完全に猫なのさ

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ミュージカル「東京ローズ」感想〜6人で歌い継ぐ、たった1人のアイバ(2023年12月15日夜・新国立劇場小劇場)

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千秋楽が終わってしまいましたが、駆け込みで感想を上げます!

 

 

観に行こうと思った理由

この作品のことを知ったのは、たぶん「ラグタイム」で頭がいっぱいだった頃。私はもともとミュージカル全般にアンテナをはれているタイプではありませんが、「あ。これは観たいな」と思って一般発売日をスケジュールに入れたのは、次のような理由からでした。

藤田俊太郎さんが手掛ける、人種差別を描いたミュージカルだから。

今年9月の「ラグタイム」初日、私は頭を殴られたようなショックを受けました。苦しくて目をそむけたくもなり、あまり楽しむ余裕がありませんでした。それでも観劇を重ねるなかで、作品の強靭な魅力、演者の優れたパフォーマンスによって今まで感じたことのない感動を抱くようになり、大千穐楽まで追いかけて、「ラグタイム」はとても大切な作品になったのです。こんな体験をまたしてみたい。藤田さんの作品なら、できるかもしれない。そういう気持ちで「東京ローズ」を観ようと決めました。

発売日、平日ソワレ(19時ありがたや)に狙いを定めてチケットをとり、赤いバラの茂みにオーディオケーブルが絡みつく示唆的なメインビジュアルに想像を膨らませながら、観劇の日を楽しみに待っていました。


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観客を強く巻き込む、音楽、脚本、演出の力

スリリングな音楽

着席すると、2階建てのセットの中央には星条旗、その奥(2階部分)にはオーケストラピットが見えています。開演し、演奏が始まった段階で手間に幕が降ろされ、終幕までオケは姿を現しませんでした*1

しかし、本作のオーケストラの特異な編成は、冒頭で目撃した「見た目」よりも実際の演奏で強く印象づけられます。「あれ??音階を奏でる楽器、ほぼ無くない???」。のちにパンフレットを読んで「ピアノ、ベース、パーカッション✕2」という尖りまくった編成だと知ることになりますが、オープニングナンバーの「ハローアメリカ」でフロアタムの響きに飲み込まれそうになりながら、パーカッション偏重の意図を何となく察することができました。これは本作を貫く緊張感になくてはならない要素だったからです。

 

引き込む脚本、巻き込む演出

そうしてずっとスリリングな音楽に包まれながら、観客はずっと「アイバはこのあと一体どうなってしまうのだろう?」という気持ちで集中を切らさずに見つめ続けることになります。歌唱以外のお芝居の分量もそこそこ多い作品なのですが、どの場面も強い印象を残しました。冒頭の裁判シーンでは、原田さん演じる検察官のデュウォルフ、森さん演じる弁護士のコリンズが、敵対しながら客席に向かって熱く呼びかけます。陪審員のみなさん!!」。私たちはここで明確に作品世界に巻き込まれてしまいます*2そこから本編である時系列の回想が始まり、「アイバは本当に裁かれなければならないのか」を念頭にストーリーを追うことになるのです。戦争が始まって日本からアメリカに帰れなくなったとき、アメリカ国籍を捨てるよう迫られたとき、マイクの前に立つことになったとき、インタビューを求められたとき…。アイバはどういう立場に置かれて、どんな気持ちで、何を考えていたのか。常にそれは舞台から的確に伝わってきて、ラストまで私の心を引きつけ続けました。

 

6人のアイバたち〜演じつないで、ひとつになる

「アイバを6人で演じつなぐ」という仕掛けについては、アイバの演者の交代がわかりやすく、また実際の写真に基づくアイコニックな見た目も奏功していたと思います。観ていて混乱したりはしませんでした。

そして歌声の素晴らしさには目を見張るものがありました。まず、冒頭の「ハローアメリカ」。幕開きが6人によるアカペラで度肝を抜かれ、さらにフォーメーションダンスも交えながらのパワフルかつリズミカルな歌に心を鷲掴みにされます。そして劇中を通して繰り返された二重唱、三重唱の数々。オケに管楽器などが含まれないぶん歌声の密度が際立つし、それぞれに高い技術とさまざまな声質の組み合わせで、どのシーンのどの歌も、耳が洗われるようでした。どうしよう、私の耳、この日を境にめちゃくちゃ贅沢になっちゃったんだけど。

ここからは、アイバを演じた順に1人ずつご紹介します(私なりの感想です🙏)

 

Aアイバ:山本咲希

冒頭の裁判シーンから、日本渡航までのアイバ。ほぼ等身大と言ってよいであろう山本さんが、向学心に燃える若きアイバをいきいきと体現します。その後、内気そうな「ケンキチ」なども演じながら、最後にたどり着いたのが「ハナ」、ラストシーンのアイバに寄り添う(おそらく)日系人の若い娘。この“一周回って”次の世代につながる配役が非常に重要でした。山本さんが担ったのは、この作品を通して込められた「未来への希望」。大学在学中という彼女の清新な歌声は、そのままミュージカル界の未来を照らしてくれるようでした。

 

Bアイバ:鈴木瑛美子

来日後、叔母の家でAアイバとバトンタッチして登場。今夏の「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」のカッコいいラ・ショコラ役が記憶に新しいですが、今作では繊細かつ翳りのある歌声を味わうことができました。ちょっとハスキーな声はほのかな郷愁を誘い、異国で不安を抱えながらもアメリカ人」としてのアイデンティティを諦めないアイバの芯の強さを伝えます。その決断が飯野さん演じる「叔母さん」との別れにつながるのですが、肉親へのやわらかな愛情がこもったデュエットには泣かされました…。

ジョージ前半のシルビアさんから受け継いだ最後の「パパ」も印象的。老いに加えて戦争と差別による長年の疲れがそのジャケットの肩にずっしりと載っていて切なかったです。

 

Cアイバ:原田真絢

ラグタイム」にも出演していた原田さん。Cアイバは同盟通信社から登場し、1幕ラストの「みなしごアン」の熱唱で観客を圧倒します。しかし原田さんがほぼ全編を通じて演じ続けたのが、アイバを責め立てる役柄でした。まず最初と最後に出てくる同一の裁判シーンでの検察官デュウォルフ、そしてほとんど騙すような形で“言質”を取った記者のクリフォードです。アイバをスケープゴートにするクリフォードの独白シーンはソロダンスの見せ場でもあり、ショーアップされていてとてもカッコいいのですが、天下を取ったようなあの高揚も、戦争が作り出したものなんだなぁ…と思わずにはいられません。こうして原田さんの演じた役がアイバを追い詰め続けたからこそ、最後に同胞としてアイバに詫びる役回りもあってびっくりするのです*3「人間はどちらの立場に立つこともできる」ということも、また真実なのだと思います。

 

Dアイバ:飯野めぐみ

飯野さんの役柄チェンジは、その濃厚な存在感によりセット転換か!っていうくらい場の雰囲気を変える力をもっていました。最初の「ママ」を経て「叔母さん」役で*4モンペを履いた慎ましい姿が似合っていて、愛情を込めて「いくこちゃん。」と呼びかける日本人の中年女性の声の出し方にも説得力がありました。だから、甘ったるい雰囲気を放つ同盟通信社の「ルース」として再登場したときはびっくりしたのです。パンフと引き合わせながら書いていて気づいたのですが、飯野さんは6人の中で最も多く女性役を演じたキャストだったのですね。

パワフルかつフェミニンな要素を担ってきた飯野さんが担当したのは、もしかしたら一番短いかもしれない、Dアイバでした。ある意味もっとも“陽キャ”なアイバがアメリカの勝利を無邪気に喜ぶ姿は、広島に親戚をもつジョージとの対比で残酷に映りました*5

 

Eアイバ:シルビア・グラブ

とても長い時間、アイバを演じたシルビアさん。相当のキャリアと知名度を持つ彼女がこのオーディションに参加し、「Eアイバ」を担ったことが1つの奇跡のようだと感じます。佳曲ぞろいの本作でしたが、あえて“最も重要なナンバー”を1つだけ挙げるなら、私は2幕の「集中業火の中で(Crossfire)」だと思います。アメリカで差別にさらされるアイバの絶望が詰まった1曲です。「♪アメリカ人の子か、日本の孤児か…」この歌詞を、2つの国にルーツをもつシルビアさんが歌っているという事実にも感情を揺さぶられます。シルビアさんが演じた切実なアイバのありようは、心の奥深くに楔を打ち込んでくるようでした。一方で、1幕でBアイバに国籍を捨てるように迫る「特高の藤原」の威圧感にも震えたし、どこか品のよさを備えたカズンズ役も素晴らしかった。どの出番でも経験値とオーラをひしひしと感じ、流石の一言でした。

 

Fアイバ:森 加織

冒頭から一貫して弁護士のコリンズを演じ続けた森さん。クレジットによると、アイバ以外に1つの役しか担当しなかったのは彼女だけ。コリンズは回想シーンにうまく絡むことでストーリーテラー的な機能も果たしていたのですが、終盤が近づくにつれて、だんだんと気になり始めたことがあります。森さん、いつ、どうやってアイバになるの…???ある意味固唾をのんで見守っていると、本当に終盤に差し掛かって、コリンズがアイバ(=Eアイバ、シルビアさん)に敬意を表しながら退場(史実では死去)。そして、父から受け継いだ店「トグリ・マーカンタイル」の店先に、メガネをかけた還暦頃のFアイバが姿を現すのです…!力強く人情深いコリンズ弁護士を経て、誰のことも恨まずに「ただ息をする」、穏やかなアイバがそこにはいました。この切り替えには相当の集中力がいると思われるのですが、主役としてきっちりと物語を閉じる、短いけれどとても重要なアイバでした。

 

まとめ:東京ローズの“種”がもう芽吹かないように

時計の音だけが響く中ゆっくりと暗転する、静かな終幕。カーテンコールではそのまま6人が列になり、さらにオケの4人も加わって、改めて「たった10人しかいなかったんだ」ということに驚かされます。

「全員歌がうまかった」という賛辞はすでに出尽くしていますが、私はずっと、6人のパフォーマンスから滲み出る真摯さにも感動していたように思います。登場した役柄の多くは男性でした。戦争だけでなく男性中心の社会もまた、アイバを翻弄してきたのです。さまざまな役を演じながら女性キャストどうしが見つめ合って歌うシーンの数々は忘れがたく、これがシスターフッドでなかったら何なのだろうと思いました。

しかしこの「6人で演じつなく」手法がイギリスの初演時からのものではなく藤田さんのアイデアと知ったときは、椅子から転げ落ちそうになりました。「ラグタイム」ではアンサンブルが目まぐるしく人種間を行き来し、「東京ローズ」ではほとんどのキャストがアイバを攻撃、迫害する役回りも担いました。両者のスタイルが訴えかけてくるのは、やはり「人間は差別をする側にも、される側にもなる」ということなのです。藤田さんが差別を描くことに関心を持って足を運んだ私は、1つの答えを得たような気がしています。

 

帰りがけにエントランスの最も大きいポスターを振り返ると、「WHO IS TOKYO ROSE?」のキャッチコピーが改めて鋭く問いかけてきます。ほんとうはたくさんいたはずの「東京ローズ」、でも勝手に呼ばれていただけの「東京ローズ」、だからこのアートワークのバラは1本ではなく鬱蒼とした茂みでなければならなかったし、そして色も絶対に「赤」でなければならなかったのです(星条旗と日の丸、女性、生贄、戦火、などのイメージとして)*6

オープニングナンバー「ハローアメリカ」の歌い出しは次のようなアカペラでした。「♪東京ローズと呼ばれた アイバ・トグリの名前 知りたいのなら 聴いて」。2023年の日本で知ることができてよかったし、ぜひとも再演が叶ってほしいと思います。戦火が止まない、差別がなくならないこの世界で、東京ローズの“種”がもう芽吹くことのないように。

 

 

「ハローアメリカ」のアカペラは、この冒頭で聴けます↓


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このインタビューも必読でした!*7

natalie.mu

 

 

 

*1:「こんな感じでやりますよ」とオケの姿を明かしてからあとは隠すという順番、ラグタイムのときと逆ですね!

*2:観客をその場の群衆などに見立てる演出は特段珍しいものではありませんが、明らかにそういう意図を持って演じられていたと感じます

*3:クレジットになくて、時間もたってしまって自信がないけれど、髪をおろして一瞬だけ登場しましたよね…?

*4:姉妹なのだから同じ人間が演じるのはよく考えたらなるほどだった

*5:このえみこさんも本当によかった…!

*6:アートワークも素敵でしたが、パンフも理解につながる情報満載で、なかなか読み終わらずに嬉しい悲鳴でした。これが800円って嘘でしょ??

*7:私の記事では「フルオーディション」について字数を割いてはいませんが、一般的なオーディション事情をこのインタビューで知り、こんなに実力のある人たちが必ずしも活躍できるとは限らないのか、と考え込んでしまいました。一方で私は普段はキャストを道標に作品を選んでいるから…うう…(以下1万字)。しかしそれは私の中で確かなドミノも起こしていて、芳雄さん→藤田さん→東京ローズなんですよね…(以下1万字)。とにかく観に行けたことはよかったし、ピンときてチケットをとった自分を褒めておきます👏