと呼ばれた アイバ・トグリの名前 知りたいのなら 聴いて」。2023年の日本で知ることができてよかったし、ぜひとも再演が叶ってほしいと思います。戦火が止まない、差別がなくならないこの世界で、東京ローズの“種”がもう芽吹くことのないように。

 

 

「ハローアメリカ」のアカペラは、この冒頭で聴けます↓


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このインタビューも必読でした!*7

natalie.mu

 

 

 

*1:「こんな感じでやりますよ」とオケの姿を明かしてからあとは隠すという順番、ラグタイムのときと逆ですね!

*2:観客をその場の群衆などに見立てる演出は特段珍しいものではありませんが、明らかにそういう意図を持って演じられていたと感じます

*3:クレジットになくて、時間もたってしまって自信がないけれど、髪をおろして一瞬だけ登場しましたよね…?

*4:姉妹なのだから同じ人間が演じるのはよく考えたらなるほどだった

*5:このえみこさんも本当によかった…!

*6:アートワークも素敵でしたが、パンフも理解につながる情報満載で、なかなか読み終わらずに嬉しい悲鳴でした。これが800円って嘘でしょ??

*7:私の記事では「フルオーディション」について字数を割いてはいませんが、一般的なオーディション事情をこのインタビューで知り、こんなに実力のある人たちが必ずしも活躍できるとは限らないのか、と考え込んでしまいました。一方で私は普段はキャストを道標に作品を選んでいるから…うう…(以下1万字)。しかしそれは私の中で確かなドミノも起こしていて、芳雄さん→藤田さん→東京ローズなんですよね…(以下1万字)。とにかく観に行けたことはよかったし、ピンときてチケットをとった自分を褒めておきます👏

ミュージカル「LUPIN」感想〜創造のマントをひるがえして(2023年11月25日夜・帝国劇場)

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「どこが(いちばん)好きだった?」

その夜、アフターで訪れた有楽町のガード下でそう聞かれた私は、箸を置いて一瞬考え、こう答えました。

「みんな楽しそうだったところ!」

 

というわけで、すでに御園座公演が始まっておりますが、帝劇での感想を残しておきます。

 

※1回しか観られていないので間違いがあったらすみません。また、私個人の主観による感想です。

 

 

開幕まで

まずこの日(11/25夜・おけぴ観劇会)の前に、ネタバレを避けていなかった私が得ていた情報はコレでした。

リボンが飛ぶらしい。

何より初日の時点で、公式やメディアから流れてくる舞台写真の情報量が多すぎて脳みそがパンクしました。カット数が多いという意味ではもちろんありません。

着席してみると、舞台上にはマントを模したミニマルなセットがありました。その上部に据えられている蝶ネクタイ。も、もしかしてアレがアレする……??*1

 

わくわくしながら幕開けを迎え、登場したのは、真彩希帆さん扮するクラリス。最初のナンバー「願いが叶う日」の美しいソロにすっかり魂が洗われて、私はごく自然に「あ、今日の観劇は、この人の歌声についていこう」と決めていました。結果的にそれは大正解となりました(後述)。

 

各キャラクターとの出会い&印象

クラリス(真彩希帆):観客を導いてくれる「白いバラ」

主人公はもちろんアルセーヌ・ルパンその人なのですが、クラリスを頼りに観劇するのは正解でした!だって主人公を筆頭にいろんなキャラクターが観客を幻惑しまくるから指針となる人が必要だったのです。真彩希帆さんは安定した歌声でその役割を担ってくれました。摩訶不思議な作品世界を、白いバラを掲げながら先導してくれるかのようでした。全部のドレスがめちゃくちゃが可愛くて、特にジェーブル伯爵から贈られたドレスには女子の夢が詰まっている!*2

人物造形もよく考えられているように思います。女性参政権運動も登場するなか、自立心を強く持つキャラクターは令和の観客にとっても共感しやすい設定でした。一方で、「純潔」を連呼するキャラでありながら、ジェーブル伯爵邸でめざめて「ちょっと物足りない…かも」と小首をかしげたり、ルパンに唇を奪われて「怒らなくちゃいけないところだけど…素敵だったぁ…」ととろけてみせたり、こういった正直なところも、また令和っぽくて悪くないな!と思いました。愛嬌と可憐さのバランスが絶妙だったと思います*3

なお、前述のアフターで「なぜクラリスはボーマニャンに誘われるまま奇巌城について行ったのか?」という議論があったのですが「本作の登場人物に合理性を求めてはいけない」という結論で解散しました!

 

ボーマニャン(黒羽麻璃央):フィクショナルな役をリアルに演じる力

大好き。どこをとっても天下一品の悪役で、そこにルキーニの経験が流れ込んでいるのは明白でした。夜会でクラリスの手を取ろうとして目の前でヴァルメラ(=ルパン)にかっさらわれてしまったときの憤怒の表情とか最高です。黒羽麻璃央はやっぱり眼球、とりわけ白目の使い方がうまいのだ!!

黒鷲団のシーン。事前のネタバレでどうやら中二病っぽいぞ、ということは把握しており「俺はルシファー」というフレーズも目に入っていたのですが、まさかそのまんま「俺はルシファー」って歌うとか思わんやん???しかしながら彼ら黒鷲団*4を従えてのソロは文句なしにかっこよく「者ども!」というガラの悪い号令も板についていました。主人公に対して「ちゃんと立ちはだかれる」ことは悪役にとっては至上命題。そこに関してはまったく問題なく、若さと押し出しの強さが両立していて頼もしく思いました!

そして何より好きなのはクライマックスの奇巌城での大絶叫「卑怯者には卑怯者の矜持があるーーーッ!!」です。私、悪役には目がないのですが、今後、卑怯者の自覚をもつナイスな悪役といえば私の中ではばいきんまんorボーマニャンの二択になりました。あっけなく海に落下してジ・エンドでしたが、ばいきんまんが空にぶっ飛んでキラーンって消えるようなものですよね(もちろん憎めない悪役として例に挙げております)。

フィクショナルで馬鹿馬鹿しい役を地に足をつけて具現化できる、素晴らしい役者さんだなぁと改めて思いました。立っているだけで華があるし、場の空気をしっかり握れる。歌も上手いし声もデカイし、まりおくんにはまたミュージカルで再会したいなと思いました。

私的には必死に岸まで泳ぎ着いて助かったルートも信じたい。ガタガタ震えながら「覚えてろよーーーーッ!」って叫んでてほしいな。

 

カリオストロ伯爵夫人(柚希礼音):私のオペラグラスを盗んだのはあの人です

レオナールを伴ってジェーブル伯爵が夜会に現れた瞬間はちょっと忘れがたいです。うん、まず、小池先生、そこに階段を作ったんですね(真顔)*5。一歩階段を降り始めるやいなや、私の全オペラグラスが強奪されました。そりゃあ柚希礼音さんがどんなお方か存じてはいました、存じてはいましたけれど、これ(=黒燕尾で階段を降りてくる)に免疫のない私が無事なわけないじゃないですか!!階段を降りきってからのダンスも、オペラが眼窩にはまり込むくらいに食いついて観てしまいました。クラリスに対する「僕は女性を尊重しているんでね」というセリフも、あとから考えれば重層性があって印象的です。

ブランクを感じさせない“男役”ぶりに感嘆しつつも、女性の姿を現してからはその妖艶さにも目を見張りました。所作やステップに他の女性陣とは一線を画す貫禄があり、ルパンを圧倒する役回りとしてとても説得力がありました*6

ところで、カリオストロ伯爵夫人の二面性、神秘性はサブタイトルになるほど重要なテーマだったわけですが、本当の意味でのタイトル回収は最後の最後で行われました。カリオストロ伯爵夫人は、実は何者でもなかったのです…!レオナールに漕がせる小舟に乗って、上手から下手へたっぷり移動しながら愉快そうに観客に種明かしをしてくれるブリジット嬢。最後はジャケットをブンブン振り回して、下手の袖に小舟が吸い込まれても「オーッホッホッホッホッ!!」と高笑いが聴こえてきます。マイクが切られてないのが面白すぎるんよ。

しかしですね、何者でもなかったとしたら、あんなに華麗に男装して大立ち回りを演じて普通に強くて、やっぱりあんた何者なのよ?と思うのでした。

 

シャーロック・ホームズ小西遼生):私の腹筋をちぎったのはあの人です

本作は開幕からずっとじわじわ面白かったのですが、ホームズがハートを盗まれて以降、これは笑っちゃってもいいぞ!!と自分の中で蓋がとれて、よりほぐれた気持ちで楽しむことができました。いやホームズ笑笑。

クールなのにイケボなのに、そうであればあるほど面白くなってしまう。あんなにめちゃくちゃやっておきながら、五指をあわせて口元に添えるホームズの象徴的なポーズはちゃんとおさえてくる。挙句の果てには女装を見破られて「クオリティだ!クオリティに差をつけられた!!」。こんなの最高すぎてゲラゲラ笑い転げながらライヘンバッハの滝にダイブしちゃうでしょ。

この面白さは、小西さんの生来のカッコよさと生真面目な演技プランによって支えられていたことは言うまでもありません。憮然としてハート作るの面白すぎるのでやめてください!!笑

 

レオナール(章平):本作の癖(ヘキ)を支える忠実な下僕

ジェーブル伯爵に影のように付き従っていたレオナールが少しずつ存在感を増してきて、おや、けっこう重要なお役目なのでは…?と注目するようになりました。まず体格がいい、そして強い!!そしてルパンが伯爵夫人の手に落ちてからの殴打シーン。上裸です、ムキムキです、そしてサスペンダーです。このとき私は、レオナールもまた癖(ヘキ)だらけの本作で重要なピースを占めるという確信を得たのでした。説明不要ですけれど、ここには伯爵夫人の男装だったりアネットちゃんだったり、このシーンで縛られた古川ルパンも含まれます。

最後は主従萌え(これもまたヘキ)でハッピーエンド寸前までいったのもお楽しみポイント。これから2人は追われる身となるのでしょうが、ここは伯爵夫人のタフネスを活かしてアメリカで元気にオンボロ珍道中逃避行を続けていてほしいです。

 

ガニマール警部(勝矢)&イジドール(加藤清史郎):舞台を走り回る“ルパン盛り上げ隊”

ルパンを追う立場なのでとにかく走ってるイメージなのですが、「痛くもない腹を探られる」って言いながらお腹をつかんでみせる勝矢さん、おもしろすぎてずるいです笑。そして清史郎くんはとにかく俊敏で、しかも他のキャストと重ならない、なかなかいい声。小気味良い立ち回りもフレッシュで、見ていて気持ちがよかったです!

この2人のキャラクターの重要な印象については後述。

 

アルセーヌ・ルパン(古川雄大):“天衣無縫”の体現者

さて、ようやく主役にご登場いただきましょう。何より眼福だったのが、ルパンがたくさん踊ってくれるところです!エリザで独立運動のダンスをもっと観たいと思っていたので叶えられた気持ちです。センターで踊るのも、変装で周囲に紛れて踊るのもどっちも楽しめてお得でした。

魅力が最も詰まっているのはやっぱり正装でのテーマソング「Je m'appelle LUPIN」かなと思います。ヒーローが名乗りを上げるナンバーって痛快ですよね。名乗りっていうか本当にジュマペールルパンって言ってるので…。マントをひるがえしてセンターで歌って踊る姿の景気のよさ!スター性をいかんなく発揮する古川さんにただただ夢中になればいい時間で、レビュー的な側面が強いけど、そこがいい。この曲は音楽面でも、ギターリフにルネッサンス期の宮廷音楽みたいなパーカッション*7が重なる冒頭も面白いし、コーラスの「♪か・い・と・う!紳士ルパン!」とか中毒性ありすぎだし、サビではドラムが刻むベタなフレーズ「ドンパンドドパン」がたまらないし、「♪ゆるしーはしなーい」パーラパッパー!🎺って金管が追いかけるのも大好き(伝われ)*8。何より適度にクサいメロディが古川さんの甘いヴォーカルに合っていると感じました。

「Je m'appelle LUPIN」には「天衣無縫」という歌詞が出てきますが、それはルパンというよりも古川さんを表して書かれた言葉なのかもしれません。

 

本作独特の魅力について

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とにかく「なんか見たことないやつを見た」に尽きるので、どういうことだったのか一生懸命考えてみました。

 

モダナイズ〜クセになる「今っぽさ」

まずは、妙にクセになる「今っぽさ」。夜会服で着飾った男女が首のアイソレが強調されたクールな振り付けでビシバシ踊っていたり、ガニマール警部のラップ風の歌詞があったり(これはあくまでも「ラップ風」なのがミソ)、20世紀初頭を舞台にしていながらちょっと現代風にスライドさせた味付けが気になります*9。下半身が固定されたアネットちゃんの上半身のみの振り付けは、パラパラっぽくもあり、TikTokで流行るダンスのようでもありました。Chu! 可愛くてごめん。かと思いきや、完璧にクラシカルな振り付けもあって女性ダンサー3人の優美なアラベスクにうっとりさせられたりもして、帝劇に来た観客の「こういう衣装でこういうのを見たい」も急に叶えてくれたりする。音楽面では妙にTKサウンドっぽいなという場面もあったりして、これを交互に繰り返されると観客の脳はいい感じに溶けていきます。

 

ジャパナイズ〜イメージの蓄積がもたらすもの

そしてもっと重要なのは「日本っぽさ」。もちろん和風にアレンジされているという意味ではありません。私個人の印象ではありますが、ガニマール警部は銭形警部を、イジドールは江戸川コナンを彷彿させるところがありました。これはどういうことだったのか。

そもそも「ルパン三世」の銭形警部はガニマール警部を置き換えたもので、「名探偵コナン」には少年探偵、高校生探偵という概念を含め、西洋の名作ミステリの要素が散りばめられています。当然ながら、彼らは「ルパン」や「シャーロック・ホームズ」などを下敷きに日本で生まれた存在でした。

その元ネタともいえるガニマール警部やイジドールに本作で出会ったとき、日本で蓄積されたパスティーシュ/パロディのイメージを通さずに受け取ることは、私にはもはや難しかったのです。でもそれがとても楽しく新鮮でした。パリが舞台ではあるけれど、どことなく日本っぽい味がして食べやすいような…。これが私が考える「ジャパナイズ」の部分でした。

既存コンテンツのイメージを逆照射させることはもしかすると作り手も織り込み済みかもしれず、他の例を挙げるとヴァルメラはちびまる子ちゃんの花輪くんだったし、ルパンはある意味セーラームーンのタキシード仮面だったような気もします。私がそう思っただけですが!笑

 

まとめ:荒唐無稽かもしれないけれど

くだんのリボンに電飾が灯り、1幕のラストナンバー「飛翔〜本物のルパンは捕まらない」がはじまったときは、待ち構えていたとはいえ、やっぱり「♪俺は飛ぶ(物理)」に爆沸きしました。やっぱりこれは座長公演なんだなと。私はエンタメが振り切れる瞬間を愛していて、映画ではキングスマンの威風堂々🎆、バーフバリの船🦢、シン・ゴジラ無人在来線爆弾🚃などがそうなのですが、そのコレクションにぜひ加えたいと思いました。
クライマックスも「なんなんだ!?」っていう展開だったけれど、宝箱を開けたら金銀財宝ザックザク、とか、決闘中に転がって隠し扉を開けちゃう、みたいな冒険活劇にお約束の展開も楽しかったです*10。演出面も、岩場をチョロチョロ降りてくる宝箱の地味アニメとか愛嬌ありすぎてずるい。笑

「いまだかつて見たことがないルパンをお届けできたのではないでしょうか」。11/25の貸切カテコで古川さんにそう語りかけられ、これについては「本当にそう」というのが感想でした。でも、「まだ誰も見たことがないものを作り上げる」のは、やはり尊いことではないでしょうか。一番最初に書いたとおり、芸達者なキャストがみんな楽しそうにやっていたのもまた素敵でした。小池先生自身がパンフレットで「荒唐無稽」と表現していましたが、そこも含めて他に類を見ない、創作っていいなと思わせてくれる演目でした!(♪誰!にも!縛られずにっ!!)

以上、1回限りの観劇となりましたが、感想でした。ルパンの予告状が届いている各地(=地方公演)でも、引き続きハートがたくさん盗まれることお祈りしたいと思います。アデュー!

*11

 

*1:これについてはネタバレなしで体験できたら一番よかったのでしょうけど、私はネタバレ避けてなかったですし舞台写真にも上がっていたのでね…!

*2:これ、本当は同性であるカリオストロ伯爵夫人が見立てたと思うとキュンとしますよね。娘役さんにプレゼントするスターさんみたいで…

*3:ルパンの手でジェーブル伯爵の正体が暴露されるシーン、「あなたは女性!?」ってカツラを握りしめてオロオロするクラリスも面白すぎるよ

*4:名前をちゃんと把握するまでルシファーボーイズと勝手に呼んでました。なお、黒鷲団の推しメンは美麗さんです♡

*5:関係ないけどステージ奥に絶対に階段を作るうちのタースー(及川さん)のヘキ(宝塚大好き)も改めて感じるなどしました

*6:偽ルパンのアクションシーンも見応えがありましたが、殺陣の最中にルパンと背中合わせで短く言葉を交わす演出がマンガ的で最高でした

*7:似てると思った曲:Cancionero de Palacioの中のこの曲の0:55付近からRodrigo Martinez - song and lyrics by Anonymous, Accentus Ensemble, Thomas Wimmer | Spotify

*8:気持ちよく音がつきぬけてきて、やっぱりオケピがそこにあるっていいなと思いました。あとオケにサックスがあって大歓喜!2階席にいてもタンギングまでしっかり聴こえてきて嬉しかったなぁ

*9:今っぽさは自立心ゆたかなクラリスの造形にも関係がある

*10:子供の頃に見ていたモンタナ・ジョーンズ(もちろんインディ・ジョーンズのオマージュ)というアニメが好きでした

*11:なお本作には全く関係ありませんが、本記事はベートーヴェンの初日&2日目のチケをインフルでダメにした悔しさを療養期間中に思いっきりぶつけながら書きました(熱が下がってから)。書くタイミングを失っていたので書き上げられたことはよかったです。うう。

「祝・日比谷野音 100 周年 日比谷ブロードウェイ with WOWOW 芳雄のミュー【日比谷のミュー】」レポ〜夜空の下で心を通わせて(2023年10月22日・日比谷野外音楽堂)

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たのしかった〜!

配信もありましたし、セトリも公表されていて、このあと放送もあるので、記憶にはまったくリソースを割かずにシンプルに満喫してきました*1。現地での雑感としてサラッと書きます!

 

 

開場まで

習い事を終えて急いでグッズの購入へ。15時過ぎに霞ヶ関駅につき、日比谷公園方面のB2出口を目指します。

通路を進んでいくと少しずつ聞こえてくる、音漏れ特有のズン…ズン…という低音。

わぁ、こんなに聴こえるんだ。今は何の曲のリハかな…?

 

 

 

 

あっ…もしかしてこの曲は………!!!! よりによってあの曲では…!?

(階段を登り始める)

豪華メンバーだったよね、誰がどのパートを歌うんだろう…?

(さらに階段を登って地上へ)

 

 

芳「♪そばに〜いてやろう〜〜」

 

 

階段を転げ落ちるかと思いました。

 

開演まで

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ゲートの前。

カフェで時間を潰し、ほどよいタイミングで入場。同じ秋空の下なのに、野音のエリアに入ると澄んだ緊張感があって気分が高まります。

木のベンチにグッズのレジャークッションを広げて座ってみると良い感じ。尻への課金は正解だった…!

よりによって今日から気温が下がる予報で寒さだけは心配だったのですが、お客さんに挟まれてほどよい熱気を感じ、少しも寒くないわ。

 

開演少し前にビルの背後から上弦の月が姿を現し、夕空に流れる絹雲がほんのひとときだけピンクに染まりました。

さあ、いよいよ開演です!

 

ちなみに、発表されたセットリストは以下の通り(ただし演奏されなかった曲あり)

 

本編!(抜粋)

※休憩なし。以下のパート分けは、勝手な名付けです!

開幕〜ソロパート

  • 「Falling Slowly」であたたかいムードを広げながら、メンバー登場!芳雄さん、黒のハイネックに薄いブルーのセットアップ!ジャケットもパンツも裾がフレアでかわいい。
  • 紹介や挨拶のあと、芳雄さんと甲斐翔真くんがステージに残り、ムーラン・ルージュ!の記憶もまだ新しい「Shut Up and Dance」へ。甲斐くんは仕立てのよさそうなグレーのロングコートを颯爽と羽織ってステージ映えしまくりです。
  • しかも歌の前、ティーンの真似で手をスッと伸ばして「Shat up…and dance with me(キリッ)」とやってみせるというお茶目さ(なお、歌い終わった後にその話になり芳雄さんの肩にダイレクトに触れてもう1回やってた😂翔真サティー爆誕
  • ここでスタンディングのサジェストがあって、楽しく体を動かせました*2。これは劇中でもウズウズしちゃうダンスナンバーだったのでうれしい!サビに簡単なステップの振りがつけられていたのも印象的で、2人がジャケットとコートの裾をなびかせて踊る姿がたまりません。
  • この後はソロ(orデュエット)のパートへ。トップバッターの甲斐くんは袖に向かう芳雄さんの背中を心細げに見つめて「自分ひとりで大丈夫かな…」というような呟き。それを受けて芳雄さんが一言返そうとしたら既にPA操作がされていて「マイク切れてるわ」(←オフマイク)。正面に向き直った甲斐くん、井上芳雄さんのマイクが切れてるの初めて見た…」
  • イタリア歌曲の「Volare」は、むか〜し発泡酒のCMで耳に馴染んだ曲でしたよね。歌いながら上手から登場した田代万里生さん…イタリアの貴族だった。シュガーさん共々、美声と圧が本物すぎた…。
  • 特に感銘を受けた曲その①「星から降る金」。私は「モーツァルト!」は未履修なのですが(ベートーヴェン前には円盤を買うつもり)、バイマイで1回だけ聴いたことがあり、なんて美しい曲なんだろうと思っていました。そして今日、澄んだ夜空の下で島田歌穂さんの歌唱に耳を傾けていると、意味とか理由を超えて、静かに涙が湧き出てきました。
  • その②は(記事ではセトリ順が前後しますが)Bohemian Rhapsody。これ、まさに先日ボストン・ポップス・オーケストラのコンサートで聴いたもので、そのとき芳雄さんが日本でこれを歌えるのは中川晃教さんくらいだ、と言っていたのですが(詳しくはレポにて)、本当に衝撃的でした。冒頭の歌い出し、どう見てもアッキーさんはステージに1人しかいないのに、まさに多重録音のような不思議な聴きごこちがありました。これはシンセサイザーの効果もあると思うけど、それにしてもびっくりした。
  • アッキーさん、シャイン・ショウ!の「楓」でも思ったけど、どうも他の人にはないイリュージョンみがある気がするんですよね…芳雄さんはどんなに遠くても「めちゃくちゃ届く!圧がすごい!」って思うけど、アッキーさんは「は??なんか本体が近くに来てない??」って思う。なんだろうこれ、もっと聴いてみたいな〜。
  • 「世界が終わる夜のように」は甲斐くんと屋比久ちゃんのデュエットでした。見つめ合って歌う2人の身長差に萌えました。
  • 夕暮れ時に始まったコンサートもあっという間に闇に包まれ、客席で色とりどりのペンライトがきれいに光っていました。*3

 

エリザベートパート

  • いよいよ固唾をのんで迎えたエリザベートからの2曲。闇広は事前に解禁されていましたが「夜のボート」は今回配られたセトリで明らかになったもので、私は誰が歌うのかちゃんと見ていませんでした。
  • 赤いドレスに黒いショールをプラスしてシシィの心情を歌う歌穂さん、深みがあって素晴らしかった…。そこへ万里生さんとシュガーさん、2人のフランツが両サイドから切なく語りかけ、夜空の下、愛とパートナーシップの悲しみが切々と染みてきます…。
  • と、そこへ、終盤になって階段の上に現れた芳雄さん。は???何????
  • 大混乱したのですが、歌声はフランツのパートに合流していました。たぶんトート閣下の顔で。私の情緒は終了しました。
  • そしていよいよ、甲斐くん・万里生さん・シュガーさん…と芳雄トートの「闇が広がる」へ。私はあんまりコンサートでオペラグラスを使わなくて、今回もたまに片手で持ってスッと覗くくらいだったのですが、ここにきてオペラグラス両手持ちでかぶりつき。
  • 1/30の博多座で芳雄トートに謁見できたことは本当に幸運でしたが、それで沼落ちしてしまった私は、「エリザベートを芳雄さんのファンとして観る」ことは叶っていません(そりゃあそう*4)。その念願が、半分くらい目の前で叶った気がしてめちゃくちゃ感激しました。
  • 3人のルドルフをまとめて立ち上がらせる芳雄トートの支配力。ほんとに9割オペラグラスだったのでステージングの全貌があんまりわかっていないのですが(シュガーさんは「がまん〜できな〜い!」「王座〜!」だけというのはその後のトークで把握した笑)、WOWOWでの放映を楽しみにしたいと思います🙏

 

芳雄のミュー&日比谷音楽祭パート

  • 亀田誠治さんをお迎えして、番組テーマソング「芳雄のミュー」。本当に楽しいナンバーで、あっという間に終わってしまうのが惜しくて、2番もあったらいいのになって思うくらいです(1分08秒しかないそうです。観覧レポ参照)。
  • 久しぶりにスタンディングのサジェストがあり、芳雄さんとシュガーさん、アッキーさんで銀河鉄道999。キラキラの名曲で、これまた夜空の下で聴くには最高な曲だし、体も動いてとても楽しかった!あと私、転がしに足を乗っけてる芳雄さん初めて見ました。かっこよすぎか。足長すぎか。
  • 先日のうたコンでの披露も素晴らしかった「雨が止んだら」桜井和寿さんが紡いだ美しい三拍子のメロディにうっとりします。Aメロの「それともこの傘をステッキにして踊る?」にあわせて、碓井菜央さん、宮河愛一郎さん *5といっしょに踊るやさしいステップが本当に好き(特に最後の足が上がるところ)。芳雄さんの衣装のフレアな裾がとてもよく合っていて、もしかしたらこの曲を中心に据えて選ばれたのかも?と思うくらいでした。
  • メンバー紹介では音楽監督の大貫祐一郎さんにひときわ大きな声援が送られて、芳雄さんが「ヒュ〜!とかやめてもらっていいですか」と観客を制する流れ😂私は初めて生の大貫さんを見られて興奮していたので多めに見てほしい😂
  • アンコールは「シャイニング・スター」。“東京の空には星が見えないかもしれないけどお客さんみんなが輝いているよ!”というトークを組み立てようとしていた芳雄さんに、万里生さんが夜空を指さして「ある!ある!」と星の発見を報告。芳雄さんは「見つけんじゃねえよ!」と全力でツッコミ笑。
  • 1人ずつセンターの芳雄さんと別れを交わしてはけてゆく演出に、じんわりと余韻を感じました*6

 

 

感想など

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万里生さんが指さしていたのは、木星でした。

 

そういうわけで、月や星もちらりと顔を出した東京の夜空の下、少しも寒くなく、体が縮こまることもなく、快適に楽しんで帰路につくことができました。セットリストも、タイトルに「夜」や「星」といった言葉を含む曲やシュガーさんの「時が来た」など(最高だった)、コンサートの意味やシチュエーションに重ねた選曲が素敵だったなぁと思います。

日比谷音楽祭についても芳雄さんや亀田さんの思いをじかに聴くことができ、まさに「人のつながり」が編み上げたプレシャスなステージなのだと思いました。私はミュージカル経験値低めですが、芳雄さんに出会ってこの1年弱に観たり聴いたりしたもののおかげで、「半分くらいはわかる」感じで楽しめました(もちろんまったくわからなくても楽しいと思うのですが)。これも、芳雄さんが地図を広げてくれたおかげです。

 

エンディングの1人ずつの挨拶で、甲斐翔真くんが「今日はゆっくりお風呂に浸かって、体をほぐして寝てくださいね」と言ってくれたのが心に残っていて*7、こうやって私たちは日常と非日常を往還しながらエンタメを楽しんでいくのだろうなと思います。

今日の思い出をまた11月の放送で反芻できるのを楽しみにしたいと思います。WOWOWさん、ぜひノーカットでお願いしますね…!あとミューのゲストに万里生さんを早く呼んであげて…ッ!

 

 

 

*1:この界隈の話ではないですが、私はこれまでワンマンショーのセトリとトーク内容を記憶して持ち帰ることに死ぬほど労力を使っていて、それってどうなんだろうと今日改めて思いました。うう。。。

*2:超コンパクトにリズムを取っております。こういうのが思うようにできるようになりたくてダンス習ってるところもあります。まだまだだけど、満足!

*3:ところで私、ライブについては育った界隈が特殊すぎて(トークとバラード以外ぜんぶ踊ってる)、ペンライトを振るタイプの現場は初体験。グッズのサイリウムを素人なりに楽しく振ってみたんですけど、客席を見ていると、色が変えられるペンライトだとデスノートで赤くしたりウィキッドで緑にしたりできるんだな!と察して、いいな〜私もやりたい!!🥺と思いました

*4:日比谷音楽祭のときは、どうしても闇広が見たくてU-NEXTに課金した

*5:お二人のダンスは傘の透明感とも響き合ってとても素敵でした

*6:歌穂さんの手の甲にキスする流れにキュンとしました

*7:非日常から日常へ優しくつなぐトーク、素晴らしいと思った。「お家に帰るまでが〇〇です」の進化系だよ!