完全に猫なのさ

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舞台「親愛なるレニー リーディング・トライアウト」感想〜物語を分かち合い、育てることの豊かさ(2026年9月20日・P.O.南青山ホール)

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『2026親愛なるレニー リーディング・トライアウト』(9/20〜22)の初日にうかがいました!素晴らしい作品の最初の観客になれて、とても嬉しく思っています。ここでは、トーク内容などはほぼ省き、公演の感想について書いていきます(レポはXにじかに書いております)。

 

 

構造について

誰が、何の役をやるの?

本編に入る前に、趣旨の説明とキャストの紹介を兼ねた短いトークが行われます。このとき、4人の配役が初めて明かされ、使用する小道具についても紹介がありました。

土居裕子さんは、文通相手の1人であった和子を主に演じ、このときに身につけるのはピンクのストール。糸川耀士郎さんは、そのパートナーであった礼二がメインの役で、目印は茶色いジャケット。大倉杏菜さんは主に彼らの娘の菊子をベストを羽織って演じます。そして、もう1人の文通相手・邦彦を演じるのが芳雄さんでした(小道具は特になし)。

特徴的だったのは、物語の1つ上のレイヤーに“地の文”があり、著者である吉原真里さんの調査の様子が描かれること。4人のキャストが交代でべっ甲の丸メガネをかけて、そのときは著者を演じているよ!という仕掛けでした(こういうときって性別なんて関係ないよね👍️)

芳雄さんは、「もし『こういうところがわかりにくい』とかあったら教えてほしい」と言っていたけれど、私自身は実際に観てみて、ちょっとした小道具で記号的に役柄をスイッチする仕掛けはわかりやすく明快だと思いましたし、演劇的な面白さを感じました。

 

結局はミュージカルなの?

配布されたA4の資料にはナンバーのリストがあり(M1〜M15)、すべてバーンスタインのもので許諾を得て使用されていると記されていました。「ということは、やっぱりミュージカルなのかな?」と思っていたら、ストーリーに合わせて選曲されたそれらの曲が、場面と場面の間に絶妙にはまっていきます。心情を歌い上げるミュージカルナンバーとは違うけれど、心情に寄り添う音楽として機能しているのだと思います。

『ウエスト・サイド・ストーリー』からの引用は私も知っている曲が多く、土居さんの美しい「♪I Feel Pretty」や糸川くん・芳雄さん・大倉さんが小気味良くフィンガースナップを鳴らしながら声を合わせた「♪Cool」などを堪能しました*1。『オン・ザ・タウン』は私は不勉強で知らなかったのだけど、「♪Lucky to Be Me」で芳雄さんが見せた幸福そうな表情がとても印象的でした。一方で、バーンスタイン本人が歌ったという「♪BIG STUFF」(バレエ『ファンシー・フリー』より)は、芳雄さんがそれを再現するように歌いました。左手をパンツのポケットに軽く引っ掛け、ざらついた低音をブルージーに。のちに振り返りトークで「めっちゃモノマネしてます」と冗談めかしていたけれど、そこにはリラックスした様子のマエストロが確かにいたと思います。

 

ストーリーについて

和子の愛、邦彦の愛

バーンスタインに心のこもった手紙を書き続けた2人の日本人、天野和子さんと橋本邦彦さん。物語は大まかに分けると、和子パート→邦彦パートの順に進みます。

和子パートでは、土居さんの演じる和子が「愛するレニー」と語りかけ、真心に満ちた言葉を紡ぐたびに心が震えました。ひたむきに相手の幸せと健康を願うこと、それこそが「愛」なのだと思いました。夫・礼二が亡くなる時期の交流は、静かに涙を誘いました。

そして後半から登場する邦彦は芳雄さんが演じました。最初の手紙の様子から浮かび上がったのは、ちょっと内気だけど心優しい、繊細な青年の姿でした。

でもどうか、僕のこの思いを重荷としないでください。だって、僕たちの関係をこれからも続けていきたいから。愛とかではなくたんなる友人としてでも。

吉原真里『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』アルテスパブリッシング,2022(P.144)*手紙の翻訳は橋本本人による

この最初の1通を皮切りに、4日間立て続けに書かれたという手紙。一途な愛が空回りする青年のいじらしさを芳雄さんがチャーミングに演じ、ここでは3通目あたりからちょっとしたくすぐりというか、笑いのポイントになっていました。でもね私2通目の時点で、もう泣いてたんですよね笑。芳雄さんが邦彦として愛を語る様子に心をつかまれて泣いてたので、あっここは笑うところなのか、間違えた、ってちょっと恥ずかしくなりました😂(間違っていたというわけじゃないけども)。

和子パートも邦彦パートも、後年、著者のインタビューに応じる場面が含まれます。そのときの落ち着いた年長者の声色と、手紙を書いていた頃の溌剌とした、あるいはナイーブな若者の声色を、2人とも見事に演じ分けていました。これよって、物語が内包する時間の長さが伝わるのだと思います。

 

ディアレスト・レニー

そして長い歳月が過ぎ、バーンスタインの晩年のエピソードから物語はクライマックスに向かいます。原作のさまざまな出来事を圧縮し、最終的には手紙だけを抽出することで、和子と邦彦が亡きバーンスタインに呼びかけるかのような形式にアレンジされていました(厳密には生前に書かれているんだけど、そういう効果を上げていたと思います)。

相手がこの世にいてもいなくても変わらない愛。芳雄さんが「ディアレスト・レニー、」と呼びかけたときから涙腺はもうダメでした。台本上この1箇所だけは英語(Dearest)が残されていることで、これが特別な、おそらく最後の1通なのだとわかり、何より芳雄さんのその声に深い愛情が込められていたからです。そこへ、橋本邦彦自身が翻訳を手掛けた『キャンディード』からの1曲「♪Make Our Garden Grow(畑を耕そう)」の歌唱が始まります。前述の最後の手紙だけ書き出しが英語(Dearest)だったのとは逆に、本作でたった1曲だけ日本語で歌われた歌でした。その日本語歌詞が感情の栓を吹き飛ばし、あとはひたすら涙に溺れることになりました*2。土居さんと2人だけで声が重なるところは「アイ・ラブ・坊っちゃん」を思い出さずにはいられなかったし、4人がフォルテで声を合わせるラストナンバーならではの迫力は、ミュージカルにおける影コーラスつきのそれと遜色のないものでした。ミュージカルではないけれどやっぱりミュージカルを観たような、深い感動と満足が残りました。

 

振り返りトークについて

バーンスタインその人を、どれくらい出すか問題

本編終了後は、挙手制で観客から質問や感想を受けながら、ピアニストの松田さんも交えての振り返りトークが行われました。このとき、トピックの1つになったのが、本公演では、バーンスタインはどれくらい本編にいるとよいのか?ということ。ゲネプロでカットされたというバーンスタインの言葉が披露されて、芳雄さんから「この言葉はやっぱりあったほうがいい?」と問いかけがあったりして、みんなでちょっと考えるような時間が新鮮でした。

終演後、改めて考えてみたのですが、私自身は今のところ、バーンスタイン成分、これくらいでちょうどいいんじゃないかなぁ?👌という意見です。なぜならこの書籍の礎となったバーンスタイン・コレクションに含まれる手紙は、往復書簡ではないからです。手紙の送り主が「親愛なるレニー」と敬愛を込めて呼びかけ続けるなか、マエストロが彼らにどのように応えてきたのかを、私たちはうかがい知ることができません。でも、登場人物の語りを聞いているうちに、観客は自ずと「どんな人なのかな」と想像を膨らませていくことになります。このことは、舞台ならではの魅力になり得ないでしょうか。

 

開かれたディスカッションに触れて

著名人の知られざるエピソードが明かされるとき、よく、その人の「真実」とか「実像」という言葉が謳い文句になることがあります。でも、この原作はそうではなく、真摯に書簡をひもとき、それらの差出人と信頼関係を結ぶことによって書き上げられたものです。音楽的な業績だけでは彼のことが語れないのと同じように、本作で浮かび上がる《レニー》という人物像もまた、和子や邦彦しか知らなかったごくプライベートな一面でしかありません。いち観客としては、2人の愛が描き起こしたマエストロの横顔を、音楽史に名を刻んだレナード・バーンスタインそのものと強く結びつけすぎずに、そっと楽しみたい気がしています。

一方で、やっぱりバーンスタインの言葉にもっと触れたいという意見もすごくわかります。例えば「人を愛することと、音楽を愛すること。それは私にとって同じことなのです」と結ばれる晩年のインタビューの言葉(P.369)などは、本作のストーリーにも共鳴しうるものだと思います。ここで書いておきたいのは、振り返りトークの場には、互いの意見やアイデアに興味をもち、認め合うような空気感が確かにあったということ。芳雄さんたちはとても真摯に耳を傾けてくれて、観客も発言者の言葉にうんうんと頷いたりして、まるで本当に、ディスカッションの中に入れてもらったような時間でした。リーディング・トライアウトと銘打たれたこの公演は、想像以上にインタラクティブで、そのことにも感動しました。

 

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インターネットやSNSの影響を受けずに生きることは難しい昨今。アルゴリズムのせいで分断や対立を目にすることも多く、人は違う意見を認め合えない存在なんだと絶望したくなります。そんななか、この作品について親密な空間でいっしょに考えられたことは、とても幸せな体験でした。そして、音楽、演劇、手紙、信仰などの要素がつまった原作本に芳雄さんが出会い*3、こうして企画が形になりつつあること自体も奇跡だと思います。

原作のどの部分を取捨選択するかでいかようにも育てられる作品だと思うけれど、4人のキャストとピアノだけで紡いだ今回のリーディング形式も、1つの魅力的な完成形であることは間違いありません。このトライアウトを経てどんなふうに育っていくのか、2028年の本公演を楽しみに待ちたいと思います!

 

 

 

 

*1:この曲、許諾を得るのが大変でなかなか歌えないそうです。そして糸川くんの指パッチンのタコがこの本番で潰れて、明日からは鳴らないって言ってました😂

*2:顔をぐちゃぐちゃに歪めて、顎まで涙を滴らせてこらえました。目立つ席にいたので、大げさにハンカチを使いたくなかったのです

*3:邦彦が劇団四季のオーディションに受かったという話は、あまりにもメタでほんの少し笑いそうになって、でも絶対意図しない笑いだから、観客みんながグッ…!と飲み込んだ瞬間が最高でした