完全に猫なのさ

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「レジェンド・オブ・ミュージカル in クリエ vol.8」レポ&感想〜アルトとアプローズ(ゲスト:前田美波里/2024年10月21日・シアタークリエ)

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長すぎた残暑から一転、急にぐっと気温が下がった日比谷の夜。

 

先月、ふいに届けられた「レジェンド・オブ・ミュージカル in クリエ」開催の告知。すでに書籍にもなったトークショーの続きがあるのは嬉しい驚きでした!(過去の回には全然間に合っていないので…)

 

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ちょっと個人的にしおしおしているタイミングだったのですが。予定を超えて1時間40分に及んだ公演が終わってふたたび日比谷の夜風に当たるころ、私はすっかり元気になっていたのでした。

心にみっちみちの栄養をくれた素敵なトークショーについて、レポ(雰囲気だけ)と感想を残しておきます。

※発言は意訳/ニュアンスです。調べながら書いたところもありますが事実関係に誤りがあったら教えてください!

 

 

 

オープニング

ステージ上には上演中のミュージカル「tick, tick...BOOM!」のセットがあり(この日はマチネ1公演)、その手前に上品なロココ風のソファセットが据えられていました。スタッフさんがティーポットとカップ、ケーキを運んできて、ますます優雅な雰囲気に。世界観のぶつかり合いがすでにワクワクをかき立てます。下手側には、何やらサテンの布で覆われたイーゼルが2つ。上手側にはさりげなくキーボードと譜面台が用意されていて、ついニンマリしてしまいます。

期待通り、ピアニストの大貫さんがすっと現れてキーボードの前に。軽快なリズムで始まったのは、ミュージカル「コーラスライン」の誰もが知る名曲、「One」でした。休符の使い方がおしゃれで大人っぽい演奏*1に、それだけでグッときます。

 

その軽快なリズムに乗せて、下手から芳雄さんの登場です。秋らしいモスグリーンのタイトなスーツに、黒いシャツと細めのネクタイ*2そして、脚が長い。なるほどと思ったのは、いずれも布地の光沢が抑えられていること。レジェンドをもてなすホスト役だからですね!そんな中、黒の靴だけはピカピカのエナメルで、素敵なアクセントになっていました。

「(Oneを)踊ろうとしたら終わっちゃったよ」とおどけてみせますが、これ、ちょっとしたフラグになりました…!

このトークショーの概要と、今回は久しぶりの開催になることを説明して「前回に比べて周囲の劇場でやってる作品の…出演者が若くなりました」で最初のひと笑い。

「ここクリエでは『tick, tick...BOOM!』、日生劇場では『ニュージーズ』、宝塚では…宝塚をやっています。すみません、演目まではすぐでできませんでした(笑)」

出演者が若くなった話から、距離の近い客席を見渡して、若い人もそうでない人も…みたいな感じで微妙に客席をくすぐって、マイクの調子が悪いのかときどき\\ボン!//とノイズが入るのを「これ大丈夫ですか?」と面白がり、ものの1〜2分でアイスブレイク完了です。後述しますが、客席の空気がすごくあったかい夜でした。

黒いバインダー片手に、ゲストの前田美波里さんの華やかな経歴を紹介*3

呼び込まれて登場した美波里さんは、黒のノースリーブのトップスにモードな黒ジャケットを肩掛けして、スパンコールが輝くフレアパンツの装い。耳元には鎖骨に届きそうなほどのピアスが揺れて、とにかく物理的にキラッキラだったのもあるけれど、ご本人が放つふわっと多幸感のあるオーラに早くも圧倒されました。

 

トークのこと

大貫さんはいったん退場し、美波里さんはソファに、芳雄さんは1人がけのソファに。芳雄さん、脚が長すぎて全く収納できていませんでした。

それはさておき。バレエ少女だった美波里さんが鎌倉から東京に出てからの物語を、芳雄さんが興味津々で引き出していきます。話の流れでイーゼルに用意されていた秘蔵写真が公開され、そのたびにオペラグラスを覗き込むお客さん*4。美波里さんの言葉遣いは「〜おやりになる」「〜ございますでしょう」といった表現を多用する上品なもので(いわゆる山の手言葉というのかな?*5)、アルトの声も耳心地がよかったです。

だいたいの逸話の類(資生堂のポスター出演や、劇団四季のオーディションなど)はすでにたくさんインタビューなどで語られており、ネット上の記事や著書でわかる話もあるので省きます。ここからはかいつまんで、心に残ったポイントを紹介します(順番やや入れ替えあり)。

 

菊田一夫の教え

最初に自分のマネージャーを買って出た女性が菊田先生に手紙を書いて…というところからキャリア初期のお話に*6

面白かったのは、菊田一夫の教え「舞台人は、テレビに出るものじゃない」が紹介されたとき。芳雄さんは思わず“やばい!”という顔で「…ハッ!」と客席のほうを向いて、観客は大爆笑。美波里さんが語ったところでは、菊田先生曰く「舞台のお客様はチケットを1枚1枚買ってくれているのに、家でお煎餅を食べながらテレビを見るなんて。そんなもののために出ることはありません」というようなことでした。物価高騰のなか高額なチケットを買い続ける観客としては、半世紀以上前の演劇界から届いた言葉がすごく刺さってしまいます*7

初舞台の頃に菊田一夫が美波里さんを評した言葉がある、と芳雄さんが代読するときに、「あら、そんなのいただけるんですか?」と思わず芳雄さんのほうににじりよった美波里さんがとてもチャーミングでした。

 

演劇人たちの息遣い〜ピーナッツと豆大福

すごく心に響いたのは、ミュージカル草創期の演劇人の横顔が、美波里さんの語りによって生き生きと映し出されたことです。

例えばデビュー当時、(顔を覚えてもらうために)菊田先生にお茶を運んでいきなさいと周囲から勧められて、そのとき、紅茶に添えられていたピーナッツをかじっていたという菊田一夫。また少し後の時期、とても美味しい豆大福を差し入れてくれたという越路吹雪「なんでピーナッツなんでしょうね」「あの豆大福が忘れられない」といった言葉とともに、懐かしむ眼差しが優しくて、ああ、人は誰かに語られることによって生き続けるのだなぁとも思ったのでした。

 

舞台に立つ喜びを求めて

美波里さんが劇団四季の客演を始めたきっかけは、結婚して家庭に入ったものの、舞台に立ち、拍手を受ける喜びが忘れられなかったからでした。「劇場にくればお客様に会えるでしょう」。舞台にしかない“魔力”について美波里さんは、「立った人しかわからないと思いますよ」といたずらっぽく観客を見渡し、芳雄さんは「みなさんも立ってみますか〜?」と立ち上がって最前列あたりを覗き込もうとする悪ノリ。いや引っこ抜こうとしないで!😂

浅利慶太の最終オーディションで「コーラスライン」のシーラ役をつかんだ美波里さんが、その後に演じたのが「アプローズ」のマーゴ役でした。憧れの越路吹雪さんの後をついで大女優を演じるということで、初演では越路さんの靴を借りて挑んだそうです。「少し(革を)伸ばしてもらって、お守りのように履いていました」

「アプローズ」については、このあとにもう少し。

 

「ノー・ストリングス」から60年後に

話は少し戻りますが、美波里さんの初舞台は、菊田一夫が手掛けた1964年のミュージカル「ノー・ストリングス」でした。当時としては黒人と白人が恋に落ちる筋書きが先進的だったそうなのですが、その頃は黒人の役は「黒塗り」で行われていたそうです(今では差別表現にあたるけれど、そういう時代だったというニュアンス)。聞き手の芳雄さんは「今なら違った表現もできるかもしれませんね」と真剣に応じていて、私は昨年「ラグタイム」で芳雄さんが演じた黒人のピアニスト、コールハウスを思い出さずにはいられませんでした。この作品には日本人が3つの人種を演じ分けるうえで、稽古でのディスカッションを経てウィッグをやめた、というエピソードがあるのですが、これを芳雄さんが披露したのが、今年6月の菊田一夫演劇大賞の授賞スピーチだったんですよね…!すごい、60年後につながった…!*8

“記号はいらない”「ラグタイム」菊田一夫演劇大賞に石丸幹二・井上芳雄・安蘭けいが喜び(イベントレポート) - ステージナタリー

 

歌のこと

私、書籍を読んで半年くらいしか経ってないのに、このイベントで歌も聴けることがすっぽり頭から抜け落ちておりました。なので「1曲歌わせていただきます」と芳雄さんが立ち上がったときは嬉しすぎる驚きでした…!丸腰で、受け身を取れないまま、井上芳雄の歌を浴びたよ!!

 

「アプローズ」〜by 井上芳雄

大貫さんがさりげなく再登場しており、曲の前に芳雄さんが大貫さんに話を振る場面がありました。僕たち仲良いんですけど、最初の頃、目が合わないって言われてた」。私、ツンデレの芳雄さんがサラッとこういうこと言うのが大好きです。自分で話しかけておきながら「マイクないのに話そうとしてる」とイジる芳雄さんに、大貫さんがスネたように「僕のこと全然見てくれない!」と声を張るのが面白い一幕だったのですが…これがまた伏線みたいな感じだったんですよね。

芳雄さんの選曲は「アプローズ」より、主題曲「アプローズ」。キャパ600のコンパクトな空間で浴びる芳雄さんが最高だったのですが*9、私がすごくびっくりしたのは、下手寄りセンターに立つ芳雄さんと、上手端でキーボードに向かう大貫さん、2人の距離はそこそこ離れていたのに、ぜんぜんお互いのほうを見ないこと。なのに、信じられないくらい息がピッタリなのです。そりゃ長年一緒にやってるから当然なのかもしれませんが、具体的にいうと、ブレスのタイミング*10やリットのかけ具合がすごく合っているんです。

よく考えたら私、大貫さんと芳雄さんの組み合わせを生でみるのは4回目?なのですが、今までは大編成だったり芳雄さんが会場を練り歩いていたりで、コンビネーションの様子をまじまじと見たのはこれが初めてでした。目を合わせなくても音楽の息はこんなにも合う、なんという伏線回収だろうと思いました。

最後は「♪アプローズ」という歌詞でロングトーンを畳み掛け、高揚のままにシアタークリエの空間を制圧します。熱い拍手を送り、なかば呆然としたまま、「アプローズとは拍手(喝采)という意味」だと聞かされて、そこでたまらなくなって涙が出ました。なんだかここにいることを肯定してもらえたようでした。芳雄さんは美波里さんに「こんなに(舞台に立つ)僕たちの気持ちを歌った歌ってあるのかなぁ、と思いますね」とニコニコ語りかけていました。

 

「日曜はダメよ!」〜by 前田美波里

美波里さんの選曲は劇団四季で出演した「日曜はダメよ!」より、こちらも主題曲「日曜はダメよ!」。ギリシャの港町・ピレウスが舞台の作品です。美波里さんは陽気な娼婦・イリヤとして、ステップを踏みながら表情豊かに歌います。耳元のピアスもいっしょにゆらゆら、キラキラ。地中海のきらめきを思わせます。

特に忘れられないのは、実は「間奏」でした。気持ちの高まるままに、笑顔で両手を挙げて踊る美波里さん。その素敵なダンスにつられて自然と手拍子が始まったのですが、これが、あるがままの手拍子なんだと思いました。歌と踊りにウズウズして思わず手を叩いてしまうあの感じ。私はその逆の、いわゆる“統率”がとれた手拍子の現場にもよくいるし、つい先月までMR!で難易度の高い変則クラップ(ウンパパウンパ)を本気で叩いていた人間なのですが、そうではない、品種改良される前の手拍子に出会い直したような気持ちでした。

 

エンディング〜没入ではなく共有という幸せ

トークの終盤には、お稽古中の「SHOCK」のお話*11や、最近の作品「ピピン」で挑戦した空中ブランコのアクロバットのお話などが紹介されました。「ピピン」は来日公演を見に行ったすぐあとに出演の話があったそうで「あれをやるんですか!?私が!?」となったそうですが、水泳を日課にした成果で、再演ではラクにできるようになったそう。

この「できるようになった」という表現も素敵だったし、アルトの声も魅力的なのですがご自身では高音の発声について「あれができるようになりたい」と前向きに取り組んでいて、その姿勢にも感銘を受けました。その向上心は「先輩後輩は関係ない、今は若い人にも教えていただいて」という謙虚さにつながっているのだなと思います。

 

 

お辞儀する2人に拍手喝采が送られ、大貫さんが再び「One」を奏で始めます。美波里さんはエスコートしようとした芳雄さんの腕をとって、「One」を口ずさみながらあのステップを踏み始めます。芳雄さんもいっしょに長い脚を蹴り出しながら、2人仲良く袖のほうへ。そう、オープニングの発言がちょっとしたフラグになってたんですね。

最後はシルクハットを掲げるように黒いバインダーをちょっとかかげて、笑顔で袖に吸い込まれてゆきました。

 

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終わったのは21:10頃。

 

舞台でしか味わえないものってたくさんあると思うけれど、この夜に堪能したのは、「没入」ではなく「共有」という幸せでした。作品の上映時に比べてほんのり明るいままの客席で起こる、多彩なリアクションや笑い声、そして手拍子。あたたかい雰囲気の中、生の感情をみんなで共有しながら、この喜びは確かに劇場にしかないものだと思いました。

 

このところ、決して安くないチケットやすごく先のスケジュールを追いかけること、独特の商習慣に従順でいなければならないこと等にちょっと疲れており*12、正直あまり舞台に向けて気分が高まっていないタイミングだったのですが、まさにそんな心情に効く公演でした。素直になれて、心がほぐれて、そのことがとても嬉しかったのです。疲れている原因がなくなるわけではないのだけど、今は美波里さんが「これからもミュージカルをこよなく愛してください」って言ってくださったことを胸に抱いていようと思います。

 

 

 

*1:大貫さんご自身のアレンジ…だと思うけど違ったらすみません

*2:歌穂さんオケコンのタキシードのインナーによく似ていました

*3:このあたりで、「徹子の部屋」っぽいのだなと思ってた。というかこの企画がまさに徹子の部屋のフォーマットを踏襲しているのだけど

*4:逆に、他のシーンではオペラがあまり上がらなかったのも、この日の特徴だなと思いました。私は普段めちゃくちゃオペラ見るけど、この日は忘れてしまい、でも私もそうしただろうなという気がする

*5:山の手言葉と称して合っているかはさておき、とにかくすぐ思い浮かぶのは、黒柳徹子さんの語り口調

*6:このお手紙は、実は読まれていなかったそうなのですが、でも見出される運命だったということですね!

*7:もちろん、芳雄さんがミュージカルや舞台を広めるためにテレビに積極的に出ているということを、美波里さんも観客も了解していることなのですが

*8:なお、芳雄さんはトークの終盤に、菊田一夫が美波里さんを見出した当時の言葉「ハーフの女優」を、さりげなく「ミックスの俳優」という言葉で言い換えていました。通底する意識を感じます。

*9:PAもめちゃくちゃ良かった…!やっぱり先々週の現場は惜しかったな…

*10:鍵盤楽器だけど、ブレスってあるし、すごい大事。連弾や伴奏での経験上だけど、合う人とは労せずして合うし、逆に上手いからといって合うとも限らない。お二人の場合は当然ながら技術が高すぎるわけだけど、それに加えて、やっぱりシンプルに「合う」部分も大きいような気がする

*11:ファンの方には垂涎のエピソードがいっぱいあったと思うのだけど、観たことがない中で書き間違えることもあるかと思い省きました。が、ライバル役という重要な役があるのは私もなんとなくですが知っていて、芳雄さんが「ライバル役・ヨシオで出るしかない」と息巻いていたのはメモしておきます。笑

*12:MR!でやり切って、多ステしてないと書けない記事(つまりもう書けないであろう記事)を2本書き上げて燃え尽きたのはある。そして家族の入院という有事を経て戻ってきたら、着地点の座標が前いた地点とちょっとズレてしまった。基本的には同じところに戻ってきてるんだけど…うーん、うまく説明できないな。