完全に猫なのさ

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ミュージカル「ベートーヴェン」各キャスト感想〜愛さえあれば

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2023-2024の年末年始を駆け抜けた、ミュージカル「ベートーヴェン日本初演。大千秋楽から1週間、生活とともにあったアーカイブ配信も終わってしまい、今は寂しさを噛み締めています。本記事では、思い出を閉じ込めておくべく、各キャストを軸に感想を書いていきたいと思います。

 

*個人の感想です!!

*なお、作品について書きたかったことは、ほとんどこちらの記事にあります⬇️

purplekuina246.hatenablog.com

 

 

感想のソース(配信含む)

2023/12/17昼 ・日生劇場(小野田・佐藤)

2023/12/24昼 ・日生劇場(海宝・坂元)

2023/12/24夜 ・日生劇場(海宝・佐藤)★配信

2023/12/29昼 ・日生劇場(小野田・坂元)

2024/1/6昼・福岡サンパレス(小野田・佐藤)

2024/1/7昼・福岡サンパレス(小野田・佐藤)

2024/1/14昼・御園座(小野田・佐藤)

2024/1/21昼・兵庫県芸術劇場(小野田・坂元)★配信

 

各キャスト感想(プリンシパル

*順番は構成の都合によるものです。

ベッティーナ・ブレンターノ(木下晴香):可憐さと聡明さと

ベッティーナちゃん!観れば観るほどあなたに聞きたいことが増えていきます。ウイーンの第一印象はどっちなの?アヒムが恋しいの、それとも秘密の花園で会えるから大丈夫ってことなの?*1なんでカールスバートでキスシーンを目撃しただけなのにプラハの出来事を知ってるの?ねぇ!ベッティーナちゃん…!

こんなふうに言動や行動に不思議なところがあっても*2フレッシュかつ可憐な歌声聡明なお嬢様らしさでなんだか納得させられてしまう感じでした。

史実では文学者として名を残した才女で、ゲーテベートーヴェンを繋いだ立役者。ビルケンシュトック邸でのちょっとコミカルなやり取りはその表現です。俊敏にかわそうとする芳雄ルートヴィヒにくらいつこうとする高速反復横跳びが大好き…!

出番が少なくて惜しい気持ちもありつつ、有名曲「エリーゼのために」が割り当てられたのはよかった!短調のメロディにのせて、“将来を約束した恋”に酔いしれるベッティーナと“将来の見えない恋”に打ちひしがれるトニの対比が描かれたのには唸りました(リーヴァイ氏、酷なことをする…😭)。晴香ベッティーナ、歌いにくいであろう冒頭のトリルにも豊かな表情をつけていて素晴らしかったです。

本をいろいろ読む前は、情熱を込めてたびたび言及されるアヒムのことを概念だと疑っててごめんなさい(見た目:じゃるくん)1811年に普通に結婚していました(アヒム・フォン・アルニム)。

 

ヨハンナ・ベートーヴェン(実咲凜音):その一瞬にすべてが見えた

出番が少なくて(略)なのですが、カスパールとの優雅なダンスシーンにはいつも見惚れていました。エンパイアスタイルのドレスが一番似合っていたかもしれない…!とくに好きなのは、ルートヴィヒと初対面の後のダンスで、右足をぴょこっと蹴り上げる振り付けのところです(伝わる??)

もしかしなくてもヨハンナのソロは「♪いい〜〜〜の放〜〜〜っといて〜〜〜〜〜 もう〜〜生きて〜〜いたくない〜〜」のだけだったのでは…!?と思うのですが、あえてビブラートを抑制したこの4小節に、ヤケを起こした町娘らしさが詰め込まれていました。

『♪愛さえあれば』で明かされたヨハンナの素行は、残念ながらおおむね史実通り。私は、大千秋楽の配信で札束を数えるヨハンナちゃんをカメラがぶちぬいてギャーッ!となりました。その一瞬にすべてが見えました。あなたそんな顔してたのね!!!最高かよ!!*3

これも配信でやっと気づけたポイントだったのですが、2幕の『♪何があっても』のリプライズでカスパールが「♪何が起きても君を信じてる」と歌いかけたとき、振り向きながら少し複雑な表情を見せていませんでしたか?技術が光るワンシーンだと思いました。

 

フェルディナント・キンスキー公(吉野圭吾):前世もきっとウィーン貴族

初めましての圭吾さん。どうして19世紀のウィーン貴族の扮装がこんなに似合うの!?きっとウィーン貴族の生まれ変わりなんですね(withキラキラつけぼくろ)。権力者なのだけど、それを振りかざすことだけが目的じゃないことが台詞回しからなんとなく伝わります。矜持を大切にしていて、芸術にも本物の理解があって、一方で“貴族ではない”ルートヴィヒに対する態度には、立場ある者が教え諭してやらねばならないというような考えも表れていると思います。プラハにどーんとコンサートホールを建てたりして、ノブレス・オブリージュの体現者。きっと観やすいホールだと思うのでぜひ帝劇の建て替えにも1枚噛んでほしいな🥹

好きなセリフは「ルートヴィヒ・ヴァン!!!!・ベートーヴェン「まあいい!」。my楽として見届けた御園座千秋楽はさらにパワー大爆発で素晴らしかったです。ホールのこけら落としでのお手振りは、ファンサをもらった気分で嬉しく眺めました。カテコでお辞儀の前に上げた手をくるくる回すのも好きです。

*4

 

バプティスト・フィッツオーク(渡辺大輔):敵役の小気味よさ

プラハでとつぜん降って湧いた商機。フランツに「♪君の取り分は特別弾もう 10%だ」と言われて「♪いや25%」と即座に答えるフィッツオーク先生のハートの強さと反射神経がほしいです。ふっかけ過ぎじゃない!?でも初手で強気に出たからこそ「15%」という着地に持っていけたのですよね💰勉強になります(なるな)。

この『♪金こそすべて』もナイスでしたが、出番として一番輝いていたのはビルケンシュトック宮殿に乗り込んで花トニをいたぶるシーン*5ではないでしょうか(『♪離婚するなら』)。ケーキのクリームを舐めるところに意地の悪さがにじんでいます。「おもしろい」じゃね〜〜〜わ〜〜〜!!!(その後の高笑いよ…)

 

フランツ・ブレンターノ(佐藤隆紀):投資で成功しているタイプのフランツ

令和の日本にいるならば、投資で成功しているタイプ(尖った靴を履いているかもしれない)。こんな美声な「♪どうでもいい〜〜〜〜」があってたまるかだし、地のセリフでも「ベッティーナ。お前には関係ない」がイケボすぎて動揺します。my初日はその歌声に圧倒されつつもトニに対する厳しい態度に凹み、シュガーさんを好きな母が福岡でショックを受けないかと勝手に心配になりました(※杞憂でよかったですけれど)。でもこのブラックシュガーぶりが見れば見るほどクセになるのです。回を重ねるにつれて、“思い通りにならないことにイライラしている封建的な夫”の所作がどんどん板についてきて、それを象徴するのが、軽く握って小刻みに揺らし続ける右手です。この神経質さんめ!!!

1幕の『♪他人同士』の最後でバァン!!!と本を閉じるところも大道具がぶっこわれるんじゃないかというくらいの圧。たぶんどんどん強くなっていて、研究が感じられてとてもいいなと思いました…現実にいたら嫌だけど😭

 

フランツ・ブレンターノ(坂元健児):商売で成功しているタイプのフランツ

令和の日本にいるならば、商売で成功しているタイプ(セカンドバッグを持っているかもしれない)。シュガーフランツがハリのある歌声でトニを威圧するのに対し、サカケンフランツはうなり上げるようなねっとりビブラートで追い詰めます。

『♪金こそすべて』の前にはフィッツオークとのお芝居がありますが、この地のセリフの言い方が現代劇っぽくてなんだか引き込まれました。

サカケンフランツで好きなナンバーは2幕の『♪恥知らず』*6「♪よくも騙したな」でしっかり傷ついているところです。トニのことをあんなに見下していながら実はそこそこ執着していたことが動揺ぶりから伝わります。見下していたからこそ「飼い犬に手を噛まれた」感が出ているのかなと思います。

そして大楽カテコでひどい目に遭っていたサカケンさん。あの「♪あ〜りえな〜〜〜い」は忘れられんよ…😂

 

カスパール・ヴァン・ベートーヴェン(海宝直人):そのとき、私の両目はスプリンクラーになった

うう、うう…。もっと観たかったよぉぉ😭泣く泣く手放したチケット*7の中にも含まれていて、現地1回と配信1回しか観られませんでした。記憶も薄れてきてうまく書けないのが悔しいところですが、はっきりと書き残しておきたい記憶があります。それは12/24マチネで初めて海宝カスパールを観たとき。2幕のクライマックスで彼が口元を指差しながら「くるのが 遅くなって ごめんね」とゆっくりはっきり伝えた瞬間、私の両目はスプリンクラーになりました。本当に、発作的に、ドゥフッ!!っていう感じで涙が勢いよく溢れてびっくりしました。小野田カスパールの場合は「くるのが遅くなってごめんね…!」と感情が堰を切ったような口調なので、その違いも印象的です(どちらも好きです)。

兄を慕ってやまない優しい優しいカスパール…。甘やかな存在感が、終始いかめしい雰囲気の芳雄ルートヴィヒと好対照でした。再演での再登板を待ってます😭あと死なないでぇぇぇ(1815年没)。

 

カスパール・ヴァン・ベートーヴェン(小野田龍之介):弦楽器のようなクレッシェンドについて

たくさん観て深めることができたのが小野田カスパールです!海宝カスパールが「甘やか」なら、小野田カスパールは「やわらか」。兄に欠落しがちな社会性を補って(マネジメント的な部分を担って)、まっとうに苦労をしてきたんだなということが垣間見えます。リアリストな一面も感じられるから、「どうしてわかってくれないの!」がより悲痛に感じます。

小野田カスパールの歌で好きなところは、とても柔らかいアタックからクレッシェンドで高みに到達させるところです。押す、というより引く、という感じで、弦楽器のボウイングを思わせます。そしてマイクにのらないお芝居で目撃できたものでは、ヨハンナに「大丈夫」と言ったり2幕のクライマックスで帰らないでほしそうにするルートヴィヒに「おやすみ」と声をかるという、細やかな気遣いにも注目しました(※口の形を読み取っただけなので「多分」です)。カテコの晴れやかな表情も大好きです。

*8

 

ルートヴィヒとトニ〜不滅の“花芳”

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もはや懐かしい日生劇場のリスさん🐿️1幕ラストの再現、素敵だったなぁ。

 

文字通り、支え合ってスタンバイしていたという芳雄さんとお花様。おふたりの大楽カテコを引き合いに出すならば、まさに「言葉がない」…のだけど*9、2か月弱のあいだ見つめ続けたルートヴィヒとトニについて書き残しておきたいと思います。

 

アントニー・ブレンターノ(花總まり):絶望の花束

所作だけで伝えられる悲嘆

冒頭の1827年、ルートヴィヒの葬儀の場面。ストーリーがわかった状態で観ると気持ちの入り方も違ってくるのですが、最終的には、中西グリルパルツァーの「♪最後のときは 彼女に任せよう」に合わせて花總トニがこちらをゆっくり振り返っただけで涙腺にくるようになりました。

私が特に感銘を受けているのがその続きです。花總トニは棺の中の亡骸に向かって「♪どうかあなた安らかに…」と歌いかけるのですが、その、やや前屈みで棺の縁に手をかける所作だけで、深い悲しみが伝わってくるのです。立ち位置は舞台の奥の方で、黒衣を身にまとい、帽子とヴェールに閉ざされて表情はほとんど見えない。それでも花總さんは、繊細なコントロール下でその身を傾け、震わせることで、涙をふりこぼして嘆く様子を表現できるのだと。これはぴったりくる喩えではないかもしれませんが、福岡公演でこの場面を観たとき、ふと「人形浄瑠璃みたいだ」と思ったのです。

 

魂を裏返すような絶唱

その感情表現が的確に伝わるのはやはり歌の力あってこそ。序盤の『♪完璧な日々』は、“完璧”であると歌えば歌うほど決定的な“欠落”が浮き彫りになるナンバーですが、嫌味なく、真実味をもって訴えかけられるのは、やはり花總さんの力なのだと思います。一方、ルートヴィヒとのやり取りでは「♪私はトーニー、父はハンス・フォン・ビルケンシュト〜ック」「♪お持ちします〜例の楽〜譜〜を〜」などの、喋っているのか歌っているのかの境目を感じさせない歌いぶりにも惹かれました。

トニの最重要ナンバーはやはり、2幕終盤の『♪千のナイフ』ではないでしょうか。これぞリーヴァイ節!という哀切なメロディを歌い上げ、最後のロングトーンはファルセットを封印しての魂を裏返すような絶唱でした。

感情を放し飼いにしながら、でも決して手綱を離さない。口を開けて号泣していても、相手役が歌うとき、マイクに余計な嗚咽をのせたりはしない。その境地を思うと改めてくらくらするのです。

悲劇を全身に溢れさせて、なのにどこまでも美しく、絶望の花束のようでした。

本作においてトニという女性は、このドナウ川での玉砕を目指して、1幕から細い梯子を登ってきたのだと思います。

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン井上芳雄):唯一無二のタイトルロール

大ナンバーの“山脈”

結論を先に述べるならば、「あなたじゃなきゃ駄目なの!!!」(byトニ)でした。既に出尽くした賛辞ではありますが、これをやってのけられるのは井上芳雄、ただ1人しかいない。

クラシックで培った技術20年超の経験値をすべて注ぎ込んだ歌声。正確無比のビブラート迫力のクレッシェンド。大ナンバーに次ぐ大ナンバーは、さながらストーリーに稜線を成す山脈のようでした。芳雄さん自身も日経Xトレンドの連載で初日を振り返って「自分は壊れちゃうんじゃないか、と心配になるくらいでした」と書かれていますが、私も初めて観た日は、芳雄さんそのものが張り裂けてしまうんじゃないかと少し怖くなったくらいです。

そして別格の歌唱はもちろんのこと、“楽聖”としての強靭な存在感も、本作のタイトルロールとして欠かせないものでした。それは端的に言えば、1幕ラストのスペクタクル、あの全てを背負っても負けない、霞まないということ。my初日、ステージに吹き荒れる嵐を呆然と見つめたことを思い出します。

1幕・2幕ラストのキーワードの1つは「重力」の超越だと思っています。それは楽譜が大量に降ってきたり、背景の映像で楽譜が持ち上がっていったりという演出ゆえなのですが、そんな舞台空間において、芳雄ルートヴィヒは「運命はこの手で」を確かに体現していました。

 

『♪愛こそ残酷』の進化〜休符の表現力

どうしても記しておきたいのが、2幕『♪愛こそ残酷』の進化です。

私はもともと原曲のピアノソナタ第8番「悲愴」が好きで、前掲の考察記事でも字数を割いているのですが、福岡から1週間ぶりの観劇となった御園座(1/14)でこの1サビ(=第2楽章第1主題)に差し掛かったとき、私はびっくりして反射的にオペラグラスを外しました。2小節目と4小節目に3拍分伸ばしていた音、つまり「♪愛は残酷な手で…」の「は〜」と「で〜」が、1拍分短くなっていたからです。

原曲の楽譜は2/4拍子で、ここでは便宜的に八分音符=「♪」を1拍と数えますが、付点四分音符の長さ(3拍)を、四分音符(2拍)にして八分休符(1拍)を入れる。この変化がもたらしたのはもちろん、2サビ=仰向け歌唱のフォルテシモがいよいよ際立つという効果です。歌い方そのものも、メゾフォルテくらいの穏やかな声量になり、目の前にいる誰かに優しく語りかけるような雰囲気に。既に完成し安定していた歌唱が“休符”ひとつでこんなにも変わるのだと、改めてその表現力に脱帽しました。

 

本当は愛を知っていたルートヴィヒ

その『♪愛こそ残酷』で心を決めてカールスバートに駆けつけ、『♪さよなら絶望』でトニに愛を捧げるルートヴィヒについて、改めて考えてみます。

「♪遅くても僕たちは出会った 愛は不滅だ乗り越えよう」…歌詞の上では抽象的に処理されているとはいえ、これはルートヴィヒが“略奪”を決意し、行動に出る場面です。ここで私は「ジェーン・エア」のワンシーンを思い出さずにはいられません。芳雄ロチェスターが涙で顔を歪めながら訴えた「俺を愛することの何が悪い!」。いずれも婚姻関係を超えた愛を成就させようとしており、冷静に考えると「ちょっと待って」と言いたくもなります。それでも私は、舞台の上で芳雄さんが発する愛の大きさに、結局飲み込まれてしまうのです。その正体はシンプルに、“演技力”だったり“歌唱力”だったりするのかもしれないけれど…。

ルートヴィヒは“愛を知らない”設定でしたが、本当はそんなことはなかったはず。カスパールを説得しながら頭や頬を撫でていたのは肉親としての愛情があってこそだし、まだ会ったことがないはずの「2人の子どもたち」に対しても、「大切にするよ!」と即答できる人でした。

ビルケンシュトック邸の庭で、プレゼントの箱を3つ、大切そうに膝に抱えて待っていた芳雄ルートヴィヒ。ほんの短い間でしたが、いそいそとリボンを整える一瞬に本来の心のやわらかさが垣間見えます。短いけれど心に残る、重要なお芝居でした。

 

 

俳優の体から発せられるパワーを風圧に例えるなら、“花芳”にとってお互いは、その出力をどれだけ上げても大丈夫な相手なのではないでしょうか。感情の嵐に吹き飛ばされることなく、絶対そこにいてくれるという確かな信頼。そんな2人が深めていくお芝居を見つめられたのは幸せでした。バーデンで口づけを交わす前の4小節はいつしか全く手を広げなくなり、酒場でのダンスのスローアウェイオーバースウェイはどんどん滑らかになり、ドナウ川の別れにはいっそう悲しみが溢れるようになりました。

1/14御園座で、花總トニの肩を抱いたまま、暗がりの中であやすように優しく揺らしていた芳雄ルートヴィヒ。

2人が創り上げた叙情的な愛の世界は、まさに“不滅”の輝きに満ちていました。

 

再演への期待を込めて

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ミュージカル「ベートーヴェン」の日本初演とは、結局どういう作品だったのか。

不勉強なりに考えてみたのですが、ひとことで言えば、音楽を「面」で使った作品なのかなと思っています。

ストーリーという幹にナンバーという枝葉を茂らせてゆく方法に対し、この作品は、ベートーヴェンの膨大な音楽で作中の時間を埋め尽くし、その中で、「人間」や「愛」についてのメッセージを象徴的に伝えようとしているのかなと。

正直なところ会話のつながりがぎこちなく感じるところもあるし、感情のラインが追いにくい部分も否めません*10。でも、それをキャスト全員が努力と実力でねじ伏せたのが今回の日本初演だったのだと思います。とにかくハイカロリーな演目でしたし、激しい跳躍のあるメロディ摩訶不思議な譜割りだけでなく、お芝居の面でもきっと苦労は多かったはず。そんななかこのクオリティを実現したカンパニーのタフネスと集中力に、心からの拍手を贈りたいです。

再演時は、さらに洗練された形になると信じています*11。その上で、この初演のありようも大切に記憶しておこうと思います。

 

風そよぐビルケンシュトック邸の庭のベンチで、ずっと楽しみに待っています。

 

 

 

*最後の歌詞「♪彼こそ不滅 永遠に輝けり」について覚書*12

 

 

 

*1:これはセリフに「でも」という逆接が続くためです。

*2:東京楽くらいで思ってたのは、本当はフランツはビルケンシュトック宮殿を我が物にできていなかったけど、ベッティーナが工作したのか?ということ。あなたの実家めっちゃすごいねソング(悲愴第一楽章)はまさかその伏線!?と思ったりもしたけど流石にそれは考えすぎかなと…

*3:席によっては見えにくい・注目しにくい感じだったと思います。大楽配信のカメラワークがブラボーだった!

*4:史実のキンスキー1812年秋に落馬がもとで世を去っています。劇中の時間は手紙の日付に合わせて7月のはずなのでセーフだけど切ない

*5:弁護人と言っていたけれど、代理人って意味だという気はする

*6:原題はEVERYONE NEEDS LOVE(2)なので、『♪愛されあれば』のリプライズ扱いなんですね。そうなのか〜!

*7:初日と2日目。インフルでした。。。

*8:「僕の人生なんだ」→カスパールへの過干渉は、史実での甥のカールへの過干渉も盛り込んでいるんだなと今更気づきました

*9:大楽のカテコ挨拶で、左手を腰に巻くようにして右手を顎に添えて困ったように話すの、芳雄さんの癖だと思っていたけど、ほぼそっくりの癖をお花様もお持ちなのだと気づいてびっくりしました

*10:私は本当は緻密な会話劇が大好きなのです。オデッサとか…

*11:きっとよくなる…!(byトニ)

*12:文語体になっていますが、完了の助動詞「り」を使うならば、未来を示す「永遠に」で修飾するのは本来は誤っています。ただ、仮に文法的に正しくするならば「永遠に輝かん」になるのですが、それだと最後のロングトーンが「♪ん〜〜〜〜」になって締まらなくなるのかもしれませんし、葬儀の場面なのであくまでもこれまでの功績を称えるニュアンス(=過去完了)であえて選択されたのかもしれません。重箱の隅案件ですが、カテコを除くと最後の歌詞なので気になってしまい、一応メモしておきます。。