完全に猫なのさ

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ミュージカル「ジェーン・エア」感想〜各キャストの演技からひもとくジェーン、ヘレン、ロチェスターの人物像(上白石萌音、屋比久知奈、井上芳雄)

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3/25の桜。今年は早かったですね。

 

どうしてこんなことになっているか自分でもわからないのですが、ジェーン・エア」に完全に沼りました。誇張ではなく初観劇からここ半月ほど、ず〜〜っと考えていました。劇場には4回足を運び、東京公演の前楽・楽の配信をリアタイし、私にできる範囲で悔いなくやりきったと思っています*1。あとは原作を読み終えるだけなのですが(まだ上巻)、半月ほど考え続けてそろそろ発酵しかかっている感想を、書き残しておこうと思いました。この記事では、私の心を大きく心を揺さぶったメインキャストの3人について触れます。とくに、まだ感想を書いていなかった屋比久ジェーン/萌音ヘレンがちょっと長めです。あとロチェスター…(察して)。

 

<感想のソースは以下>

  • 2023年3月16日夜(萌音ジェーン)→感想※立見
  • 2023年3月18日昼(萌音ジェーン)→感想※オンステージシート
  • 2023年3月25日昼(屋比久ジェーン)
  • 2023年3月30日夜(萌音ジェーン)*2
  • 【配信】2023年4月1日夜(萌音ジェーン)※前楽
  • 【配信】2023年4月2日昼(屋比久ジェーン)※千秋楽

 

※ミュージカル初心者の感想です。

※原作途中まで/各種劇評未読/個人の主観です!

 

 

ジェーン:上白石萌音―包容力と生命力のタイトルロール

6回中4回を萌音ジェーンで観劇しました。1回目が萌音ジェーンだったこともあり、やはり初見の強烈な印象が忘れられません。これぞ、というナンバーを挙げるならベタではありますが、やはり「♪自由こそ」「♪セイレーン」です。萌音さんの歌声をひとことで表すなら「鮮烈」でしょうか。小さな体に溢れる切望を具現化させた「♪自由こそ」は、鐘のような響きをもつ声質にもピッタリでした。そして、緊張感に満ちた「♪セイレーン」。3/30のセイレーンを聴いて思ったのが、萌音ジェーンと芳雄ロチェスター歌声が同じ「速度」で緊密に絡み合っているということ。声量も言わずもがな圧倒的。ロチェスターとはかなり離れた立ち位置で歌うから、きっと簡単なことではないはずです。あの壮大さは、そうしたことから生まれているのかなと思いました。

演技の面で特筆すべきは、おそらく生来のものであろう温かな包容力ロチェスターを胸に抱き、慈しむように指を添わせる姿が忘れられません。これは母性といってもいいのかな…後述するヘレン役でも発揮されているんですよね。

生命力にあふれる萌音ジェーンのありかたは、彼女が自分の人生を切り開いた女性であることを強く訴えかけます。

 

ジェーン:屋比久知奈―あなたは幸せにならなければならない、絶対に

屋比久ジェーンは、ひとことで言うならば生い立ちへの絶望を精神に刻みつけたジェーン。心情の吐露が悲痛であればあるほど観客を惹きつける、そんな演技に驚きました。だから特に印象的なナンバーを挙げるなら2幕の「♪描く肖像」「♪神の御許へ」になるのです。どっちも私はボロ泣きです。「♪描く肖像」では、「この子(=自分)は死ぬまで家庭教師」などと歌いながら自分自身に改めて呪いをかけるような悲壮感がありました。このとき、イングラム嬢がヘイトを込めてあえて「階級」という言葉を使ってみせたことを思い出さずにはいられず、一人の孤児としての不幸せを超えて、19世紀イングランド身分制度の不条理も意識させるような力がありました。違うナンバーではありますが(「♪庭へ」かな?)4/2千秋楽の配信では、アイルランド行きをもちかけられて「貧しく、不細工」と歌うところ、自分で自分をナイフで斬りつけるような姿が本当に苦しかった…。

過酷な放浪のシーン(「♪荒野」)。屋比久ジェーンが細い肩を震わせて「どうか、パンを、くだ、さい…」と切れ切れに歌う姿は悲愴そのもの。そしてヘレンが昇天への希望を込めて歌った「♪神の御許へ」を餓死しそうなジェーンが歌うという、残酷すぎるリプリー。本当に絶望して死んでいくんだ、という説得力がありました(周りのお客さん、みんな泣いてた)。*3

ロチェスターとの関係はどうだったでしょうか。どこか文学的な屋比久ジェーンのたたずまいを、3/25の初見時はうまくとらえきれなかったのですが、千秋楽の配信を見て、愛されなかった者どうしが互いに愛を欲しているのだ、と急激に腑に落ちました*4。愛されずに育ったジェーンは、千切れるほどに愛していても、愛してほしいと大きな声では伝えられない。だから抑制的だし、情熱を持っていながらも静的です。ロチェスターと対峙するとき、まさに屋比久ジェーンは「かぼそき人」。芳雄ロチェスターが彼女にそっと抱かれるとき、大きな体躯にその弱さがいびつに溢れ出すのです。

 

ヘレン:屋比久知奈―永遠の憧れ、“きよらかヘレン”

初見で感銘を受けたのは、その清冽な歌声でした。原作を参考にすると、ジェーンがローウッドに送られたのは10歳、そこで出会ったヘレンは14歳(※本作では明らかにされていませんが)。そのくらいの年頃の女の子にとって、年上の女友達は憧れの存在です。神の教えを胸に、無垢で心清らかなまま死んでいったヘレン。ジェーンにとってその存在は「高みにある人」であり、友情を超えた敬愛の気持ちがその後の支えになったのではないだろうか…。屋比久ヘレンからは、そんな印象を受け取りました。

 

ヘレン:上白石萌音―愛情深き、“ぬくもりヘレン”

上記のような屋比久ヘレンの印象を持って萌音ヘレンに出会うと、これまたびっくりしたのです。「パンを持ってきたわ」の第一声、エプロンをきゅっと握り背中を丸めた気弱そうな雰囲気には、少女が憧れたくなる「お姉さんっぽさ」があまり感じられませんでした。では萌音ヘレンが示したのは何か。それは「母親のようなぬくもり」ではないでしょうか。死の床で微笑みながらジェーンを抱きしめ、愛情をとくとくと注ぐ萌音ヘレン。しかしヘレン自身も孤児なのです。出会いのシーンではジェーンに赦しを説きながらも自分自身に言い聞かせているようで、厳しかったであろうヘレンの半生にも自然と思いを馳せたくなりました。

屋比久ヘレンは辛さのなかで運命を受け入れ、昇天を待ち望んでいましたが、萌音ヘレンは息が荒くとても具合が悪そうだったので、どちらかというと信仰にすがり、懸命に救いを見出そうとしているようでした。萌音ヘレンは短い出番で強烈に生きぬき、死のシーンはショッキングですらあったため、私のマスクはずぶ濡れになったのでした。

 

ロチェスター井上芳雄―“いい人”になんか、ならなくていい

どう考えても、一番読み解くのが難しいのがこの御仁ですよ(そりゃあそう…)。

シンプルに事実を挙げると、凝縮された物語の中に、女性が4人も出てくるんですよ。①最初の“ヒロイン”である妻・バーサ、②刹那のロマンスを交わしたアデールの母、③社交界の花形であるイングラム嬢、そして④家庭教師のジェーン。多くない???

しかも③のイングラム嬢を当て馬にして④のジェーンの気を引き、①のバーサとの婚姻関係が有効なうちに重婚しようとしたんですよ。

 

…ってなってしまうんだけれども。

芳雄さんの演技を通して受け取ったものを何度も反芻して自分なりに考えてみました。

 

ケアラーとしてのロチェスター

まず、ロチェスターは望まぬ形で結婚を強制され(私は政略結婚より人身売買っぽいと思った)、精神を病む妻のケアラーとして過ごしてきたわけです。社会的にはその存在を隠しつつも、適切に看護人を雇い(グレース・プールに敬語を使っていたのが印象的でした)、メイスンに言われなくたって「穏やかに優しく」接してきたのです(肉親のケアを押し付けておきながら都合のいいことだけ言う親族像がリアル)。身体拘束のシーンもつらかったけれど、あれは19世紀の描写としては許容範囲でしょう。だから、日経XTRENDの連載を読んでから3/25に観劇したとき、「♪心ひそかに」でベッドに突っ伏してごうごう泣いている姿に、改めて衝撃を受けたのです。燃え落ちたカーテン、ぐちゃぐちゃに乱れた服とあいまって、とても痛ましかった。何と孤独で、救いのない身の上だろう…。

 

ジェーンとロチェスターの結びつきは、どのように正当化されたか

それぞれに不幸な境遇にいたジェーンとロチェスターは最後に結ばれてようやく幸せをつかみますが、それはバーサとリード夫人という2人の死の上に成立しています。そこは見落としてはならない気がしました。

遺産をもたらすこととなったリード夫人のほうは、死の間際にジェーンが赦しを説くシーンによって一応は解決できたと言えるでしょう。一方、バーサの存在は、結婚式に現れたメイスンによってはっきり「障害」であると証言されています。バーサさえいなければ、2人はあのまま、神の御前で愛を誓うことができました。ではロチェスターは、バーサの死を願ったことはあったのだろうか?それは多分、なかったのではないでしょうか。なんとなくではありますが、私は芳雄さんの演技を通してそう感じました。

とはいえ、観客がすんなりとハッピーエンドを受け入れるためには脚本/演出に工夫が必要でした。それは、以下の3つだと思います。

  1. 「哀れな」狂人であるバーサが、自ら死を選んだということ
  2. 館が焼け落ちたこと≒バーサの死が「神の思し召し」と受け止められていること
  3. 肉欲とはかけ離れた精神的な結びつきが強調されてきたこと

1については、バーサに対してミセス・フェアファックスやグレース・プールが憐れみをもって接する様子が描かれており、回想のなかでも悼まれていました。2については信仰をもたない身にはけっこう難しいし、かなしいと感じます…。普通に喜ぶべきではないのなら、そのためにはやっぱり「神の思し召し」という解釈が欠かせないのかなぁと…。そして見逃せないのは、3です。ロチェスターはジェーンに対する呼びかけで「我が友」といった表現を多用してきました。2人とも互いの容姿に対しては辛辣で、だからこそ精神的に惹かれ合っていることが強調されたわけですが、それによって、ギリギリのところで不貞の雰囲気が出ないように調整されていたのではないでしょうか。

 

ロチェスターのたどり着いた場所とは

上記の3つの工夫が注意深く施されていたからこそ、大団円の「♪愛する勇気」で、私は涙を流すことができたのだろうと思います。とても不幸せだった芳雄ロチェスターがついに幸せを得たことが、泣けて泣けてしかたなかった。前段で私は女性の数を4人と数え上げましたが、過去の3人にはちゃんと愛してもらえていなかったし、つらい運命を強いられたのは金に目がくらんだ父親のせいでした。そんなロチェスターが“家族”に囲まれてぼろぼろと涙をこぼしているのです*5。4/2の千秋楽の配信、芳雄さんは私が見た中ではあきらかに一番泣いていました。まつ毛が涙に濡れて光り、マイクはその押し殺すような嗚咽を確かに拾っていました。タイトルロールはジェーン・エアではありますが、あのラストシーンの中心にいたのはエドワード・フェアファックス・ロチェスターではなかったでしょうか。彼がたどり着いた境地を描くことで、ジェーンの存在の大きさを示す。そんな意図を感じるエンディングでした。

 

…というようなことを、私は2週間のあいだに考えていたのですが(※馬鹿みたいに時間がかかっている!!)、こうやって考え尽くすことができたのは、芳雄ロチェスターの表現にそれだけの強度があったからにほかなりません。

ロチェスターは「(境遇のせいで)いい人になれない」と何度も口にしますが、私がロチェスターにここまで感情移入することになったのは「実はいい人だったから」などではなく、そのキャラクターが、苦く捻れたまま複雑に体現されていたからです。芳雄ロチェスターは、たしかにそこに生きていました。いい人になんかならなくても、重層的な魅力をもった人物でした。本人がパンフレットのインタビューで明かしていた「嫌われてもいい」という演技プランは、間違いなく成功していたと、私は思うのです。

 

 

ぷはぁ!芳雄ロチェスターの深淵から這い上がってきたので無理やりまとめますよ。

このジェーン/ヘレンのWキャスト、プロモーションにおいてはなにかと“仲の良さ”が伝えられてきましたが*6、当然ながらジェーン/ヘレンという女性像のアウトプットにおいては、2人のそれはまったく違うものでした。萌音さんと屋比久さんが互いをリスペクトしながら魂を溶け合わせるように役を深めたことで、それを芳雄さんが全力で受け止めたことで、ジェーン/ヘレンの人物像がより立体的になったのではないか。月並みな感想かもしれませんが、それってすてきなことだなぁと思ったのでした。*7

 

それにしても前楽・楽の配信は、カメラワークもあいまって素晴らしいものでした。エリザの配信は実はけっこうナンバーごとにつまみ食いしたり同じシーンを比べたりする楽しみ方をしたんですけど、なんかジェーン・エアはそういう感じではないかも?でもせっかくだからアーカイブも堪能しようと思います。

大阪公演も素晴らしいものになりますように。*8

 

*1:観たいと思ったのが2月も半ばになってからだったしな…。あと費用面で梅芸は断念しました。ヒント→ムーラン・ルージュ!の支払い

*2:実は、個人的にだけど何が少しだけほころびが感じられた回だった。うまく言えないけど何か噛み合わないようなザワザワがあって今日は何か起こりそう、と思っていたら2幕冒頭でロチェスターの蝋燭が消え、ジェーンのベッドサイドテーブルの引き出しからマッチを取り出してつけるというリカバリーがあった。すご…

*3:配信を見てる時のメモ→「あんたは絶対に幸せにならんといかん!!」

*4:というか千秋楽がめちゃくちゃ良かった説

*5:前にも書きましたがこれは明らかに宗教画を模した構図で、「聖家族」の拡張概念なのかなと思っています

*6:いつもこんなことばっか弁明していますが、Wキャストが別に仲良くなくたっていいと思うしこの2人以外が仲悪いとかそういう意図はぜったいないと思うんだよ、でも芳雄さんとかがそれをすてきだなと思って言及した結果、記事では見出しとかになっちゃうのではないかな…

*7:「すてき」というのは芳雄さんリスペクトで使ってみました

*8:my楽を終えての個人的な積み残し→①自立と結婚の矛盾とその解決、「声が聞こえた」という超常現象に対する解釈。②全キャストさんについて書けるかもしれない、③原作との比較